21「首だけマリィ」
樽の中に剣と一緒に転がっていた生首は、その顔付きから女性であることが伺えた。
首のラインで切りそろえられている黒髪は、海の湿気から海藻類のような髪型になっている。
ロータローは緊張感から喉を鳴らし、試しに生首の後頭部を指でツンツンと突いてみた。
すると、生首は不快そうな寝息を立てながら頭だけで寝返りを打って、ロータローの指から逃れた。
寝息だけなら幻聴だと思うことができたが、生命活動をしている様をこうもはっきりと見せられたら、確信せざるを得ない。
「生首の状態で生きてる? ってことはアンデッドなのか……?」
「アンデッドがなんだって?」
背後から声がした。聞き覚えのある声だ。
振り返るとそこにはサスライ、および『彷徨えるシットローズ号』の船員たちが何人かいた。
「サスライ? なんでここに……あっ」
ついさっき生首を目撃した自分が情けない悲鳴を上げたことを思い出すロータロー。サスライたちはそれを聞いて何事かと思い、この場に現れたのだ。
サスライはロータローの濡れた体と樽の中に転がる生首、そして海に向かって垂らされたロープに目を向けた後、大きな溜息を吐いた。
「そういうことか……。まさかデュラハンの生首を拾うなんてねえ」
「デュラハン?」
それはロータローでも知っているほどに有名なモンスターの名前だ。
首から上が無い、あるいは首を小脇に抱えている騎士で、同じく首のない馬に乗っている……みたいな特徴だったっけ。
「こいつは『首無し』じゃなくて、『首だけ』だろ。デュラハンっていうより飛頭蛮みたいになってるじゃねーか。なんで首から下がないんだよ」
「そんな事情はアタシが知ってるわけないだろ」
サスライはそう言うと、樽の中の生首に手を伸ばそうとした。
それを見たロータローは慌てて生首をひったくり、サスライがから遠ざける。
「ま、まさかお前……これを海に投げ捨てるつもりじゃないだろうな?」
なにせ、サスライは溺れていたロータローをそのまま放っておこうとした前科があるのだ。それを踏まえて考えれば、彼女が今ここで海に向かって生首を投擲したとしても不思議ではない。別にロータローには初対面である生首を庇う理由はないが、自分が拾ったものがそのまま海に不法投棄されるのを見せられるというのは、夢見が悪くなるだろう。
しかし、ロータローの推測と違い、サスライの答えは、
「そんなことするわけないだろ」
だった。
「え、そうなの」
「一緒に入ってる剣を見てみな。これの鞘の装飾や柄の状態を見れば、かなりの代物だと分かるだろ?」
「俺に剣の良し悪しなんてよく分からねえけどよ……まあ、綺麗な剣だとは思うぜ」
「こんなものと一緒に流れてきたってことは、こいつはそれなりに金持ちなのかもしれないだろ? まあ樽の中には金なんて見当たらないが……起こして話を聞くくらいの価値はあるはずだよ」
「そういう理由かよ……」
サスライの打算的な考えに呆れるロータローだった。
と、その時である。
「ん……、ここは……」
ロータローに持ち上げられた衝撃の所為か、それとも周りの会話が騒がしくてか。
生首はようやく眠りから目を覚まし、瞼を開いた。
彼女の視界にはロータローと、悍ましいアンデッド集団が映っていた。
「きゃああああああああああああああああっ!」
「あっ、俺が初めてここに乗った時と同じリアクションだ」勝手に親近感を抱くロータロー。
「なんですかここは⁉ まさか死後の世界⁉ 一度死んでデュラハンとして蘇ったはずなのに、また死んでしまったんですかー⁉」
「首だけのデュラハンなのにアンデッドにビビるなよアンタ……」 サスライが耳を塞ぎながら、やかましそうな反応をする。
「ほえ? アンデッド? ……ああ、アンデッドですか」
瞳だけを動かして周囲の状況を観察することにより、自分がアンデッドの集まる船に拾われただけで、別に死んだわけではないことをようやく理解した生首は、ようやく落ち着きを取り戻した。それを見てロータローは『死後の世界にはビビるのにアンデッドは大丈夫なのかよ』と思った。
「なるほど。意識を失ったところまでは覚えていますが……どうやらそこから海を漂流していたところを皆さんに拾われたのですね。ありがとうございま……あれっ? 首から下がない⁉」
礼の言葉と共に会釈をしようとしたところで首から下がないことに気付いたのか、生首は驚きの声を上げる。
「あのぅ、すいません。私ってデュラハンなんですけど……首から上と一緒に首から下も見つかりませんでしたか?」
「無かったよ。ていうか、樽のサイズからして、そもそも一緒に流されていないんじゃないかい?」
樽は結構な大きさをしているが、生首の顔付きから想定できる大きさの体が収まるには少しばかりサイズが足りない。
「そうですか……」
「あ、でも体の代わりに剣は入っていたぜ」
ロータローはそう言って、もう片方の手で樽の中から剣を持ち上げた。
生首は剣を認めた瞬間、落ち込んでいた表情を綻ばせた。今にも首だけで飛び跳ねんばかりの喜び様である。
「わあ! それ、私の剣です! ありがとうございます!」
「感謝されても……別に俺は一緒に入ってた剣を取り出しただけだし……」
そう言うロータローだったが、感謝されて悪い気持ちはしなかった。
生首はそのショッキングな見た目に反し、人懐っこい性格をしている。ロータローがこの世界に来てから初めて会ったタイプのキャラクターだ。普段はこちらを餌としか思っていない自慢屋やしょっちゅう噛みついてくるグールとばかり接しているロータローにとって、彼女の姿は太陽のように眩しく見えた。
「いやあ、親切な方たちに拾って貰えてよかったです。首から下がこの場にあれば、皆さんの見た目だけで驚いて騒いでいた自分を叩いてやりたいくらいですよ」
「あー、アタシたちのことを盛大に誤解してるところ申し訳ないが、そろそろアンタについて話してもらってもいいかい?」
サスライが頭を掻きながら言った。彼女としては、生首が金目の物に関係のある人物か否かを早く明らかにしたいのだろう。
「おっと、そうでしたね。すいません!」
生首はバツの悪そうな顔をすると、次のように言った。
「遅くなりましたが、初めましてアンデッドの皆様。私の名前はマリィです!」
そして。
「実は今、私が守護を任されているスピア国が賊の手に落ちてしまいまして……。申し訳ないのですが、そこまで連れて行ってくれませんか?」




