32「侵入と邂逅」
ロータローがいた場所を中心に生じた爆発は凄まじかった。
爆風によって土煙が舞い上がり、仮設基地のテントが傾く。とてもではないが、ポケットに収まる程度の小さな装置によって引き起こされる規模とは思えない。
こんなものを作ったという機関長は、腐っても鯛、堕天しても機天使といったところか。
この爆発を遠く離れた安全地帯から見ていれば、ロータローはそのような感想を抱いただろう。圧倒的な破壊力に『スゲー』と感心したかもしれない。
しかし、今の彼は爆発の只中にいる当事者だ。
被害者と言ってもいい。
ロータローは生首だけの状態から復活するや否や、仰向けで倒れていた体勢から上半身を起き上がらせた。
「『困った時はボタンを押せ』ってこういうことかよ! いや、たしかにこれなら困りごとなんて全部吹っ飛ぶし、吸血鬼の俺ならその後復活できるけどさ! 爆弾なら、最初からそう言っててくれ! ……いや、よく分からないまま使った俺も悪いんだけど」
サスライと機関長に向かって届くはずのないツッコミを叫ぶロータロー。町中でこんな装置を起爆していたら大惨事になるところだった。最悪の事態を回避していたことに安堵するが、直後に不安が頭を過る。
先ほどの爆発でロータローは吹き飛んだ。
では、鞄に這入って彼の背に背負われていたマリィはどうなったのだろうか?
悍ましい想像に顔を青褪めさせながら、地面に手を付いて立ち上がる。以前の島でツールから聞いた話によれば、如何に耐久力が高いアンデッドでも、爆発などで魂が定着している体を吹き飛ばされれば、並外れた再生力でも持っていない限り死んでしまうらしい。
「オイオイオイオイオイ、勘弁してくれよ……!」
泣きそうな声で呟きながら辺りを見渡す。視界には土煙で濁った空間が映るばかりだった。
「マリィーーッ! どこだ! いるなら返事をしてくれ!」
「は、はいっ! ここです!」
声がした。
その場所に近づき、煙を掻き分けて腰を下ろすと、そこにはマリィが入った鞄が転がっていた。どうやら、ロータローという肉壁の存在により、爆撃をモロに受けて粉々になる、なんて惨劇は避けられたらしい。
怪我がないことを確認して、背負いなおす。剣も近くに転がっていたので、すぐに見つけることが出来た。
「無事でよかった。……とはいえ、こりゃ予想外の展開になって来たな」
元から予想なんてあってないような作戦だったが。
土煙越しでも、海上憲兵たちが仮設基地の中からワラワラと出てきているのが感じられる。あんな爆発が起きたのだ。何事かと思って確認しに来ても不思議ではない。
きっと煙の所為で見えないだけで、ロータローたちの周囲には多くの憲兵がうろついているのだろう。
なんと絶望的な状況か。しかし、ロータローはこの状況をチャンスだと思った。
というより、チャンスと思いこまなくてはやってられない。
「この煙と騒ぎに乗じて、基地内に潜入するってのはどうだろう?」
「いい考えだと思いますけど、入口は突破できても、基地内はどう移動するんですか?」
「やっぱそこが気になるよな……うーん」
とにかく煙が晴れる前に移動しようと歩きながら考えていたロータローだったが、その最中で何かを踏んだ。かたい肉の感触だった。
「ひっ」と声を漏らしながら踏み出していた足を上げ、視線を落とす。そこには男が倒れていた。先ほど基地に向かって突進していたロータローに銃を向けようとした憲兵のひとりである。
あの爆発で死んだのでは……と不安になったが、外傷と呼吸を確認したところ、ただ気絶しているだけのようだ。それを知ってほっと一安心すると同時に、冷静になったロータローはあることに気付く。
「こいつの服を着たら、侵入者だって気付かれないんじゃね?」
◆
無論、そんな都合のいい話があるはずがない。
ロータローが何の装備も持っておらずに、海上憲兵の変装をするならまだしも、今の彼は剣と鞄を背負っているのだ。子供でも気付く間違い探しが分からないほど、海上憲兵は愚者の集まりではあるまい。
それに、今周囲を覆っている土煙が完全に晴れれば、ロータローから制服を盗まれて素っ裸になっている男の姿も露わになるのだ。そうなれば、変装している侵入者の情報なんて、すぐに共有されてしまうだろう。
だから。
「気付くまでの僅かな時間で終わらせる!」
すぐに気付く間違い探しならば、そもそも見る時間を極端に少なくすればいい。
そもそも、今やっているマリィの肉体奪還ミッションからして早さを重視していたのだ。今更、他人の目に極力触れない速さを求めた所で、さほど不具合は生じまい。
そう考えたロータローは、海上憲兵の純白の軍服を纏いながら、仮設基地内を移動していた。
極力誰の目にも止まらぬように息を潜め、帽子を深く被る。目指すはマリィの肉体があると思しき中央テントだ。
途中でついに憲兵のひとりに不審に思われ、止まるよう声を掛けられたが、それに構わず直進する。背後からこちらを追いかける足音と憲兵の声がした。それでもロータローは走る。前にメェケンから逃げた時ですらここまで走らなかったのではないかと思うくらいの必死さだった。
「ぜぇ……はぁ……ま、マリィ……あとどんくらいだ?」
「あともう少しです! 多分、次の角を曲がった先かと!」
「よし、分かっぎゃぶ!」
背後から飛んできた銃弾がロータローの頭部を撃ち抜いた。
脳漿と血の混合液を撒き散らしながら、足元がグラつく。だが次の瞬間に頭部は元通りになり、全力疾走を可能としていた。
「なんだアレは⁉」
「人間じゃないのか⁉」
「いや、何かしらの天使の寵愛なのかも……!」
ロータローの不死性に混乱する憲兵たちの声が聞こえる。
「はは……成り行きで手に入れた吸血鬼性だけど、このおかげで助かるとありがたみを感じるものだな」
「『死なねえ! 吸血鬼だから!』とでも言ってみせようか」と思いながら角を曲がるロータロー。
そこにはマリィの肉体があるはずのドームがあり。そしてその前には、ひとりの男が立っていた。
ロータローは彼の事を知っている。なぜなら、その姿をついさっき物陰から見たばかりだからだ。
「えっと、たしか……ヒヒオゥ大佐だったか?」
ロータローがそう呟くと、ヒヒオゥは片眉を上げて意外そうな顔をした。
「爆発騒ぎがあったので、てっきり『この島を訪れた『シットローズ号』の一味か、自分が追われる立場になったと知ってヤケになったメェケンが先手を打ってきたのでは』と考え、待ち構えていたのですが……どうやらそのどちらでもない様子。しかし、それにしては私を知っているようだ。不思議ですねえ」
「その予想の前者は半分当たってると思うぜ。なにせ、俺は『シットローズ号』で餌係をやらされているんでな」
「おやおや。噂の『シットローズ号』の船員にしては随分と人間じみた見た目をしていますね」
「だからといって、なにも俺はあの船とお前ら海上憲兵の間にあるらしいイザコザの為にカチコミしに来たってわけじゃねえ」
「ほう。では、ここに何の用があるのですか?」
ヒヒオゥがそう問うと、ロータローはヒヒオゥの背後にあるテントを指で示した。
「その中にいる騎士に用があるんだよ。なんでも、この国の名物らしいからな。一目見なきゃ損ってもんだろ? 通してくれると助かるんだが……」
そんな軽口を言うロータローだが、その膝は震えていた。
実際に相対すると分かるのだ。ヒヒオゥが持つ力が。それは単純な力量だけではない。
何か嫌な予感がする。
ロータローの人間ではない部分が本能的に、そのような直感を述べていた。
しかし、だからと言って、ここで引き返すわけにはいかない。
だからロータローは張ったのだ、虚勢を。
それに対し、ヒヒオゥが返した答えは。
「それは無理な話ですね」
だった。
そして。
「観光なら他所でどうぞ。どうやら、この国には他にも観光する場所は色々とあるようですよ? ……まあ、ここで私に倒される貴方には、意味のない助言かもしれませんが」
その言葉と同時に、衝撃がロータローの体を襲った。
先ほどの爆発よりも上を行くパワーだった。
彼の体を真下から突き上げた衝撃の正体は……水。
地面の下から湧き水のように飛び出してきた水が、ロータローを打ち上げたのである。




