30「仮の基地」
「俺にお前を拾わせてくれないか?」
という、見るだけで歯が浮きそうな台詞をロータローが言った瞬間、マリィは驚いた。
体がその場にあれば、心臓が飛び出ていたかもしれない。それくらいの驚きぶりである。
「拾わせてくれって……え、ええと、あの……」
「あ、そうだよな。この言い方はちょっとアレだったか。かと言って、『救わせてくれ』っていうのも、『お前何様だよ』って感じの言い方になるし……うーむ」
「いえ、私が驚いたのは言い方の問題ではなくてですね」
ロータローが耽りかけた思考を遮るマリィ。
「私はいつも誰かを守ったり助けたりする立場の騎士でしたから、ロータローさんからそのようなことを言われるとどう反応すればいいか分からないというか、戸惑ってしまいまして……」
ごにょごにょと語るマリィだが、その口調には不満が混ざっていない。
「ロータローさんがそこまでして私の体を取り戻そうとしてくれるのはありがたいことです。『彷徨えるシットローズ号』のみなさんのような良き人々を守るために再び剣を握るというのも、悪くないでしょう。でも、私の体を取り戻すなんてことをして、大丈夫なんですか? 相手は私を一瞬で打ち負かした猛者なんですよ?」
「大丈夫大丈夫。こちとら、ちょっとした都合で並のアンデッドよりアンデッドな体になってるんだ。ちょっとやそっとの危険なら、たいしたことはないぜ」
「それに」と続けて、ロータローはニヤリと笑う。
「一度捨てたものを俺が拾ったところで、向こうに文句は言わせねえよ」
というわけで。
ロータローとマリィは、スピア国の都心部の外れにやって来ていた。
マリィの肉体探知能力に導かれるままに歩いていたら、ここに辿り着いたのである。
郊外は普段、碌に手入れがされていない荒れ地が広がっているだけだ。だがしかし、現在は全く違う光景が広がっていた。
ドーム、だろうか。
ロータローの語彙の中ではそのような表現しか出てこない形状をした、二メートルくらいの大きさの建造物がズラリと並んでいる。まるでテントの集合住宅だ。何かの集団が野営をしているのだろうか。
その集団の正体は、ドームの群れの周辺に立っている見張り番の、純白に染まった服装を見れば一目瞭然だった。
海上憲兵だ。
この島に着任したばかりで、基地もまだ建設されていない海上憲兵たちが仮の基地として作ったのが、この集合テントなのである。
「あいつらの本拠地にマリィの体があんのか……って、そりゃそうだよなあ。さっき聞いた話からして、マリィを倒した賊っていうのは、アイツららしいし」
岩陰に隠れながらロータローは納得した。
さて、と。
ロータローは鞄から取り出したマリィの顔面と向かい合う。
「なあ、今のところ体の調子はどうだ?」
「前から変わりませんね。何かで拘束されているような感覚です。それを引きちぎろうにも、体に力が入らなくて……うーん、倒された時の疲れが残っているのでしょうか」
とはいえ、感覚からして何か怪しげな実験をされているなんてことはないだろう。そうマリィは結論付けた。
とはいえ、それは今のところの話である。
本当ならこのまま夜になるまで待って、夜の闇に乗じて侵入し、体を取り返したいのだが、今は何もないからといって、これから海上憲兵の方で何か新しい動きが起きないとは限らない。あまり時間に余裕を持った行動はすべきではないだろう。
「だったら、変装でもしてこのまま侵入……って、そんな都合のいい変装道具もスキルも俺にはねえよな。吸血鬼の変身能力でも発現できていれば、話は別かもしれないけど」
無論、そんな能力はロータローにない。
「ちぇっ。ゴキブリでも脱皮で幼体から成体に変身するのに」
虫と自分を比べてまた落ち込みそうになるロータローだった。
そう言えば……と、ロータローは『吸血鬼』と『侵入』からあることを連想する。
吸血鬼の有名な弱点のひとつに『招かれなければ家の中に入れない』なんてものがあった気がするが、この弱点は今のロータローにも備わっているのだろうか?
だとしたら、今まさに侵入を試みている状況では非常に困るのだけど……いや、吸血鬼とはいえ半分は人間である以上、そんな弱点はないのかもしれない。
そう思いたい。
それに、この弱点はたしか、家の構造自体が一種の結界や魔除けとして働くが故のものらしいので、海上憲兵の仮の基地のような簡易的な構造をしている建物では効果がないかもしれない。
何も確証が得られない今は、『吸血鬼の弱点の所為で奪還作戦がおじゃんになりました』などというアホみたいな展開にだけはならないでほしいと切に願うしかない。
頭を悩ませていると、ロータローの背後にあたる都心の方から何者かがテントに向かって歩いてきた。
それに気づいたロータローは、マリィを抱えて、別の岩陰に移り、息を潜める。幸いなことに、先に気付いたのはこちらで、向こうはまだ気付いていないようだ。目が悪いのだろうか。
やって来たのは、眼鏡を掛けた男だった。海上憲兵の制服に身を包んでおり、その胸には階級と功績を表す華々しいバッジが付けられている。
彼を目にした見張り番の憲兵は、軍隊のような敬礼をすると、
「お帰りなさいませヒヒオゥ大佐!」
と仰々しい挨拶をした。それに対し、ヒヒオゥと呼ばれた男は手を軽く上げながら会釈をする。
大佐。
その階級から、ロータローは以前出会ったメェケンを思い出した。
「ここにもメェケンと同じ階級の憲兵がいるのかよ。もしかしてマリィを倒した奴って、あの大佐か?」
「当時は暗かったので、風貌がよく分かりませんでしたけど、佇まいからして、あのヒヒオゥという人物がかなりの実力の持ち主であることは間違いないですね」
「そうか……まあ、流石にメェケンみたいに人間を破裂させる力は持ってないだろうな」
そう分析するロータローは知らない。
ドーム状の基地内に這入って行ったヒヒオゥが、デュラハンと吸血鬼の共通の弱点である流水を司ることを。




