24「守護騎士」
「お疲れ様です! 最初に比べたらかなり上手になりましたよ! このまま鍛錬を積めば、私を超えるのはそう遠くない話かもしれませんね!」
「ぜぇ……ぜぇ……あ、ありがとうござ、いぁーす……ひゅぅ……」
地獄のような剣術指南が一区切りついた後。
全身が汗だくになったロータローは、膝から崩れ落ちるように甲板に背中を付けた。
首を動かして東の方角に目を向けると、空が白みを帯びつつある。かなり長い時間剣を振っていたようだ。
とはいえ、剣のド素人であり、運動神経がいいわけでもないロータローが長時間とはいえ一日にも満たない特訓をしたところで、劇的に強くなるなんて言うご都合主義な展開はあるわけがない。剣の重さに慣れるのがやっとだった。
技名を叫びながら剣を振り回している漫画やアニメのキャラキターたちがフィクションの住人であることを改めて思い知らされる。
「ふう……、この調子だと『焼滅する蝋翼剣』を使えるようになるのはまだ先の話だな」
「イカロ……、なんですかそれ?」
「おっと、気にしないでくれ。ただの黒歴史だ」
ロータローは心の中で開きかかっていた黒歴史をそっと閉じた。剣と魔法のファンタジー世界に来た所為か、遥か昔の妄想を封じたはずの蓋が最近になってガバガバになっている気がする。
ロータローは息を整えながら、マリィの方に目を向けた。
「マリィみたいな騎士に守ってもらえるスピア国の奴らは幸せ者だな」
「え、な、なんですか突然!」
「剣を実際に握ってみて、ふと思ったんだよ。こんな物を毎日にのように振るって、たったひとりで国を守り続けてきたマリィの凄さを」
それは努力を放棄してあらゆるものを諦めてきたロータローには真似できない所業だ。
だからロータローにとって、首だけになっても己の使命を果たそうとするマリィの姿は眩しく見えた。
「へへ、そう言われると嬉しいですね。でも、私なんて全然凄くないですよ」
元から柔らかかった表情を更に崩して、喜色満面な女児のような顔になりながら、マリィはそう言った。
ロータローはその言葉を謙遜と受け取ったが、マリィは続けて、
「別に謙遜しているわけではありません。私なんて、実際はそんなに大した騎士じゃないんですから。今回で失敗したのも二回目になりますし」
「二回?」
国の守護という大仕事で二回しか失敗していないというのは、とてつもない偉業のように思えるが、それはさておき、マリィのような高潔な精神を持つ騎士が以前に一度失敗していたというのは驚かされた。
ロータローの表情からその考えを見透かしたのか、マリィは少し憂いを帯びた表情になる。
「一度目の失敗は二十年前の『大いなる死』です。当時まだ人間だった私は、かの厄災から国土を守ることができませんでした」
「いやいやいや! それを自分の失敗にカウントするのかよ⁉」
ロータローは驚きのあまり、疲労で床に凭れ掛かっていた体を起き上がらせた。
「『大いなる死』ってたしかアレだろ? 伝説と言われていた勇者ですら止められなかったものなんだろ? そんなド級の災害から国を守れなかったからって、お前が気に病むことは……」
「国を守る騎士が国を守れなかったんです」
ロータローの台詞をマリィが遮った。
今までで一番力強い口調だった。
「たとえ相手が世界中を蹂躙した災害であっても、言い訳できるはずがありません」
息が止まる、とはこのことか。
マリィの言葉の中にある騎士としての信念を目の当たりにしたロータローは、何も言い返すことが出来なかった。
凛とした表情で語っていたマリィは、すぐに元の優し気な微笑に戻る。
「二度目の失敗をしてしまった今、これ以上スピア国に被害を出すわけにはいきません。賊たちの手で壊滅させられる前に、早く戻らなくちゃ」
「……ああ、そうだな。応援するよ」
ロータローにはマリィのような信念はない。彼女以上に多くの失敗をしてきたロクデナシである。本来なら、マリィのような立派な人間を相手に、こうして面と向かって話すことすら分不相応な話なのだ。
だが、それでも。
これまでのマリィの話を聞いて、ロータローは思う。
マリィの願い通り、スピア国が救われてくれたらいいな、と。
そう願うこともまた、分不相応な話なのかもしれないけど。
そして、それから暫くの時間が経ち。
見張り台に立つ船員からスピア国らしき島を発見したという報告がされた。
それ自体は予想通りの展開である。
マリィが持つ、肉体の知覚能力を利用した羅針盤で進んできたのだから。
だが見張り番は島の発見と共に、もうひとつ報告をした。
それは予想外の内容だった。
「方向と距離からしてあの島がスピア国なのは間違いないだろうけどさ、うーん……、イマイチ信じられないな」
なぜなら。
「望遠鏡で見る限り、島の様子は平和そのものなんだから。とてもではないけど、賊が上陸して、守護騎士を失った直後とは思えないよ」




