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ゴーゴーストーリー  作者: 女良息子
第二章 デュラハン騎士と狂信
40/193

40「はじめましてスピア国」

 仮設基地に侵入者が現れてから数日後。

 海上憲兵スピア国支部は大慌ての天手古舞だった。

 資材が飛び交い、人員が行き交い、情報が交わっている。

 天使との契約の為に捕らえていた屈強なデュラハンの肉体を奪われたどころか、海上憲兵が長年狙っている『シットローズ号』の船員と思しき少年を取り逃がしてしまったのだ。ここまで荒れるのも仕方のないことだった。

 幸いにというべきか、都心部から離れた荒れ地に建っていたという地理上の理由により、スピア国の一般市民に今回の騒動が伝わることは殆どなかったものの、それでも面子が十は潰れてもおかしくない大失態である。このことが他の支部に知られれば、それなりの処罰が下されるのは間違いあるまい。


 憲兵たちがあっちこっちへ事後処理に追われる中、ひとりの男は顔を真っ赤にして憤慨していた。

 その体にはつい先日に負ったばかりと思しき切り傷が刻まれており、その上から包帯を巻くことで治療されている。かけている眼鏡のレンズの片方にはヒビが入っていた。何とも痛々しい格好だ。

 彼は海上憲兵大佐のヒヒオゥである。

 至高の剣士にしてデュラハン騎士であるマリィとの戦いで惨敗し、その身に斬撃を浴びた直後、彼は気を失っていたが、部下たちの手により早急かつ適切な看護を受けたことで、大事には至らなかった。回復した直後には職場に復帰し、溢れんばかりの怒りと正義心を動力源に働いている。


 ヒヒオゥが座っているテーブルの上には、いくつかの資料が並べられていた。

 それは海上憲兵が独自に入手したスピア島周辺の海流や気流、島々の情報だ。

 二十年前の『大いなる死』によって大陸が冥府に沈んだことで世界に占める海の割合が九割を超えており、未だに見つかっていない海域や島がある現在において、西に東へ勢力を広めている海上憲兵はこの世で一番海に詳しい組織と言っても過言ではない。

 また、部下たちの報告から、『シットローズ号』がどの方角へと発って行ったかということも判明している。

 これらを合わせて的確な分析をすれば、先日現れた襲撃犯の足取りはすぐに掴むことが出来るだろう。


「このまま『シットローズ号』を逃がしては秩序の名折れです! 何が何でも見つけるのですよ!」


 ヒヒオゥは血走った眼で叫んだ。

 この支部における最上級の地位である大佐であり、水天使マイムエルと契約を結んでいる者が発した命令である。それに逆う命知らずなど、この支部には存在しない。

 はずなのだが、ヒヒオゥの声に答える者は誰も居なかった。

 その場にいた部下たちが、上司の声が聞こえない程に仕事に熱中している……わけではない。

 寧ろ、熱中とは真逆。

 怠慢とも言える態度を見せていた。

 ヒヒオゥの部下たちは、その場で寝っ転がっていたのだ。

 ぐうぐうと。

 すうすうと。

 すやすやと。

 Zzzzと。

 まるで遊び疲れた子供みたいに、寝息を立てながら夢の世界に入っている。

 その様子を疑問に思うと同時に、ヒヒオゥは咄嗟に近くにあったガラス瓶に意識を向けようとした。

 その中に入っているのは、ただの透明な水である。飲もうが浴びようが人体に全く悪影響を与えられない自然水だ。

 しかし、『流水操作』を操るヒヒオゥにとって、純粋な水こそが火薬や劇薬以上の武器となるのである。

 故に彼は瓶の中の水を操作し、部下が突然倒れるという異常事態に対応しようとしたのだ。

 しかし、遅かった。


「…………!」


 ヒヒオゥの寵愛は意識ひとつで災害級の流水を引き起こせる能力である。

 しかし、そんな強大な能力であっても、操作レバーである意識に不具合が生じれば、発動することはできない。

 たとえば、今のように眠気で意識に靄がかかれば、水はうんともすんともいわなくなるのだ。あまりの眠気に胸の切り傷が訴える痛みさえ感じなくなる。体から力が抜け、上半身は机に倒れた。

 瞼が重い。全身の五感が微睡みの中へと落ちていく。

 その最中。

 僅かに働いていた聴覚に、足音が響いた。

 足音?

 二本足で立つのがままならない状況で、足音を鳴らすものがいるだと?

 その正体を探ろうとするが、今となっては首を動かすことさえできない。


「自己紹介をしたところで聞こえているか分かりませぬが、礼儀としてやっておきましょうかな」


 それは、聞くだけで鳥肌が立ちそうになる、不幸という概念を音声化したような声だった。


「はじめまして、海上憲兵大佐のヒヒオゥ殿。わたくしの名前はザナドゥ。かつてはかの勇者一行の末席を汚していたこともありますが、今は海中の研究船でひっそりと研究をしている生物学者ですな。以後お見知りおきを」


 ザナドゥと名乗った足音はヒヒオゥの机の傍まで近寄ると、紙切れが擦れる音と共に、その場に置いてあった資料を手に取った。


「シャングリラを追っていたらこの島に流れ着いたものの、彼女が乗っていると思しき船が見つからなかったので、何かヒントになるようなものが見つかることを期待してこちらにお邪魔したのですが……ほうほう、予想以上のものが見つかりましたな。ありが」ヒヒオゥの意識はそこで途絶えた。

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