44「戦闘班」
ロータローの記憶によれば、クサリはたしか元航海士で、自分から進んでアンデッドになったという変わり者だったはずだ。
そのような経歴から『シットローズ号』での役職も航海士なのだろうと勝手に思い込んでいたが、よく考えてみなくとも、グールのような頭になったことで凶暴性しか感じられないキャラクターになっている彼女にそんな繊細な仕事が務まるとは思えない。
むしろ、戦闘班のような腕っぷしの強さを問われる仕事の方が向いてそうだ。
「アンデッドは生きてる人間と違って肉体のセーフティ機能が働いていないから基本的に馬鹿力っすけど、クサリちゃんはその中でも力が特段強いっすからねー」
「たしかに出会ったときから普通じゃない咬合力をしていると思っていたけど、そんなに凄いやつだったのか、こいつ」
未だに頭から離れようとしないクサリを見上げつつ感心するロータロー。他人の咬合力を身をもって体験する機会なんて、日常生活を送っていたらまず起こりえないので、そもそも『普通の咬合力』とやらがどの程度なのか知らないが。
「とはいえ、クサリちゃんはセーフティ機能が無さすぎるっすからね。何度手を焼かされたことか。それにここだけの話になるっすけど、戦闘班って他の班員も結構な曲者なんすよ。だから、マトモそうなマリィちゃんの加入は大助かりっす」
「き、期待に副えるか分かりませんが、精いっぱい頑張ります!」 意気込むマリィだった。
「これからが楽しみな新人っすねー。そう思わないっすか、ヘルちゃん?」
「「ヘルちゃん?」」
ロータローとマリィは聞き覚えの無い名前を復唱した。
リルの視線はこちらではなく、別の場所に向けられている。
そちらを見てみても、誰も居ない。
……はずなのだが、視線を注いでから数秒経つと、そこに人影が現れた。霧が段々と晴れて、隠れていたものが露わになるような現れ方だった。
少女が椅子に座っている。ロータローと同年代ぐらいだろうか。小柄な体躯に似合わない大きな黒い修道服と短く切り揃えられた黒髪、黒い靴と全身黒づくめな服装をしている。
ゾンビ特有の青白い顔には怯えた表情が浮かんでおり、それと服装が相まって陰気な印象を与えられた。
「ひっ」
目が合うと、ヘルと呼ばれた少女は慌てて目を逸らした。
コミュ障を自称するロータローですらこうはならないぐらいの怯えぶりだ。どうやら彼女は対人恐怖症じみたものを患っているらしい。
「幻みたいに出てきたけど、アレは何だったんだ?」
疑問を投げかけるロータローだが、ヘルはそれに答えない。災害に怯えるように頭を抱えてぶるぶると震えるのみだ。
なので、代わりにリルが答えた。
「ヘルちゃんは実家が代々続く由緒正しい教会なんで、生まれながらに天使の寵愛を得ているんすよ。さっきのアレはその一端、というより応用っすね。どういう寵愛かというと……」 「りっ!」
突如、ヘルが大声を上げることでリルのそれ以上の発言を阻害した。それまで死にかけの羽虫のように小さく震えるだけだった彼女が叫んだものだから、ロータローとマリィは目を丸めてびっくりする。
「り、りり、りりりり」
「どもり過ぎて鈴虫の鳴き声みたいになってるっすよ、ヘルちゃん」
「りり、り、リルさん。私の寵愛を勝手に教えないでくださいよぉ……。もし今後その人たちが敵になって、戦うことがあったら困るじゃないですか」
「相変わらずの人間不信っすねえ。船長が乗船を認めた以上、そんな心配をする必要はないっすよ。それにヘルちゃんは寵愛を知られた程度じゃ負けないくらいには強いじゃないすか」
呆れたように溜息を吐くリル。
「とはいえ、今のはリルちゃんのプロフィールを勝手にペラペラ喋ろうとしたジブンが悪かったっすね。ごめんっす」
「…………」
「でも、最初からここに居たなら、どうしてわざわざ隠れていたんすか」
「リルさんがここに来るまでの間、私にたったひとりでクサリちゃんと見ず知らずの船員ふたりの相手をしろと……?」
「あ、それは無理っすね。ごめんっす」
リルは本日二度目の謝罪をした。
「そんなに人と会うのが怖かったのなら、別に無理して会合に来なくても良かったんすけど……」
「そっしあらぁ!」
意味不明な大声を上げた。適切な音量で話すのが苦手なのかもしれない。
「……そんなことをしたら、私が居ないのをいいことに、私の悪口で盛り上がるに決まってるじゃないですか」
「しないっすよ⁉ 結構長い付き合いになるジブンたちすら信じていないんすか⁉」
「自分自身すら信じられない私が、他人を信じられるわけがありません」
自信のない生き方を自信満々に断言するヘルだった。
「それにしてもヨルが中々来ないっすね」
リルはそう言って室内を見渡すが、彼の目に目当ての人物は映らない。
「夜が来ない? そりゃそうだろ。まだ昼過ぎだぜ」
「あ、時刻の夜じゃなくて、そういう名前の班員がいるんすよ。ジブンとヨルとヘルちゃんとクサリちゃんで戦闘班なんす。そこにマリィちゃんが加わる感じっすね」
「意外と少ないんだな」
少数精鋭、という奴だろうか。
「ぶっちゃけた話、過酷な船上生活を送ろうとするなら誰でも多少の戦闘能力を持ってるっすからね。なろうとおもえば誰でも戦闘員にはなれるんすよ」
そういえば買い出し班にすら、呆然自失に陥っていたとはいえメェケンを殴り飛ばすくらいの力はあった。
「そんな中でも飛び抜けて戦闘向きで、前線に突っ込んで行ける奴なんて、数が限られているっすからね。班員が少ないのも仕方のないことなんすよ」
と、リルが言った瞬間。
食堂の床が爆ぜた。
と思うほどの勢いで突き破られた。
「はっはっははっはっはっはぁーっ!」
そんな声を上げながら、床下から初老の男が飛び出してきた。
突き上げられた腕を始めとして全身に彫られている刺青が特徴的である。その模様は龍をモチーフにしているのだろうか。刺青の範囲は顔にまで及んでおり、そこに刻まれた龍の顎は彼の瞳を上下から噛み砕こうとしている。
インパクト大な登場の仕方に、リルは困ったような顔をするだけだった。
「ヨルさん、またそんな派手なことをして……これ以上船内の物を壊したら海に投げ捨てるって、この前船長から忠告されたっすよね?」
「何事も最初のインパクトが肝心だからな! 物ぉぶっ壊しながらの登場が一番驚かれるだろ!」
反省の色を全く見せないまま、ヨルは食堂に立った。
「地味ぃ~な登場をして、そこの坊主みたいなひよっこに舐められたら終わりだぜ⁉」 ヨルは一本だけ立てた親指で、ロータローを指した。 「こんなひよっこに舐められたら……あれ、舐められてる? 舐めてる? 舐めてるな? 舐めてる。完全に舐めてるぜ。よし、殺そう」
「理不尽な殺意!」
飛んできた拳を咄嗟に避けるロータロー。ヨルの丸太のような腕が眼前ギリギリを通過した時になって、彼は気付く。
「幽霊?」
ヨルの体が透けていることに。
「でも、ゴーストって霊体だから、物に触れられないはずじゃ……」
「儂は凄いゴーストだからな! そこら辺の常識なんて無視できるんだ! どうだ、凄いだろう? 儂を敬え! 尊敬しろ! 舐めるな!」
「分かった分かった! 分かったから! 凄い凄い凄い!」
その後、マリィとリルが介入したことで事態はなんとか収まった。ちなみにその間、ヘルは机の下に緊急避難していた。
あとでリルがこっそりと教えてくれたことだが、どうやらヨルは無意識の内に幽霊の念動力『ポルターガイスト』を使うことで、拳の動きに合わせた破壊を起こせるらしい。
なんだかインチキくさい気もするが、それはそれで十分凄いとロータローは思った。




