31「砂塔蝋太郎、またしても」
「例のデュラハンの肉体の調子はどうです?」
「以前と変わりません」
「上々。それなら近い内に儀式を執り行えそうですね」
海上憲兵大佐、ヒヒオゥの登場を目にし、どうすべきかと勘案していたロータローたちだったが、ヒヒオゥが基地に這入る際に部下の憲兵と交わした会話を聞いた途端、全ての考えが吹っ飛んだ。
デュラハンの体、という言葉が出てくるのは分かる。マリィの探知能力で、この場にマリィの体があるのはとっくに分かっているのだから。
だが儀式だと? それはどういう意味だ? 何も分からないが、マリィにとって得となることではないだろうということだけは察しがついた。
「早いとこ行動しておかねえとマズいな……。『意を決して突入した時にはとっくに手遅れでした』なんてことになったら目も当てられねえぞ」
手で髪を乱しながら、思考を再開する。しかし、目の前に現れたタイムリミットにより、ロータローの心中にはこれまで以上の焦りがあった。
事態は一刻を争う。このまま物陰であーでもないこーでもないと悩んでいたら、マリィの体に取り返しのつかないことが起きてしまうかもしれない。
そうならないために、ここは早急な判断をするべきだ。
「とはいえ、向こうにはマリィを倒した奴がいて、こっちの手札といえばマリィの剣、しかも今はそれを使える奴がいねえ」
「ろ、ロータローさんならあともう少しで十分に扱えるようになると思いますよ! 今はまだ時期が早いだけです!」
「こういう時にも励ましてくれるなんて、本当にありがたい話だけど、凄く情けなくなってくるな……」
マリィから剣の手ほどきを受けたロータローだが、その実力は剣をちょっと振れる程度、それも数回振れば息が荒くなるくらいだ。とてもではないが、剣士という戦力として数えることは出来ない。
「そんなに落ち込まないでくださいよ。私なんて、ほら、剣を握ることさえできないんですから」
「ん? ってことは、握ることさえできればどうなんだ?」
「それなりに戦えると思いますけど」
さらりと言うマリィだったが、彼女が言う『それなり』は『国ひとつを守護できるくらい』と同義である。
もしそんな戦力があれば、先日に彼女を下したという謎の相手はともかく、基地内の構成員の殆どを占めているであろう憲兵たちの包囲網を突破することは可能なのではないのだろうか。
「でも私の体はその包囲網の中にいるんですよ? それって『鍵が中にある密室』を開けるようなものになるんじゃ……」
「そう。だから、マリィの体は密室の中から外に出る時にしか使えない。じゃあ、外から中に這入る時はどうするかって話だが……」
ロータローはズボンのポッケを弄ると、中から小さな箱のような物体を取り出した。
それは『シットローズ号』を出る際にサスライから同伴者の代わりにと渡された物である。
「これを使うのさ。サスライ曰く、これはウチの機関長……元は機天使だった堕天使が作ったものらしくてな、困ったときにはこれのボタンを押すといいらしい。まさに、今使うべきものだろ?」
それがどんな機能を持っているのかまではロータローの知るところではないが。
しかし、これを作ったのは機関長である。
『自分が天使の座についたままだったら、この世界をSF小説さながらの機械世界として復興させていた』と豪語していたほどに、機械に対する造詣と技術に長けた少年だ。
その実力は堕天した今となっては衰えているとはいえ、並の人間の遥か上を行っているのは間違いあるまい。
ひょっとしたらテレポート装置だったりするのかも。それなら、誰とも会わずにマリィの体を回収できるから楽なのだが。
と、想像を膨らませた所で、その装置の効果はボタンを押してみるまで分からない。
「この装置を使って侵入して、マリィの体を回収する。で、その時になってまだこれが使えるようだったら、もう一回使ってもいいし、使えなくても、剣を握ったマリィなら逃げられるはずだ。別に今回は敵と戦うんじゃなくて、体を取り返して逃げることが目的なんだからな」
「なるほど。入と出で違う鍵を使うわけですね」
「その通り。……で、最後に聞きたいんだが、ここまで近づいて体の正確な位置が分かったりはしないか? いくらなんでもむやみやたらに侵入して、空き巣みたいにあちこちを駆けまわるってのは止したいんだが」
「ええと、そうですね」
マリィは瞳を閉じて集中し、己の体の位置を探った。
彼女の探知能力によると、テント集団の丁度中央に位置する一際大きなテントから位置を感じられるらしい。
よりにもよって敵の本陣のど真ん中。最悪の場所だ。とはいえ、ここで諦めて帰るようでは、そもそもロータローはこの場を訪れていない。
「しょーがねえ。出たとこ勝負になる作戦だけど、これしかねえんだ。いくぞ!」
ロータローはマリィの頭部を鞄の中に仕舞い、それを背負って立ち上がった。
それまで隠れていた物陰から飛び出し、勢いよく駆け出す。狙うはテントの入り口。走行とともに振るわれるの手にはサスライから貰った箱があった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
威勢の良い声を上げる。正面からの侵入という策を取った以上、こそこそする必要はないのだし、それに声を上げて己を鼓舞しなくては、ロータロー程度の小物の心はあっさりとプレッシャーで折れてしまうからだ。
基地に近づく不審者に憲兵たちが気付き、戦闘態勢を取る。幾度も訓練を重ねたと思しき、洗練された動きだった。
それに比べて、ロータローの装備のなんと貧弱なことか。
布で包まれた使えない剣と、ちょっと丈夫な体、それと用途不明の箱。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
ええい、ままよ!
機関長の天使のような顔を思い浮かべて祈りを捧げながら、ロータローはボタンを押した。
次の瞬間、箱を基点として爆発が生じた。
ロータローの体が木端微塵に吹きとんだ。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああ!?」
爆発の衝撃でマリィのように体から分断されて生首だけになったロータローは、断末魔を叫びながら飛んで行った。




