23「ゼロから始める剣術入門」
次の行き先がスピア国に決まると、『拾ったのはお前だろ』というサスライの言により、マリィの世話役はロータローに決まった。
その後、ロータローはマリィと一緒にキロリッターの部屋を訪れた。別にキロリッターに用があったわけではないのだが、他に行くところもなかったので、何となく寄ったのである。
生首だけのマリィの登場に驚いたキロリッターだったが、ロータローからこれまでの経緯を聞くと、
「へえ、そんなことがあったのね」
「へえ、で済ますんじゃねえよ、へえ、で。首だけになっても人の為に健気に頑張るマリィの姿を見て、何か思うところはないのかね、人の事を餌としか思ってない暴食吸血鬼さんよ」
「ないわね。超再生を持つスーパーウルトラ吸血鬼な私は、首だけなんていう間抜けな姿にならないもの」
「生意気なこと言いやがって。マリィの爪の垢を煎じて、お前に飲ませてやりてえよ」
「なに急に気持ち悪いこと言ってるのよ。それに、首だけのそいつには爪の垢なんてないでしょ」
どうやらこの世界に諺は通用しないようだ。
それにしても、とキロリッターは視線をロータローから彼が抱えるマリィに移す。
「よくこの船に乗れたわね、アンタ。見たところ金目の物を持ってなさそうだし、首だけじゃ労働力にもなれないでしょ」
「はい。ですので、キャプテンさんは私じゃなくて私の国からの謝礼を目的にしているみたいです」
マリィの返事を聞いたキロリッターは、納得したように頷いた。
どうやら彼女にとってもサスライの打算的な性格はよく知るところらしい。ふたりの会話を聞いていたロータローは、そのような感想を抱いた。そして同時に、会話の内容からある疑問を連想した。
「金目の物と言えば、キロリッター、お前って乗船料をどうやって払っているんだ?」
ロータローが始めて『彷徨えるシットローズ号』に乗る前にサスライがキロリッターの金払いの良さに言及していた気がするが、彼女の自室を見渡しても、お金なんて硬貨一枚すら見当たらない。これでどうやって乗船料を払っているというのだろうか。
「乗船料……そうね、『コレ』はあまり他人に見せるものじゃないんだけど、アンタって私をナメてる気がするし、ここで私の凄さを思い知らせてやろうかしら」
キロリッターはそう言うと、右手を前に伸ばした。手のひらは開かれて、下を向いている。
一体何が始まるんだ、とロータローは固唾を呑んだ。
次の瞬間。
キロリッターの右手を中心に空間が引き歪んだ。吸血鬼という最上位のモンスターの風格が見せた錯覚ではない。現実として、空間が歪んだのだ。
石を投げ込んだ水面のように波打っていた空間は段々と元に戻り始める。しかし、そこには先ほどまでその場になかったはずの物が浮遊していた。
金色に輝く小さな物体だ。
やがて歪みが完全に治まると、その物体は重力に従って落下し、床にぶつかった瞬間にチャリンと音を鳴らした。
こうして無から金貨が生じたのであった。
「…………」
一連の現象を目の当たりにしたロータローは、ぽかんと口を開けていた。
対するキロリッターは自慢げな笑みを口元に浮かべている。所謂ドヤ顔だ。
「どう? 驚いて声も出ないかしら?」
「ズルじゃん!」
「はあ⁉ ズルじゃないわよ! これはね、『物質創造』という吸血鬼の能力なのよ? それとも何かしら、アンタって空を飛ぶ鳥や海を泳ぐ魚に対しても『それはズルだ』と文句を言うのかしら?」
「ぐぬぬぬぬ」
そう言われると言い返せない。それにキロリッターがこの方法で乗船料を払っていなければ、彼女の所持品であるロータローも船に乗れないのだ。釈然としないが、ここは黙るしかない。
「あれ? 『物質創造』が吸血鬼の能力なら、俺だって半端者とはいえ吸血鬼なんだし、やれるんじゃね?」
「アンタって不死性以外は碌な吸血鬼性が出ていないし、今はまだ無理なんじゃないかしら」
「マジかよ……」
「あ、でも私に血を吸われて吸血鬼化が進めば、その内出来るようになるかもしれないわね」
「マジかよ!」
夢が広がる話だ。物質創造なんて、実質何でもアリみたいな能力である。それに、地球出身のロータローならこの世界の住人にとっては未知となる物体を作ることが出来るだろう。ロータローはロケットランチャーや対戦車ライフルを具現化させて無双する自分を夢想した。
「俺が最強になる日は、そう遠くないのかもしれねえな」
「おや、ロータローさんは強くなりたいのですか?」
ロータローに抱えられているマリィは視線を上げながら問いかけた。
「強くなりたい? うーん、そうだな、そこまで本気ってわけではなくて、『強くなれたらいいなー』程度というか……あれ? 自分で言ってて情けなくなってきたぞ?」
「そんなことありませんよ、強さを求める志は何であっても立派なものですから!」
マリィは邪気のない口調でそう言うと、「そこで提案なのですが」と話を続けた。
「私は吸血鬼については専門ではありませんけど、剣術についてならそこそこ詳しいですし、よければお教えしましょうか?」
「え」
予想外の発言に固まるロータロー。
一国の守護を務めてきたほどの腕前を持つマリィに剣を教えてもらうだって?
剣の道に詳しくないロータローだが、それがいかにトンデモない提案なのかはすぐに理解できた。
「首だけですから実際に剣を手に取って教えることはできませんけど、剣を振っているロータローさんにアドバイスを投げるくらいのことならできると思いますし」
「いやあ、悪いよ、そんなの。それにマリィはこれから国に戻って賊を倒すんだろ? そんな大仕事の前に、俺なんかに剣術を教えるなんて……」
「大丈夫です! 剣の素人であるロータローさんにちょっと教える程度なら、大して難しくありませんから」
なおも引き下がらないマリィ。
ロータローはどうしてそこまでグイグイ来るんだと疑問に思ったが、その答えはマリィが続けて言った台詞で明らかになる。
「それに、私はロータローさんに個人的な恩返しがしたいんです! あの時ロータローさんに拾われなかったら、私は今も海の上を漂っていたのかもしれないんですから!」
「そうかもしれないけどさあ、別にそこまで感謝されるほどのことでもないって。俺が拾わなくても、たぶん他の誰かが拾っていたはずだろうし」
そもそもあの時ロータローはマリィを助けようと思ったわけではなく、ちょっとした好奇心に突き動かされただけなのだ。
それに、当時のことを話題に挙げられると、その時に見っとも無く溺れて醜態を晒してしまったことも連想してしまうので恥ずかしい。
出来ることなら思い出したくない、というのがロータローの本音だ。
しかし、マリィの感謝の思いは止まらない。
彼女は純度百パーセントの善意で剣術指南を提案しているのだ。そんな好意を無下にすることなんて、出来るわけがない。
最終的に根負けしたロータローはマリィに剣を教えてもらうべく、キロリッターの部屋を去った。扉を閉める際にキロリッターから飛んできた馬鹿なものを見るような視線が痛かった。
そして場所は変わって甲板。
時刻はとっくに真夜中だが、夜を生きる種である吸血鬼に腰まで浸かっており、異世界に来る以前から夜行性の引きこもりだったロータローにとっては、むしろこの時間こそが活動に向いていると言える。
甲板は剣を振り回すには丁度いい、開かれた空間だった。
いや、ロータローの場合は『剣を振り回す』というより、『剣に振り回される』といった方が正確か。
その表現がぴったり合う動きで、彼は剣と共に乱舞している。ちなみにその手に握られているのはマリィの剣だ。
それは彼女にとっては重要な剣である。サスライとの会話の際に、報酬として渡すのを渋ったくらいだ。そんなものを剣のド素人であるロータローに貸してくれたという事実が、肩に重くのしかかる。手を滑らせて明後日の方向に飛ばしてしまい、海に落とすなんてことになれば大変だ。
「なかなか筋がいいですよロータローさん! 剣術に優れていたと評判だった伝説の勇者、エデンにも劣らない腕前です!」
離れた場所に置かれた木箱の上からそのような褒め言葉を投げかけるマリィだったが、その言葉は明らかに嘘だった。
彼女は褒めて伸ばすタイプなのだろう。元の世界では甘やかされて育てられてきたロータローにとっては理想的な指導者なのかもしれない。今はその優しさが辛かった。
「ただ、そうですね……、強いて修正点を言うなら、もう少し姿勢を伸ばして、剣をちゃんと構えましょう。足の踏み込みもしっかりと! ロータローさんは剣を初めて握るから仕方ありませんけど、まずはその重さに慣れましょうね!」
「オッケー、つまり基本が全然ダメってことだな!」




