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ゴーゴーストーリー  作者: 女良息子
第二章 デュラハン騎士と狂信
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27「むかしのおはなし」

 マリィの処刑が執り行われた後、スピア国の国営は意外なことに上手くいっていた。

 理由はふたつある。

 ひとつは、本来なら冥府に去ってしまった魔王という手の届かない対象に向けるべきだった怒りをマリィにぶつけたことで、ひとまずの落としどころを得られたから。

 そしてもうひとつの理由は、それまで国の周囲に現れていた外敵たちが、大地の崩落によって綺麗さっぱり消え去ったからだ。また、隣の大地から切り離されたことで、他所の魔物が流れてくる心配もなかった。これは『大いなる死』が残した数少ない恩恵と言えよう。

 おかげで復興は着々と進み、数ヶ月も経つと、以前に比べればこじんまりとしているものの、国家としての在り方を取り戻せていた。

 あともう少しでかつてのような平和を取り戻せるのかもしれない。

 誰もがそんな希望を抱いていた。そんな矢先に、あの事件は起きた。


 ある日、遠い東の空に大きな影が現れた。

 最初にそれを発見した農夫は積乱雲かと思ったが、それは違った。

 影の正体は巨竜ドラゴンだった。

 背中から生えた翼で空を飛び、宙を自由自在に駆け回る巨竜ドラゴンは、『大いなる死』から生き延びていたのである。

 そんな怪物がこちらに向かってまっすぐ飛んでくるのを目撃したスピア国の人々は、恐怖に震えた。魔物どころか巨竜ドラゴンが襲来してくるなんて、誰も想像できていなかったからだ。

 復興で精一杯な国にあんな凶暴な怪物が攻め入ればどうなるかなんて、簡単に予想が付く話である。一軒家程度は余裕で丸かじりできる大きさをしている顎で噛まれずとも、ただ巨竜ドラゴンが国の真上を通過するだけで、その両翼が生み出す風圧によって大地は捲れ上がってしまうだろう。それほどまでの圧倒的な力が、そのモンスターにはあった。

 迫りくる脅威に人々は何もすることができない。逃げ出そうにも、国の周囲を囲む大海がその選択を不可能にしているからだ。


 もうだめだ。このままでは滅びてしまう。……誰もがそう思った。

 その時だった、銀色の煌きと共に、一閃の斬撃が放たれたのは。

 直後、天空の支配者の如く飛行していた巨竜ドラゴンは、悲鳴を上げて鮮血を撒き散らしながら墜落した。その巨体を受け止めた海から『ざぱぁん』と巨大な水飛沫が上がる。スピア国には一切の被害が出なかった。


 予想だにしなかった展開に、国中の人間が驚愕する。しかしその直後に、彼らは更に驚くこととなった。

 何故なら、東の海岸に立って巨竜ドラゴンを迎撃してみせたのは、死んだはずのマリィだったのだから。

 数ヶ月ぶりに現れた守護騎士の姿に、その場にいた全員が己の目を疑った。


 この世界にアンデッドの発生方法は複数ある。

 それは、死者の強い怨念だったり、世界の理に反した禁忌の術だったり、『そういうもの』が生まれやすい環境によるものだったり、と様々だ。

 マリィの場合は、本人の強い意志だった。

 怨念ではなく、『国を守りたかった』という責任感。そんな強い想いを抱いたまま死んだ彼女は、国を襲う危機を前に、アンデッドの一種、デュラハンとして蘇ったのである。

 復活した彼女は体から分断された頭部を小脇に抱え、生前から振るっていた剣をもう片方の手で握り、遠く離れた空にいるドラゴンに斬撃を届かせてみせた。それは剣の達人であるマリィにしかできない絶技だった。

 彼女は切り離された頭部に生前と変わらない天真爛漫な微笑を浮かべながら、次のように言った。


「遅くなってすみません。意地汚くもこのマリィ、二度目の生を得てしまったようです。かつて大きな失敗をしてしまった身で言うのは烏滸がましいのですが……私にもう一度、国を守るチャンスをくれませんか?」


 マリィは守護騎士として第二の生を始めることとなった。

 体のあちこちが腐敗していたり、頭部が安定しなかったりする所為で、彼女の実力は生前よりもかなり衰えていた。だがそれでも時折国の近くに現れるモンスターや賊を倒す分には十分であった。

 マリィは生前と変わらぬ活躍を見せたのである。しかし、スピア国の人間が以前のように彼女のことを神聖視することはなかった。

 マリィが人間の姿のままで怪物じみた剣技を振るっていれば、英雄として崇拝するものはいただろう。

 だが、今の彼女はデュラハンだ。

 死から蘇ったアンデッドだ。

 モンスターの一種なのである。

 そんな存在が人外の如き活躍を見せた所で、誰が崇拝できようか。

 怪物として見ることしかできまい。


 おお、『首だけマリィ』よ。なんと恐ろしく、悍ましい。


 国を救えなかった騎士が、死後も騎士の真似事をするつもりか。


 剣だけの能無しめ。


 人々の間でそんな罵倒が囁かれるのは珍しくなかった。だが、それをマリィに直接言う者など誰も居なかった。剣ひとつで魔物を蹴散らすアンデッドに向かって正面から侮辱の言葉を吐くなんて、自殺行為も同然だと恐れていたからだ──『恐れ』。

 そう、スピア国の民はマリィを恐れていた。

 そもそもマリィが復活した当初、国民の多くが抱いた感情は恐怖であった。

『あの騎士は処刑された恨みを晴らすために復活したのだ』という恐怖。

 無論、マリィにそんな気は一欠片もなかったが、人々が一度抱いた思い込みを払拭するのはそう簡単なことではない。デュラハンという外見も、その恐怖に拍車をかけていた。

 そんな怪物が、自分たちのすぐ近くで剣を握っているのだ。これを恐れるなという方が、無理な話である。

 しかし、マリィが圧倒的な強さを持ち、外海から何が現れるか未知数である以上、スピア国には彼女に頼る以外の道がない。

 こうしてマリィは守護騎士として働き続け、いつしか二十年が経っていた。


 そんなある日。

 月の出ていない夜のこと。

 寝室で床に就こうとしていた国王の前に、ひとりの男が現れた。厚底の丸眼鏡から理知的な雰囲気が感じられる、三十代半ばの男だ。

 彼は名をヒヒオゥと言い、自分が聖地『バルーナ』に本部を構える組織、海上憲兵の大佐であることを明かした。


「夜盗のような登場の仕方ですみません。とはいえ、この国がアンデッドを軍事力として使っているという話を聞いた以上、こちらとしてもそれ相応の危機感を持って侵入せざるをえませんでしたので」


 その言葉を聞いた瞬間、国王は自分たちを危険視した外部の組織が攻め入って来たのではないかと思い、ひどく慌てた。

 しかしそうではないらしい。

 むしろ逆だった。

 ヒヒオゥが所属する海上憲兵は、スピア国を守りに来たのである。


「大陸の崩壊とともにかつてあった秩序さえも失われた今、我々海上憲兵は偉大なるアトランティス様の名の下に、この世界に新たな秩序を齎すべく西へ東へと駆け回っているのです。そんな中、『ひとりのアンデッドによって守護されている島がある』という情報を掴んだので、こっそりと侵入したのですが……なるほど、デュラハンとして蘇った守護騎士がいるのですね」


 スピア国の事情を知ったヒヒオゥは顎に手を当てながら、「ふむ」と頷いた。


「ですが、それは不十分な国防なのではないでしょうか? アンデッドなんて、所詮は動く死体です。モンスターなのですよ? そんなものを信用できますか?」


「それは分かっているが、奴に頼らなければ、国の安全を保てないからのう……」


 困ったように言う国王。

 するとヒヒオゥはぱんと手を鳴らし。


「そこで国王様に朗報なのですが、スピア国が我々と契約を結ぶのはどうでしょうか? そうすることで海上憲兵の庇護を受けられるだけではなく、同じく海上憲兵と契約を結んでいる様々な国々との円滑な国交も可能となります」


 まるで凄腕のセールスマンのような喋り方だ。

 ヒヒオゥが語る内容は、スピア国にとってメリットしかない。

 だが、ヒヒオゥはそこまで語ると『ただ』と言って、それまで立て板に水だった台詞の速度を緩めた。


「この国に我々を加えるにあたって、マリィというアンデッドが邪魔になりますね。ひとつの国に、秩序はふたつもいらないでしょう? 私としては、これまで守護騎士の真似事をしてきた死体風情には退場していただきたいのですが……貴方様はどうお考えですか?」


 それは願ってもない提案である。扱いかねていたマリィを追い出せて、海上憲兵という組織の力を手に入れられるのなんて一石二鳥だ。

 国王から良い返事を貰えたヒヒオゥは満足そうに笑うと、


「それに私の手に掛かれば、彼女を処理するなんて、簡単なことですからね」


 卓上にあった水差しを手に取った。


「私は水天使マイムエルの寵愛を受けていましてね。『流水操作』の権能を使えるのですよ」


 ヒヒオゥはそう言うと、水差しを傾け、中身の水を落とした。

 しかし床が濡れることはなかった。

 なぜなら、水差しから流れ落ちた水は、途中で軌道を変え、斜め上に向かって飛び上がったからである。そのまま水は生き物のように空中を動き回っていたが、暫くすると、水差しの口へ飛び込み、元の状態に戻った。


吸血鬼ヴァンパイアの方が有名かもしれませんが、流水が弱点なのはデュラハンも同じですよね? いくらマリィとやらが剣術に優れていようと、彼女がデュラハンの身である以上、その弱点は変わらないはずです。水が大量にある海辺にさえ呼び出せれば、必ず排除してみせましょう」


 ヒヒオゥの言葉は流水の如く、国王の心の隙間へと流れ込む。


「その為にも、あなた方スピア国民のご協力が必要なのですが」


 こうしてマリィは裏切られ。

 頭と剣だけを海に流され。

 ロータローに拾われたのであった。


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