25「スピア国と白い服と」
「本当に平和な町だな」
スピア国の大通りを歩きながら、ロータローは呟いた。
「私にもどうしてこうなっているのかは分かりませんが……ともあれ、あれから国に被害らしい被害が出ていないようで良かったです」
ロータローの背中には大きな布で包み隠された剣と一緒に、鞄が背負われている。その中からマリィの声がした。
賊から侵略や略奪を受けていると思って島を訪れていたら全然そんなことはなく、人々が平和そのものな暮らしを送っていたなんて、普通は拍子抜けするところだが、彼女は純粋に安堵すべき出来事として受け取ったらしい。
島を発見した後、サスライは念のために船を正面の港に近づけず、人気のない海岸に泊めていた。
島の様子がマリィから聞いた情報から予想できるものと大きくかけ離れていたことに違和感しか覚えられないが、マリィが「たしかにここがスピア国だ」と断言する以上、信じるしかない。
とりあえず実際に島に上陸して、より詳しい情報を得よう(そして出来ることならついでにマリィの体も見付けよう)ということになり、その担当にロータローが任命されたのである。
「元々マリィを拾ったのは俺だし、こういうコソコソする仕事は『シットローズ号』で一番人間に近い俺が向いているのかもしれないけどさ。一見平和とはいえ、賊が上陸したという前情報がある島に、ひとりだけで上がらせるかね」
上陸前にサスライから下された指示を思い出して溜息を吐く。
どこかにマリィを倒した賊がいるのかと思うと、気が気でない。せめて戦闘班という如何にも頼れそうなグループの誰かが一緒に来てくれたら良かったのだが、アンデッドが町に現れれば余計な刺激を生む可能性がある以上、その案は無効となった。
「そんで、代わりにってこれを渡されたけど、こんなもんで戦えるのか?」
ポッケの中に意識を向ける。中には直方体の箱が入っていた。側面にはボタンのような出っ張りがある。
これを渡してきたサスライ曰く、『機関長が前から作っていた武器のひとつ』『困った時はボタンを押せ』らしい。
怪しい臭いしか感じられないが、それに頼らなければ使えるものがなくなるので、仕方なく受け取ったわけである。
いや、そもそもの話だ。
困るような事態に陥らなければよいのである。
ロータローにとっての理想は賊に会わないことだ。
何事も無くマリィの体まで辿り着いて、その後は完全体になったマリィに賊を倒してもらう。これが一番だ。
「というわけでマリィ。お前が戦ったっていう賊の特徴を教えてくれないか? それっぽい奴を見かけたら、すぐに隠れるからよ」
ロータローは堂々と情けないことを言った。
マリィは困ったような口調で、
「ええと、そうですね……見かけたのは夜ですし、剣を交えてすぐに意識を失ってしまったのでよく覚えていないんですけど……全員の服装が白で統一されていたのは覚えています」
「白?」
賊とは思えないカラーリングをした集団だ。
とはいえ白……白、白、白。
パッと見で目立つ色だし、遠くから近づいてきても発見できるだろう。不意に遭遇することはあるまい。
とはいえ、特徴が服の色だけというのも困った話である。そんな服装をしている輩なんて、一般市民の中にもいそうだ。
「ほら、例えば、あの集団とか……」
ふと視界に入った白い軍服の集団を指差しながら喋っていたロータローだが、彼の口は途中で止まった。
軍服の集団?
目をパチクリと動かして、もう一度見る。
彼らの服装は相変わらずだった。その恰好をロータローはよく知っている。
なにせ彼は、それと同じ格好をした組織をつい先日見かけたばかりだからだ。
「海上憲兵……?」
「カイジョーケンペー? またそれですか? それがどうかしたんです?」
背中から聞こえるマリィの声が遠い。
ロータローは激しい困惑の只中に居た。
この島に海上憲兵はいないはずだ。
国の守護騎士であるマリィが知らないのだし、そもそもマリィほどの力のある者が国防に付いていれば、警察的な役割を持つ海上憲兵なんて存在意義がないはずである。
しかし視界に映る光景は、その考えと大きな矛盾を生んでいた。
仮にマリィが戦ったという賊が海上憲兵だった場合、彼女が入ったカバンを背負った状態で憲兵たちと接触するのは拙いだろう。いや、そもそも女性の生首を連れ歩く男なんて、その時点で通報不可避の不審者なのかもしれないが。
それに、ロータローは曲がりなりにも海上憲兵の大佐であるメェケンと一戦交えた仲なのだ。つい先日起きたばかりの情報がこの島の憲兵にまで伝わっているかどうかは分からないが、もし伝わっていたら、ロータローは間違いなくお尋ね者になっているだろう。
ロータローは緊張で喉を鳴らし、一歩下がる。
その時だった、海上憲兵のひとりがこちらに目を向けたのは。それは何気ない視線の動きであり、決してロータローを狙ったものではなかった。しかし、その何気ない動作により心臓が大きく跳ねたロータローは、すぐさま身を翻して逃げ出した。完全に冷静さを失った行動だった。
幸い、背後から憲兵たちが追ってくる気配は見られないが、ロータローはそのまま暫く走り続け、脇道に入ると、壁に寄り掛かって項垂れた。
「ロータローさん? 急に慌てて走るなんて、どうしたんですか? もしかして早速賊を見つけたんですか?」
「そうかもしれないし、そうでもないかもしれねえ……どうなってるんだ?」
やっぱりマリィが言った体の探知は勘違いで、この島はスピア国ではなかったのだろうか?
そんなことを考えていると、「なあ」と何者かがロータローに声を掛けた。
すわ海上憲兵かと思って慌てたが、それは杞憂だった。振り返るとそこにいたのは、何処にでもいそうな三人の男だったからだ。
彼らはみな心配そうな目つきでこちらを見ている。その内の一人が口を開いて、
「あんた、こんなところで何してるんだい? 随分と調子が悪そうだが」
「いや、大丈夫だ。ちょっと驚いたことがあっただけだよ。ありがとな」
感謝の言葉を言いながら、ロータローは凭れ掛かっていた体を起こした。
「気遣いついでに聞きたいんだけど、この島ってスピア国だよな?」
「その通りだよ。その言い方だと、あんたってもしかして旅人かい?」
「ああ。ついさっき来たばかりでね。この国を守っている騎士様を一目見ようと思っているんだが……」
この場がやはりスピア国であることを理解したロータローは、ついでにマリィについての情報が得られないかと思っていた。
ロータローの発言を聞いた男のひとりは、
「騎士? ああ、アレなら昨日捨てたよ」
とアッサリ答えた。
「…………は?」
理解できない。
今目の前にいる男は何と言った? 捨てた? どういうことだ?
まさか自分は異世界文字をリーディングできないどころか、ヒアリングすらできなくなってしまったのか?
固まるロータローを前に、男たちは口々に言う。
「だから、捨てたんだよ」
「体と首を一緒に捨てると、もしかしたら戻ってくるかもしれないから、首だけを流してね」
「もちろん腐っても、というより死んでも守護騎士というべきか、捨てるのにはかなり苦労させられたけど」
「海上憲兵と国の上層部の協力が無かったら無理だったろうな」
「おや、『なんで捨てたんだ?』みたいな顔をしているね」
「だってあんな怪物がいなくても、海上憲兵がいるからな」
「これからは組織の力で守ってもらう時代なのさ」
「もうデュラハンなんていう、力だけの醜悪な化物に頼らなくても良いなんて最高だよ」
「思い出すだけでも吐き気がする。国の治安の為にあんな悍ましいアンデッド、それも『首だけマリィ』の力を借りるしかなかったなんて!」
「だけど、もうそんな思いはしなくていいのさ」
「かの聖地に本部を構える海上憲兵から守ってもらえるようになったんだからね!」
「なんて光栄なことだろう!」
「だから捨てたんだ」
「まあ、死んだ後も騎士の真似事をしているデュラハンなんていう滑稽な物を見たくてやってきた旅人さんには、残念な話になるかもしれないが」
「けど、落ち込むことはないさ」
「この国で観光できる場所は、他にも色々あるんだし」




