43「マリィのお誘い」
スピア国での一件の後、マリィを連れて船へと帰って来たロータローが彼女を船に乗せてもらうよう頼むと、サスライは露骨に嫌そうな顔をした。
期待していた報酬を一銭も得られず、どころか船員がひとり増えるとなれば、そんな反応をしてしまうのも仕方ないだろう。
しかし、体を取り戻したマリィがヒヒオゥを倒したと知った途端に、その態度はやや好意的に変わったのである。アトランティスという人物と何やら因縁があるらしきサスライにとって、その人物が頂点に立つ海上憲兵の幹部を下したというマリィの功績はプラスに働いたのだろうか。
加えて、体を取り戻したマリィが至高の剣士として十全どころか万全の腕前を持っていることも評価の向上に繋がったこともあり、戦闘面で優れたメンバーが配属される戦闘班の一員として、彼女は『彷徨えるシットローズ号』に乗船することとなったのである。
そんなこんなで何日か過ぎた後のこと。
「ロータローさん。今から戦闘班の皆さんと初めての顔合わせがあるんですけど、同行していただいてもよろしいですか?」
というマリィからの誘いに対し、ロータローはOKを出した。
今の時刻は昼過ぎ。キロリッターからの吸血がなければ、クサリに噛まれることもなく、サスライから雑用を押し付けられているわけでもない。誘いを断る理由はなかった。
「別に付いて行くのは大丈夫だけど、俺なんかが一緒にいた所で役に立たないと思うぜ?」
マリィが向かうのがロータローが雑用で関わったことのあるグループだったり、実質的に機関長のひとり部屋になっている機関室だったりするのならともかく、戦闘班だ。
先日のヒヒオゥとの戦いの後でキロリッターから血を分けてもらって吸血鬼性が向上したとはいえ、依然として戦闘力がからっきしなロータローではどう頑張っても並べないような腕っぷしの良い人材(アンデッド材?)ばかりが集まっているのである。当然ロータローはそのメンバーと会ったことはないし、彼らの名前を聞いたこともない。
そんなロータローが同行するよりも、戦闘員として相応しい実力を持つマリィがひとりで向かった方が何かと都合がいい気がするのだが。
「そんなことはありませんよ。私がこの船に乗るまでの経緯をよく知るロータローさんが一緒にいてくれれば、話がスムーズに進むと思いますし」
「そうかなあ。そう言ってくれるのは嬉しいけど」
マリィのような人物に頼られて悪い気はしない。ロータローは照れ臭い気持ちになりながら頭を掻いた。
連れられるままに向かった先は食堂だった。
ロータローが引きこもりになる前に通っていた高校の食堂の半分くらいの広さをしているそこは、飯時を過ぎた今、人影が殆ど見られない。
部屋の中央の机に、ひとりの女が座っていた。
ぼさぼさの長髪とぎょろついた視線に、ロータローは見覚えがある。
クサリだった。
次の瞬間、彼女は蛙のように飛び跳ねて、ロータローの頭に噛み付いた。
「きゃああああああ! ろ、ロータローさん!? 大丈夫ですか!」
「最近はもう慣れてきたから平気平気」
「がぶがぶがぶがぶ」
「頭蓋骨がミシミシ言ってる気がしますけど⁉」
「何回も噛まれると犬みたいに思えて、結構愛着が湧くんだよ。犬飼ったことないからよく分からないけど」
「ごぎりごぎりごぎりごぎり」
クサリの歯が皮膚を食い破り、肉を切って骨に食い込む。まあ、触れるだけで全身を粉々にする手や、吸血鬼の力を落とす流水の武器に比べたら可愛い方だろう。
そんなことより、ロータローには気になることがあった。
どうしてクサリがここにいるのだろうか?
頭の中身がグール的になっている彼女が、一般的な食事を提供する食堂に用事があるとは思えない。映画に出てくるゾンビのようにフラフラと徘徊していたら、この部屋に偶然辿り着いてしまったのだろうか。
あるいはロータローが来るのを見越して先回りしていたのか?
ともあれ、これからマリィの『シットローズ号』での生活において重要なイベントが控えている今、その同行者が頭にグールをぶら下げているというのはあまりよろしくないだろう。
「この噛み付き方だとあと十五分は離れないだろうな。じゃあ、やっぱ俺がここから席を外すしか……」
「その必要はないっすよ!」
食堂の出入り口の方から声がした。
見ると、そこにはロータローより五歳くらい年上の男がいた。ジーンズを履いており、よく鍛えられていることが一目でわかる上半身には布を一枚たりとも身に着けていない。
頭からは、狼のような耳がぴょこんと生えている。
彼は人懐っこい表情と共に、元気いっぱいな声で続けた。
「どうも初めまして! ジブン、獣人かつゾンビのリルっす! そちらのデュラハンちゃんが今度ウチに入る新人っすね?」
その口ぶりからして戦闘班のメンバーらしい。
マリィの元まで駆け寄って握手を交わすと、次に彼はロータローの方に顔を向けた。
「たしか君も最近『シットローズ号』に乗った子っすよね。名前は、ええと……」
「サトー・ロータローだ」
「ああ、そうそう。そんな名前だったっすね。よろしくっす!」
マリィの時と同じく、こちらに手を差し出してくるリル。明るすぎて目が潰れそうになるくらいの陽気ぶりに戸惑いながらも、ロータローはその手を取った。
「そういや、ここに来た時に『その必要はない』って言ってたけど、どうしてだ? お前にとっても、新人を迎える場に頭から血を流しまくる部外者と制御不能なグールがいたら嫌だろ?」
「いやいや大丈夫っすよ」
リルは握手していない方の手で、ロータローの頭に貼り付いているクサリを指差した。
「だって、クサリちゃんも戦闘班のメンバーなんすから」




