39「さようならスピア国」
暗闇に満ちた深海から浮上し、海面から顔を出す。
それと似たような感覚と共に、ロータローは目を覚ました。
体全体がゆらゆらと揺られている。ハンモックで横になっているみたいな、心地良い感覚だ。
背中と脚にある手の感触から、ロータローは誰かに抱きかかえられて運ばれていることを知る。所謂お姫様抱っこだ。
瞼を開くと、そこには首から上の無い鎧姿の騎士がいた。
「あ、目を覚ましましたか」
自分の腹から声がした。それと同時に腹部に重量感があることに気付いたので、顎を引いてそちらへと目を向ける。
そこには見慣れた生首が置かれていた。マリィだった。
彼女の頭と体がちゃんとセットになっているのを目撃すると、ロータローはほっと息を吐いて安心する。
「どうやら無事に体を取り返せたようだな」
「はい。ヒヒオゥには何とか勝てました。……でも、『無事』と言っていいんでしょうか。あのままだとロータローさんは死んだままだったかもしれませんし」
「え、俺死んだの」
ぎょっとするロータロー。
たしかに、意識を失う前の記憶を思い返してみると、死んでないとおかしい傷を負っていた気がする。
「死にましたよ! 背中から水の杭で刺された後にぽっくりと! 思い出すだけで血の気が引きそうです! キロリッターさんが助けに来てくれなかったら、どうなっていたことやら……もしかして、あの時のロータローさんは、この展開を予想していたんですか?」
「いや、そんな考えは……」
正直に言うと、当時のロータローは自分の生死についてはそこまで考えていなかった。
考える余裕がなかったとも言える。
彼の頭には『マリィの体を取り返し』『ヒヒオゥに勝つ』というふたつの思考しかなかった。そこに自分の生死までは含まれていない。
別にそれは、ロータローが吸血鬼の不死性というボーナススキルを保有しているからではない。あの時の彼には流水のデバフで負った苦痛による死の意識があったし、その内容が全く見覚えのないものだったとはいえ、走馬灯らしき映像だって幻視した。
なのにどうして、そんな考え足らずな行動を取ってしまったのか?
言ってしまえば。
熱くなりすぎたのだ。
頭を冷やす水は大量に掛けられていたというのに。
「まったく、久々にちょっと努力した結果が死かよ。相変わらず頑張るのが下手なんだよなあ、俺。自分で自分が嫌になる」 嘆きながら溜息を吐くロータロー。 「ん? ちょっと待ってくれ。自分が死んだっていう滅多に聞くことがないビッグニュースの所為で思わず流しそうになったんだが、キロリッターが助けに来たって言わなかったか?」
「ヒヒオゥを倒した後になって私がロータローさんの死に気付いた時に、ぴょーんと飛んできて、血を分け与えてくれたんですよ。そのおかげでロータローさんの再生力が高まって、復活できたんです」
「え、でもアイツって吸血鬼だから、こんな真っ昼間には外に出られないはずじゃ……たしか『吸血鬼は日光を浴びると燃えて灰になる』んだろ?」
「はい。だから、体を燃やしながら助けに来てくれました」
「はあ?」
「なんでも、キロリッターさんは特別な吸血鬼だから、日光を浴びても少しの時間なら耐えられるらしいですよ」
「…………!」
絶句するロータロー。そのリアクションは、先ほどのマリィと同じものだった。
「……つまり、アレか。キロリッターにはまた借りが出来たというわけか」
キロリッターのドヤ顔を思い浮かべるロータロー。帰ったらさぞかし大量の血を要求されるのだろうと考えると、気分が重くなる。
まあ、生き返らせてもらった以上、文句を言うわけにはいかないか。
「それにしても、この島では爆発に流水と色々あったな。今日だけで一生分吹っ飛んだんじゃねえかな」
「そうですね。本当に……色々とありました」
マリィの言葉を聞いて、ロータローはその言葉に長い時の感傷が込められているような気がした。
ふと首から上を動かして周囲を見渡す。
ここは海上憲兵の仮設基地から遠く離れた場所だった。どうやらマリィは町を離れて荒れ地から港に続く道を歩いているようである。この島の地理に詳しい彼女なら、その程度のコースは簡単に見付けられただろう。
なぜこんな人目を避けるような移動ルートを取ったのか。
「…………」
そんなことをわざわざ聞くほど、ロータローは野暮な性格をしていない。
捨てたはずのデュラハンが現れれば、それだけで面倒事になるだろう。国中が大混乱に陥るはずだ。これまで国を守ってきたはずのマリィにとって、それは避けるべき事柄である。
「……そういや、俺を抱えたままじゃ歩きづらいだろ? そろそろ降りるよ」
マリィが自分では想像もつかないものを背負っていることを察した瞬間、ロータローはなんだか自分が情けなくなり、そう言った。
しかしマリィはその提案に対し、
「いえいえ、ロータローさんはまだ復活したばかりですし、休息が必要でしょう? ここは私の腕でゆっくりと休んでいてください」
「俺はもう全快しているから大丈夫だって。今なら完徹できそうなくらい元気が有り余っているぜ。それに休息が必要なのは、これまでずっと水の縄で縛られて、力を奪われていたマリィの方だろ? っていうか、顔付きからして俺と年がそう変わらないお前にお姫様抱っこされているってシチュエーションは、冷静になるとかなり恥ずかしいんだよ」
こういうのって、普通抱っこする側とされる側が逆じゃないか? いや、貧弱虚弱惰弱の三拍子が揃っているロータローが鎧を装備した女性を両腕だけで支えるなんて不可能なのだけども。
「何を言うんですか。年齢で言えば、私は多分ロータローさんの倍はあるんですよ。死んでから二十年は経ってますから」
そう言えばそうだった。年月の重なりから無縁であるアンデッドの年齢は、一目で分かりづらいものである。
断乎として譲らないマリィを相手にロータローは根負けし、お姫様のポジションを維持し続けることとなった。
こうして彼らはスピア国の中枢から離れていく。
別れの言葉はなかった。
告げる相手もいなかった。




