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ゴーゴーストーリー  作者: 女良息子
第二章 デュラハン騎士と狂信
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36「濁る正義」

 ロータローが動かなくなった直後、彼の血が滴る杭は形を失った。重力に従って地面にぶつかると、ばしゃんという音と共に飛沫が跳ねる。同時に、それまで杭で固定されていたロータローの体も落ちた。


「最期になって汚らわしい血を撒き散らすとは……とことん迷惑な侵入者でしたね」


 ヒヒオゥは苛立たし気な声で言いながら、自分の頬に付着したロータローの血を拭った。

 しかし、その口元には隠し切れない喜びが浮かんでいる。基地を襲った邪悪を排除できたという達成感、そして今度こそは誰にも邪魔されずに寵愛の儀式を進めることが出来ることへの期待が、今のヒヒオゥの心中を大きく占める感情だった。


「彼の死体の処理や戦闘の後処理は部下のみなさんに任せるとして、私は儀式の準備に取り掛かるとしますか……おっと、そういえば」


 ロータローを排除できたことでうっかり忘れかけていたが、侵入者は彼だけではなく、もうひとりいたのだった。

 デュラハン騎士のマリィである。

 儀式の為に殺すわけにいかず、かと言って傍に置いておくわけにもいかなかったために頭と剣を樽に詰めて海へと流した彼女が戻って来たことには驚かされたが、今となってはどうでもいい。

 協力者が斃れた今、ただ地面に転がっておくことしかできない彼女を危険視する必要がどこにあろうか。


「喜びなさい。アンデッド風情が偉大なる正義に貢献できるのですから。貴方はそこで指を咥えて眺めているといい。もっとも、……」


 今の貴方に咥える指などないのですが……と。

 ヒヒオゥが勝ち誇るように言おうとした、その時だった。

 彼の体が前方に倒れたのは。


「……は?」


 おかしい。何故だ。理解できない。

 倒れているのは自分ではなく相手であるべきだろう。こんな姿は秩序たる自分に相応しくない。

 ヒヒオゥが倒れたのは、自分の手を置いていた物が急に消え失せたことで、バランスを崩してしまったからだ。つまり、さっきまであった筈のマリィの肉体がいなくなってしまったこととなる。


「天使に捧げられた……? いえ、まだ準備がロクに整っていない今、儀式が勝手に完了するなんてことはないはずです」


 頭上にクエスチョンマークを浮かべながら、ヒヒオゥは俯せになっていた体を起き上がらせた。

 前に目を向ける。

 そこにはマリィの肉体があった。

 両足でしっかりと立っており、小脇にはさっきまで地面に転がっていたはずの頭部を抱えている。その体には先ほどまであった水の縄が巻き付いていない。


「はあ?」


 予想外の出来事に思わず素っ頓狂な声が出る。

 ヒヒオゥが『流水操作』を応用して作り上げた水の縄は、物理的な束縛とデュラハンの弱体化というふたつの方面からマリィの肉体の行動を不可能できるのだ。

 いかにマリィが凄腕の騎士と雖も、彼女がデュラハンという種族である以上、その束縛から自力で逃れることはできない。

 しかし現に、マリィは解放されている。

 いったい、どうして?


「……血?」


 ヒヒオゥはマリィの鎧に赤い滲みが付着していることに気付いた。それは彼女の体から流れたものではない。そもそも、動く死体であるデュラハンに血なんて流れていない。

 それは返り血だった。

 誰の? 

 決まっている。

 ロータローの血だ。

 ヒヒオゥが放った水の杭で貫かれた際に、ロータローが辺り一帯に撒き散らした血である。


「まさか」そこでようやく、ヒヒオゥは疑問の解に辿り着く。「流水に血を混ぜたことで、束縛する力を弱めたのですか……!?」


 テントに落ちた直後、マリィの体を縛っているものが『流水操作』で作られた縄だと視認したロータローは、まず「アレを解くことは出来ないだろうか」と考えた。

 束縛から解放されたマリィが剣を手に取れば、それだけで圧倒的な暴力装置の完成である。

 なので、ロータローは求めた。マリィの束縛を解除する手段を。そして、ひとつの考えに思い至ったのである。

 ズバリ、『ヒヒオゥが操る水に血を混ぜたらどうなるのか?』という可能性だ。


 ヒヒオゥは水天使マイムエルから得た寵愛であらゆる水を操ることが出来るが、それは『あらゆる液体を操る』こととイコールで結ばれるとは限らない。

 そもそも、仮に彼が水以外であっても液体ならばなんでも操れる力を持っていれば、わざわざ地下水がある土地に基地を立てて、戦闘の際には足元数十メートルから水を引っ張ってくるなんていう、ややこしい真似なんてしないはずだ。血を操れるのなら、敵の体内の血流を操作して逆流させるなり、血管を破裂させるなりした方が遥かに小さい規模で終わるし、手っ取り早いのだから。

 以上のことから『水の縄に血を混ぜれば、束縛する力が弱まるのではないのだろうか』と推測したロータローは、その考えを実行したのである。能力の対象外になりそうな物を利用するという点では、先のメェケンとの戦いで使った肉体手榴弾作戦とそう変わらない発想だ。

 無論、実はヒヒオゥは血も操れるけど大した理由もなく水だけを操っていただけだったり、そもそも返り血で飛ぶ程度の液量では『流水操作』に影響を与えられなかったりする可能性もあった。しかし、この時のロータローには、この賭けのような策を実行する以上の選択はなかったのである。

 イチかバチかの特攻をしたロータローは水の杭に貫かれ、断末魔と血を撒き散らし……そして、賭けに勝利した。

 大量の返り血が混ざったことで水の縄は力が弱まり、ついにはマリィの脱走を許してしまったのである。


「お、の、れ……おのれおのれおのれおのれぇぇえッ! 吸血鬼ヴァンパイア風情がぁっ! 穢れた血で私の力を阻むとは!」


 今更になって全てを理解したヒヒオゥは青筋を立てて怒鳴り声を上げる。

 それに構わず、マリィはロータローの傍まで近寄り、しゃがみ込んだ。


「ロータローさん、ありがとうございます。貴方が必死で解放してくれたこの体は、決して無駄にしません」


 当初の作戦に倣えば、ここは一目散に逃げるべきなのかもしれないが、ヒヒオゥがそれを許すはずがない。それにロータローが未だに起き上がらない以上、逃走は極めて困難だろう。

 マリィは落ちていた剣を拾い上げると、ロータローを庇うようにして立ち上がった。

 最強の剣士が剣を手にしている。

 並の戦士なら、この時点で敗北を確信するシチュエーションだ。

 マリィは凛とした瞳をヒヒオゥに向けると、次のように言った。


「同じ国を守りたいという信念を持った者同士、手を取り合うことができたら素敵だったかもしれませんけど……私と貴方では無理な話のようですね」


「その通りです。この国に正義を名乗る存在はふたつもいらないのですから。いえ。そもそも貴方のようなアンデッドの居場所など、この世にあってはならないのです。死後二十年もの間、居場所を与えてくれたスピア国に感謝すべきなのですよ」


「ええ、それは本当にそうですね。どれだけ感謝してもし足りないくらいです」


「人でなくなり、国から捨てられた今、どうして足掻こうとするのです。そんなちっぽけな少年の為に戦うよりも、私という正義の糧になる方がいいでしょう?」


「…………正直な話、前の私ならその提案を呑んでいたかもしれませんね。でも、今の私には拾ってくれた人がいますから」


 己の足元で転がる少年の存在を感じながら、マリィは語る。


「彼を見捨てるなんてことができるはずはありません。彼から貰った新しい居場所を守るため、そして彼を守るために、私は戦います」


 強い意志を込めて言い放った。

 その言葉にヒヒオゥは臆しない。

 ふふふふふふ。

 そんな笑い声を零しながら、眼鏡を怪しく光らせる。


「随分と粋がっておられますが、忘れたのですか。貴方はつい先日、私に敗北したのですよ? 紙が火に触れれば燃え、赤子が巨漢に捻り潰されるように、デュラハンは流水に勝てないのです!」


「デュラハンの私では勝てないでしょう……ですから」


 マリィは握った剣を突き付けた。


「騎士として、私は貴方に勝ちます。もう二度と負けません」


 それは彼女の矜持が現れた言葉だった。

 そして、ふたりの開戦の合図でもあった。


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