41「今更な後日談」
「そういえば」
ロータローがそのことを思い出したのは『シットローズ号』がスピア国を発ってから数日後、『この前助けてやった時にくれてやった分の倍は血を吸わせなさい』と恩着せがましく言ってくるキロリッターに吸血されていた、月明かりのない夜のことだった。
「スピア国で俺が戦った敵にヒヒオゥって名前の海上憲兵の大佐がいたんだが」
「ふぁー、ふーふひほほーはふふほーほふほほっへひはほはふー?」
「『ああ、流水を操作する能力を持っていたとかいう奴?』。そう、そいつ」
吸われる経験を重ねてくれば、吸血中のキロリッターのは行で構成されている言語を解する程度のことは出来るようになってきた。
「そいつとの戦いの最中で走馬灯を見たんだよ」
「ほーはほー?」
「死に際に見るって言うアレだ。たしか、脳が生存本能を働かせた結果、窮地を解決するのに適した情報を得ようとするから、過去の記憶が一気に溢れ出るんだったっけ」
聞きかじり程度の怪しい都市伝説レベルな知識だが、そんな感じだったはずだ。
まあ今は走馬灯のメカニズムについて詳しい話をしたいわけではない。
今話したいのは、その内容についてである。
「俺はその時『剣ひとつで色んな怪物と戦う記憶』を思い出したんだよ。今となっては概要をぼんやりと思い出せる程度にしか覚えてないけどな。それを見た体が勝手に動いて達人みたいな剣技を繰り出したから、ピンチを乗り越えることができたんだ。……まあ、結局はその後に死んだんだけど」
「へ?」
疑問の声を上げながら、キロリッターはロータローの肩から牙を抜いた。口の端から血が滴り落ちており、暗い部屋の中で赤い輝きを発している。
「アンタって剣で戦った経験があったの? 意外ねー。全然そんな風には見えないのに。ペンより重い物は持てないひよっこって感じじゃない」
「そう言われるとイラっと来るけど、実際、俺に剣の才能なんてないよ。そもそも、剣を握ったのなんて、マリィから教えてもらった時が初めてだったんだ」
「それっておかしくない? じゃああんたは、どうして存在しないはずの剣の記憶を見たのよ」
「なあ、不思議だろ? そこで俺はひとつの仮説を思いついた」
ロータローは右手の人差し指をキロリッターに向けた。ズビシッというオノマトペが似合うポーズである。
「どーせこの現象も、お前に血を吸われたのが原因なんじゃあないか?」
「はあ? なんでそう思うのよ」
「だって、吸血鬼になってから俺の体に起きた不可思議な現象は、全部お前が原因だったじゃねーか。だからこれも……ほら、血で受け継がれた記憶的な」
「そんなわけないでしょ。そもそも私って剣を振ったことがないし」
「え、そうなの」
それは意外な情報だった。
船員たちからアレだけ畏敬の念を抱かれるほどに強いらしいキロリッターならば、一度や二度は剣を振った経験があるのではないかと推測していたのだが、どうやらそれは外れらしい。
「どうして至高の吸血鬼である私が、剣とかいう錆びたり欠けたり折れたりする面倒な武器に頼らなきゃいけないのよ。戦うなら素手でやった方が遥かに楽じゃない」
「……ちなみに聞くけど、お前って素手での戦いで何かしらの格闘術を使ったり戦術を用いたりするわけ?」
「いや、適当に体を動かせば大抵の敵には勝てるけど」
「鎧袖一触が過ぎるだろ。『右ストレートでぶっとばす』以上に無体な戦法じゃねーか」
大言壮語を疑いたくなるトンデモ発言だが、ヒヒオゥとの戦いの後でマリィから聞いた話によれば、キロリッターが実際にかなりの強者なのは間違いない。
と、話がやや逸れかけた所で、ロータローは本筋へと修正する。
キロリッターが原因ではないのなら、あの時自分の体を動かした記憶は何だったのだろうか。
「剣、剣、剣……あっ、剣にまつわる天使、ええと、剣天使だったかしら? その寵愛をいつの間に得ていたって可能性は……ないわね」
「ああ、ないな」
何せ、ロータローは元天使である機関長から直々に『お前には天使から愛される才能がない』と言い渡されたほどの駄目人間なのだ。どれだけ窮地に陥って主人公補正が働いたところで、何の代償も無く天使の寵愛を得ることはありえないだろう。
それに、『シットローズ号』に戻った後で再度剣を握ってみたが、走馬灯を見た時のような卓越した剣技を披露することはできなかった。あの時の動きを再現しようとしても、全身の筋肉と血流と呼吸がすぐに音を上げてしまう。
つまり、存在しないはず記憶で得た剣技はあの時一回限りのものだったのである。得た者に恒常的な異能を授けるという天使の寵愛とはかけ離れていた。
「じゃあ、『走馬灯を見るほどに追い詰められた窮地』から『覚えのない剣技を発動する』までの記憶全部が、戦いで朦朧としていたアンタのアタマが生み出した妄想って可能性が高いんじゃない?」
今までの話を全部ひっくり返すような何とも適当な推測だったが、現状可能性が高いのはこれだろう。
しかしロータローは首を横に振り。
「それもありえねえ。何故なら、俺が剣を振っているところをマリィが見ていたからだ。覚えているのが俺だけならともかく、他に目撃者がいるんなら、現実に起きたことと考えるべきだろう」
まあ、もっと疑えば『マリィも同じ幻覚を見ていた』という可能性もあるが、そこまで行くと考えすぎである。
「他に思い当たる可能性はないわね。マズイわ、このままだとロータローなんかから『役に立たねえな』と見下されるかも……ク、クキクゥ~ッ! そんな屈辱は御免だわ!」
「そんなこと思わねえよ。お前は俺をなんだと思ってるんだ」
そもそも最初に思いついた『血を吸われたことが存在しないはずの記憶に関係するのでは』という仮説が外れた今、それ以上キロリッターがこの議論に参加する必要はないのである。
「ヒヒオゥの時といい、今回といい、結構コイツって面倒見がいい性格なのか?」と感心しそうになるロータローだったが、その考えを口にするとどうせ調子に乗って血を要求してくるだろうしやめておく。
一緒に頭を悩ませるふたり。室内に重い沈黙が流れる。そこに乱入者が現れた。
ドアをノックする音が鳴り響く。
「来客? 珍しいわね。誰かしら?」
部屋の主であるキロリッターが入室の許可を出すと、扉が開いた。
そこには機関長が立っていた。
相変わらずオンボロな作業服を着ており、白髪混じりの水色の髪がボサボサになっている。
「ロータロー。船員たちに話を聞いたら、あんたがキロリッターの部屋に向かったと聞いたからな。こうしてやってきたわけだ」
「えっと……なにかやったっけ、俺?」
こちらをじろりと睨む機関長の視線から思わず目を逸らしながら、ロータローは問うた。
天使の寵愛について聞きに行って以来、ロータローは機関長に近づいていない。自分のことを好ましく思っていない相手に対して、用もないのに無神経に近づけるほど強いメンタルを持っていないからだ。コミュ障の悲しい生態である。
とはいえ、接触する機会がなかった以上、必然的にロータローが機関長の怒りを買うこともなかったはずなのだけど……。
「おいキロリッター。見た所、日課の吸血は終わっているように思えるが……まだロータローに用事は残っているのか?」
「ないわね。ちょっと悩み事を話していたけど、どうせ今はこれ以上話しても答えが出ないと思うわ」
「じゃあ借りてくぞ」
言うが早いか機関長は、ロータローの袖を引っ張ると、部屋の外に連れ出そうとした。外見年齢は完全に子どもなのに、意外と力が強い。機関室で日々大がかりな機械を整備しているからだろうか。
強引な機関長に流されるまま、ロータローは部屋の外へと出て行った。




