22「行先決定」
スピア国は『大いなる死』以前から存在していた国であり、国土の六割が沈没して島になった後も残された人々の営みが続いていた。
小さくなった国土は民の生活を不便にしたが、国を襲う問題はそれだけではなかった。
希少な大地を狙って外海から攻めてくる賊や、変化した環境で新たに出現したモンスター。国が危険に晒される機会はいくつもあった。しかし、その度にスピア国はひとりの女騎士によって守護されていた。
その騎士こそがマリィである。
彼女にはたったひとりでの国防を可能とする力があったし、なにより老いとは無縁なデュラハンの身である以上、その実力が衰えることはなかった。そのおかげで、スピア国はこれまでの間平和を保っていられたのだ。
しかし、その平和もつい先日までの話だった。
ある日のことだ。
『港に見慣れない船が現れた』と報告が出た。それを受けたマリィはすぐに港へ向かい、不審な集団と遭遇した。
その集団は好戦的な性格をしており、マリィを見かけるや否や襲い掛かってきた。
彼らとの戦いの末、マリィは意識を失い、そして……
「今に至るというわけです。一応、私にも長い間国を守り続けてきた騎士としての誇りがあったのですが……どうやらそれは驕りだったようですね。反省です」
「アンタが抱えている事情はよーく分かった。国の現状が心配で早く戻りたいと思うのは当然だろう。それを知った上で、質問をふたつさせてもらおうか」
サスライは右手の人差し指と中指を立てながら問いを投げかけた。
「ひとつ。『国まで自分を連れて行ってくれ』と言うが、アタシたちはスピア国なんて名前も場所も知らない。これまで樽の中で波に揺られていたアンタも、どの方角から来たか覚えているわけがない。それで、どうやってスピア国に連れて行けっていうんだい?」
「それなら大丈夫です! 大体の方角なら感じられますから!」
マリィは自信満々な声で答えると、目を閉じた。そして暫くすると、
「むむむ、この船で言うと、二時の方向から私の体の存在を感じられます。縛られているので動かすことは出来ませんが……波に揺られている感覚はありませんし、きっと島のどこかで拘束されているんじゃないでしょうか」
元は分断されずに同じ身体だったことから、デュラハンの首と肉体の間にある繋がりは非常に強い。その為、遠く離れていても、肉体が大体どの方角にあるか程度の事は感知できるのだ。
それを知ったサスライは『ふむ』と納得した。
「なるほど。方角は分かったし、アンタが漂流していたのが気絶してから目を覚ますまでの間だったことから、距離もそう遠く離れていないだろう。……それじゃあ、ふたつめの質問だ。アタシ達は無償で人様に奉仕できるほど余裕のある集団じゃあないからね。アンタをその島まで送り届けるなら、それなりの対価を貰いたいんだが、そこんところはどうだい?」
「対価、つまりお金ですよね。……うーん」
そこでマリィは困ったような表情を見せた。
「私が持っているのはこの剣だけですけど、これをあげるわけにはいきませんし……」
「別に今すぐ払えってわけでもないさ。国に戻ればそれなりの蓄えがあるはずだろ?」
「いえ、私に個人的な財産なんてありませんよ」
「はあ? 国の守護を任されている騎士なのにかい?」
「国の守護を任されている騎士だからですよ。私は死なずの身のデュラハンですから、剣と鎧さえあれば十分なんです。そんな私に金を注ぎ込むくらいなら、国民の皆さんの為に使った方が良いに決まってるじゃないですか」
さらりと無償奉仕を語るマリィだった。デュラハンなんてモンスターの身に落ちているのが不思議でならないくらいに、聖女みたいな精神をしている。
マリィが金を持っていないことはよく分かった。
しかし。
しかし、だ。
だからといって、今ここでそんな『自分の願いを叶えても金銭的に得をすることはない』と同義の発言をすればどうなるかなんて、馬鹿でも分かるはずだ。
マリィの馬鹿正直さに頭が痛くなったロータローは、『このままじゃマズい』と考え、助け舟を出すことにした。
「なあ、サスライ。たしかにマリィは金を持っていないかもしれないけどさ、こいつが守ってるスピア国なら話は別だろ? たったひとつの」
「たったひとつの防衛手段である騎士を失った今、スピア国はかなり困っているはずだ。そんな所にアタシたちがマリィを送り届ければ、それなりの謝礼がされる……って言おうとしたのかい? ロータロー」
「……はい、その通りッス」
「アタシに諫言しようだなんて百年早いんだよ」
ロータローの助け舟として出した思いつきなんて、サスライにとってはとっくに頭の中にあったことだった。
「……とはいえ、ロータローが言おうとした通りだ。それに、『国を守っているのがデュラハンの騎士ひとりだけ』というのが事実なら、面倒な海上憲兵の基地もないはずだろう」
「カイジョーケンペーとやらは知らないのですが……つまり、どうなるんでしょうか?」
マリィがおずおずといった口調で聞いた。
「スピア国に連れて行ってやってもいいってことさ」
「やったあ! ありがとうございます!」
顔を輝かせながら感謝の言葉を言うマリィを見ながら、ロータローはほっと安心した。
こうして、『彷徨えるシットローズ号』の次の行き先は賊の手に落ちた島、スピア国に決まったのであった。




