42「鉄と油とお茶の匂い」
ロータローが連れて来られたのは機関室だった。
『彷徨えるシットローズ号』のエンジンにあたる場所は、航行中の現在、部屋のあちこちからごうごうと音を鳴らしている。
隅にあった腰掛けに座るよう勧められる。機関長が自分に何の用があるのかまだ分かっていないロータローは、訝しみながらも言われるままにした。
「ロータロー。お前は僕に何か言うことがあるんじゃあないか?」
「言うことって……」
なんだよ、と続けようとしたが、機関長の目つきの鋭さが上がったので、喉に出かかったところで止めた。
言うこと……言うこと……言うこと……悩むロータロー。
この部屋を初めて訪れた際に起きた何かしらの出来事を指しているわけではあるまい。
かといって先ほども述べたように、それ以降ロータローが機関長と関わりを持ったことはない。元々一緒に働くことがない関係だし、機関長は生物嫌いな堕天使なのだ。
故に、話すこともなければ会うこともない没交渉が続いていたのだが……いや、待てよ。
たしかにロータローには機関室を一度訪れて以降に機関長と関わった記憶はないが、どこかで彼の名前を聞いた覚えはある気がする。
ええと、どこだったか……必死で思い出そうとする。
「……もしかしてあの凄い爆弾のことか?」
「すっ……!」
機関長は椅子が音を立てるくらいの勢いで身を乗り出した。が、次の瞬間には落ち着きを取り戻し、咳払いをしながら腰を落とす。どうやら、彼が求めていた答えはこれで合っていたようだ。
爆弾。先のスピア国において、ロータローが海上憲兵の仮設基地に侵入しようとした際に使用したものである。
サスライ曰く、機関長による製作品だったはずだ。
「やっと思い出したようだな……で、その、具体的にはどこが凄かったんだ?」
「どこがって……ええと、まず爆発の威力だな。メェケンが使ってた躰天使の力でも、吸血鬼の体をあそこまで派手に吹き飛ばすことは出来ていなかったはずだぜ」
「へえ、そうか。他には?」
「あとは……そうだな、そんな威力をあんな小さな装置に収めていたっていうのは、マジですげえ。爆弾製作なんてしたことがないから詳しいことは言えないけど、俺が住んでいた世か……島でも、あの大きさであの威力の爆弾を作るのにはかなり高い技術力が要されるんじゃあないかな?」
「ふうん」
機関長は平静を装っていたが、どこかそわそわした感じを隠せていなかった。
ここまで語れるほどに印象に残っている爆弾のことをどうして今まで忘れていたのか、とロータローは我ながら疑問に思ったが、その後に起きていたことを考えれば、当然のことである。
流水ジェットに謎の走馬灯、絶命と復活。爆発が地味に思えるイベントだらけだ。
ともあれ、なるほど。機関長は自分が作った爆弾の感想が聞きたくてロータローを呼び出したのか。初対面時の印象からあまり自分の仕事の感想を気にしない職人タイプの堕天使かと思っていたが、それは間違いだったらしい。まあ、誰だって自分がどう評価されているかは気になる物である。
不意の自爆として使われたとはいえ結果的には基地への侵入に役立ったものを今の今まで忘れていたという事実を恥ずかしく思うロータローだった。
「今まで礼を言ってなくて悪かったよ。でも爆弾の感想を聞きたかったんなら、この部屋まで連れて来なくても、さっきの部屋で話せばよかったんじゃあないか?」
「あそこはキロリッターがいるから嫌だ」
どうやら機関長はキロリッターを人間と同じくらい、あるいはそれ以上に嫌っているようだ。
船員の殆どがキロリッターに畏敬の念を抱いている『シットローズ号』において、嫌悪の感情を露骨に表に出している彼はかなり珍しい。元々は天使の領域に住んでいたものにとってはキロリッターほどの吸血鬼であっても恐れるに足りないのか。それとも、キロリッターとの間に、嫌悪が畏敬を上回るほどの何かがあったのか。
いずれにせよ、そこまでキロリッターを嫌っているというのに、わざわざ彼女の部屋までやってきた辺り、よっぽど感想が聞きたかったのだと窺える。
あるいは誤用の意味で穿った見方をすれば、キロリッターの所有物であるロータローを部屋から引っ張り出すというのは、彼女に対する嫌がらせと言えなくもない。いや、流石にそこまで考えてはいないだろうけど。
「話を戻すが、逆に改善すべきだと思ったポイントはあるか?」
「改善ねえ……あ、ボタンひとつで起爆するのは拙いと思ったな。もし町中でうっかり押していたら大惨事になっていたはずだぜ」
「なるほど、実際に使ってみてこそ出てくる意見だな。安全装置を付けたり、起動スイッチをカバーで覆ったりすべきか? いや、あるいは……」
ブツブツと呟きながら改善案を練る機関長。
堕天使になったとはいえ、彼の機天使としてのプライドはまだ健在らしい。
「そういえば、メェケンとの戦いでサスライが使った銃も、お前が作ったんだっけ?」
たしかそんなことを言っていた気がする。アレがなければ、『肉体破壊』と『肉体再生』を兼ね備えたメェケンを倒すことは出来なかっただろう。思えば、ロータローはキロリッターと同じくらい機関長からも助けられているのかもしれない。
「天使の輪が何なのかはまだイマイチピンと来てねえけどよ、あんなヤバそうな物をぶっ壊せる銃を作れるなんて凄いよなあ。どうやって作ったんだ?」
ロータローがそう言うと、それまで思考に耽っていた機関長はジロリとした目をこちらに向けた。
沈黙が場を支配する。暫くすると、機関長は無言で立ち上がり、どこかへと歩き出した。
「拙い。馴れ馴れしいことを言って怒らせてしまったかも」と、後悔するロータロー。
「えっと……ごめん。じゃあ、そろそろ帰るよ」
「そこで待ってろ」
「はい?」
「待ってろ、と言ったんだ。あの銃について語れば、話が長くなるからな。茶ぐらいは出してやる。だから、そこに座ってろ」
「……了解」
上げかけていた腰を元に戻す。
どうやら機関長は相当ご機嫌なようだ。
キロリッターみたいに何でも表情や態度に出してくる奴を相手にするのは疲れるが、機関長のようなタイプも同じくらい疲れることをロータローは知った。真逆のタイプだからこそ、機関長はキロリッターを好ましく思っていないのかもしれない。
その後、あちこちから鉄と油の臭いがする中で茶を飲みながら、機関長が堕天した際の経験を元に考案したという対天使用の技術について長々と教えられることとなった。
もっとも機関長と違って、その技術を成り立たせるのに必要な知識も経験も欠けているロータローには逆立ちしたって、サスライが使っていた銃と同じものを作れるわけがないのだが、その話は実に聞いていて興味を惹かれるものだった。




