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ゴーゴーストーリー  作者: 女良息子
第二章 デュラハン騎士と狂信
29/193

29「海上憲兵幹部・”狂信”のヒヒオゥ」

「おやおや、何やら騒がしいですね」


 海上憲兵大佐、ヒヒオゥは遠くから聞こえた喧騒に眉を顰めた。


「いったい何が起きたのでしょうか?」


「さあ? 喧嘩か何かじゃないですかね」


 ヒヒオゥの傍に付いていた部下のひとりがそう述べる。事実、彼の推測は当たっていた。声がした先では、海の向こうからやってきた吸血鬼もどきの少年が、怒りのままにスピア国民の男性に掴みかかっていたのだ。


「喧嘩とは野蛮な……やはり、これまでアンデッドなんてものに守られていた島の民度など、たかが知れているということですか。やはり、これから我々海上憲兵が先進的かつ新しい秩序をこの国の住民に教えてあげるしかないのですね。やる事が山積みで困ったものです」


 差別意識と偏見がたっぷり籠った言葉を口から垂れ流しながら、ヒヒオゥは中指で真ん中の箇所を押し上げることで、眼鏡の位置を整えた。

 すると丁度その時、ひとりの憲兵が慌てた様子でヒヒオゥの元に駆け付けた。その憲兵の手には、一通の手紙のような紙片が握られていた。


「お忙しい所に申し訳ありません、大佐殿。報告がひとつありまして」


「おや、どうしたのですか。そんなに顔を真っ青にして。まるで、海上憲兵の支部が潰されたみたいな慌てぶりじゃあないですか」


「中らずと雖も遠からずと言いますか……それと似たようなことが起きたのです」


 憲兵はそう言うと、持っていた手紙を開いた。


「本部の伝天使コルエル部隊から、メェケン大佐が倒されたとの報告が」


「あのメェケンが⁉」


 それまで冷静な雰囲気を見せていたヒヒオゥはそこで初めて動揺した。身を乗り出しながら目を見開き、額には汗を浮かべている。

 それは滅多に見られないリアクションだったのだろう。彼の周囲にいた憲兵たちは、メェケンが倒されたという報告よりも、それを聞いたヒヒオゥの様子に驚かされていた。自分が取り乱してしまったことに気付いたヒヒオゥはバツが悪そうな顔をしながら『ゴホン』と咳払いをし、身を乗り出した際に崩れた軍服を整える。


「……“腕鳴らし”ですか。彼女がその身に宿す天使の力の強大さについては色んな方面から聞かされていましたよ」


 そもそも、天使の寵愛を受けているというだけで、力で言えば上位に君臨することになるのである。

 ましてや海上憲兵という軍事力に重きをおいた組織ともなれば、寵愛を受けている時点で大佐級の役職か、専用の部隊に配属されるのが常識だ。

 その中でもメェケンは、対人・対生物戦闘に特化した寵愛を得ており、その強さは多くの海上憲兵が知っていた。

 彼女の人格や功績を無視して、その能力だけを評価すれば、辺境の小島の支部を任されるのではなく、海上憲兵が本部を構える聖地『バルーナ』の守護を任されていてもおかしくないくらいだ。


「そんなメェケンが倒されたとは驚きですね……下手人は誰です?」


 名のある海賊か、あるいはメェケンの上を行く寵愛を受けている者か。

 いずれにせよ、只者ではないだろう。

 そんな予想を立てていたヒヒオゥの耳に飛び込んできた名前は。


「『彷徨えるシットローズ号』です」


「『彷徨えるシットローズ号』、というと、あの……」


 大佐であるヒヒオゥどころか、彼の部下である平の憲兵たちでも知っていることだ。

 『彷徨えるシットローズ号』の船長は、海上憲兵の総帥、アトランティスから狙われているということを。もっとも、その理由について知る者はいないのだが。


「そんな輩がメェケンに手を出すとは……やはり、アトランティス総帥への怨恨が原因なのでしょうか?」


「いえ、それが……現地の憲兵曰く、メェケン大佐は島で圧政を行っていたようでして」


「圧政⁉」


「ええ、住民たちから金を巻き上げたり、反逆を企てた者を惨殺したりと、それはもう酷いものだったらしく、その一環として、島に訪れた『シットローズ号』を襲おうとしたら返り討ちにあったようでして」


「……呆れます」


 ヒヒオゥはそう言うと、片手で頭を抱えた。


「元から彼女については悪い噂を何回か聞いたことがありましたが、まさかそんなことをしていたなんて。秩序の代行者たる海上憲兵の風上にもおけません。彼女の処罰の場には、是非私も立ち会わせてもらいたいものです」


「いえ、それは無理かと思いますが……」


「おや、どうしてです? ……ひょっとして『シットローズ号』から返り討ちにあった時に、そのまま死亡したのですか?」


「頭部に銃弾を撃ち込まれた後で動かなくなったので、死亡の線が強いのですが、そうとも言い切れない理由がありまして……倒れた筈のメェケン大佐が、いつの間にか消えていたらしいのです。撃たれる直前に躰天使グーフエルから新たに『肉体再生』らしき寵愛を受けていたことから、おそらく憲兵たちの目を盗んで復活して、こっそりと逃げ出したのではないかと」


 その事実に気付いた現地の憲兵たちは慌てて捜索をしているらしいが、未だに見つかっていないようだ。

 報告をそこまで聞いたヒヒオゥは、「ふむ」と考える。

 この報告が自分の所に届かれた意味を。ただのメェケンの訃報だけではない。そのためにわざわざ隠密であることを何よりも重要とされている、貴重な伝天使コルエル部隊の連絡網を使うなんてことはないはずだ。


「……たしかメェケンが管理を任されていた島は、スピア国からそう遠く離れていませんでしたね。でしたら、その報告に続いて本部が私に下した命令は『島から逃げ出して流れ着くかもしれないメェケンの捕獲』、あるいは『同じくメェケンの島から流れ着くかもしれないシットローズ号の捕縛』になるのでしょうか」


 報告係の憲兵は首を縦に振った。

 その反応を見て、ヒヒオゥは満足げに口元を歪める。


「それは大変ですね。騎士気取りのアンデッドを追放し、ようやくこの島に海上憲兵の基地を設立できると思っていたところで、新たな悪敵が現れるとは。ああ、忙しい忙しい忙しい忙しい…………でぇ、すぅ、がぁっ!」


 ヒヒオゥは大声を上げて上半身を仰け反らせ、開いた両手を天に向かって掲げた。


「この多忙こそが愛おしい!」


 その顔には歓喜の表情が刻まれており、歪んだ口は歯茎が見せそうなくらいまで開かれている。今にも達しそうな興奮っぷりだ。


「秩序と正義が多忙なのは世の常です。いつだって時間を余らせているのは愚弱な怠け者ばかり。それに、私が忙しくなればなるほど、この世から悪がどんどん洗い流されていくのです。これを喜ばずにいられましょうか?」


 以前、メェケンを指して『正義の名を借りた邪悪』と表現したことがあったが、それに倣ってヒヒオゥを表現するなら『正義の名を借りた正義』、つまり純粋な正義となる。

 純粋すぎる正義。

 正義教の信者のような頭脳をしているのだ。故に彼は己が信じる秩序の布教に熱心だし、異教があれば排除しようとする……海上憲兵の傘下に入っていない国があれば取り込もうとするし、そこに別の正義があれば追放しようとする。


「ひとまず私は、本来の仕事に戻りましょう。あのデュラハンの体がどうなっているか確認しなくてはなりませんからね。あなた方は島に何らかの異変……例えば先ほど向こうから聞こえた喧嘩騒ぎのようなものを発見したら、すぐに私の元に報告をしてください」


 イカれた狂信者は、これから自分が秩序の代行者として更なる善行を積めるという喜びに震えながら、部下たちに命令を下した。


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