45「巨大イカ」
マリィと戦闘班の初めての顔合わせはすんなりと終わった。
というか、会合らしいことは殆どなかった。
構成員の殆どが会話の通じない性格をしているからだ。文字通り『顔合わせ』をするだけでも大変だった。
リルが場を纏めていなかったら、更にカオスなことになっていただろう。『マリィを知る自分がいなくても、大して変わらなかったんじゃあないか?』と思うロータローだった。
そう言うわけで解散を告げられ、ロータローが席から離れようとした時。
「むむむむむっ!」
ヨルが魚を見つけた猫みたいな顔をしながら勢いよく立ち上がった。
またイチャモンを付けられて殺されそうになるかと思ったロータローは咄嗟に身構える。
しかしヨルはロータローとは別方向に突っ走って行った。向かう先には出入口ではなく壁しかないが、それを通り抜けることで目的地目掛けて一直線に突っ走る。
「そういやゴーストだから物体を通り抜けられるんだったな。じゃあ、さっき登場する時に床を壊す必要ってなかったんじゃね?」
ロータローが素朴な疑問を呟いた次の瞬間。
ズズズゥン、と。
轟音と共に、『シットローズ号』が大きく揺れた。明らかに高波に乗ったとか、推進機の不調とかではないレベルの揺れだった。
その直後、甲板の方から騒ぎ声が聞こえた。
「まさか、ヨルが甲板で騒ぎを起こしてんのか……? なにやってんだよあのオッサン!」
「いや、それは違うっす。……七割くらいの確率で」
逆に言えば、三割はヨルが騒ぎの元凶である可能性を視野に入れているようだ。
「多分、ヨルさんは甲板で起きる何らかの騒ぎを予想して向かって行ったんだと思うっす。あのヒトってそういう嗅覚というか勘が鋭いっすからね」
「へえ、そうなのか」
「騒ぎを嗅ぎつけてヨルさんが動いたのか、それともヨルさんが動いたから騒ぎが起きたのかは傍目からは分からないんで、よく誤解されるんすけどね」
とにかく甲板で何かが発生しているのは間違いないようだ。戦闘班とロータローは急いでそちらに走っていった。
向かう先で彼らを待っていたのは、巨大な手だった。
巨大な触手だった。
ロータローが住んでいた地球において伝説的な生物だったダイオウイカを更に一回り大きくしたようなイカが海面から姿を現し、『シットローズ号』の甲板に腕を伸ばしていたのである。なんという大きさか。ちょっとした孤島くらいはありそうなサイズだ。
この生物はこの世界においても相当な怪物なのだと受け止めてよいのだろう。多くの船員たちが慌てふためいている。
そんな中、イカに向かって猪突猛進する者がいた。ヨルだった。
「おう、遅かったなお前ら! そこで指を咥えて見ておくがいい! 儂の勇士を! 武勲を! 伝説を! おおおおおおおおおおおおおおおお!」
同じ班に所属するメンバーが追いついたというのに、それに構わずヨルは突っ込んで行き、ポルターガイストを込めた拳でイカに殴りかかっていた。チームプレイの精神が致命的に欠けている。
辺りを見渡してみると、さっきまで一緒にいたはずのヘルが消えていた。何処かに隠れているのかもしれない。彼女に関しては、もう、チームプレイとかそういう次元の話ではなかった。
そして、リルはロータローの横で立ちっぱなしだった。
「手伝わなくていいのか?」
「ヨルさんがピンチになったりやりすぎたりした場合は介入するっすけど、今のところは見に回る感じっすかね。下手に手を出して、ヨルさんの怒りを買う方が面倒っすから」
「うーん、この個人主義」
「がじがじがじがじ」
クサリは噛む位置を頭から左の二の腕に移動していた。場所が変われば噛み心地も変わるのか、熱中しているようである。
「ちなみになんだけどさ、マリィ」
「はい、何でしょうロータローさん」
「お前ひとりであの怪物を倒せるの?」「できますよ」
改行する暇がないくらいの即答だった。
「図体が大きくて、腕がちょっと多いだけですし、苦戦する要素がありません。油断する材料にもなりませんが。……あ、でも場所が船上ですし、うっかり海に落ちたらと思うと怖いですね」
「懸念するポイントが自分のうっかりミスだけってすげーよ」
「でも、あれはヨルさんの敵らしいですからね。リルさんも静観を決め込んでいる以上、新入りの私が手を出すわけにはいきません。……ふふっ」
「? なんで笑ってるんだ?」
「いえ、その、ロータローさんと出会わなかったら、こうして誰かが戦っているのを後ろから眺めることもなかったんだなあ、と思ったら、つい」
「なんじゃそりゃ」
イマイチピンと来ない笑いのツボに首を傾げるロータローだった。
その時、何本かの触手がこちらの方へと飛んできた。どうやら、ヨル相手では分が悪いと判断した巨大イカが、標的を変えたらしい。
「あーもー、ヨルさんったら。こっちに溢すなんて、相変わらず仕事が雑なんすから」
落ちてくる触手を見上げながらリルは飄々とした雰囲気を崩さなかった。その口には鋭い牙が生え、その手にはナイフのような爪が伸びている。これぞ彼の戦闘スタイル。獣人の名前通りの獰猛な姿だ。
一方、マリィも剣に手を掛けていた。
両者はほぼ同じタイミングで己が武器を閃かせた。瞬間、虐殺的な威力を持って迫っていた触手はサイコロ状に分割され、甲板上にボトボトと落ちた。
ちなみに、この間もヘルの姿は見られなかった。クサリに至っては言わずもがなである。彼女たちは本当に戦闘班の一員なのだろうか、とロータローは疑念を抱いた。
暫く経つと、触手の本体である巨大イカとヨルの決着はついた。
「おああああああああああああああ! どうだ! 見たか! 思い知ったか! 儂の凄さを! どうだどうだどうだ!」
返り血とイカ墨を浴びて赤黒く染まっているヨルは諸手を上げてながら叫んでいる。
以上が、ロータローと戦闘班のファーストコンタクトだった。




