19「機天使・ブルーセル」
機天使の名前が示す通り、機関長は機械、およびそれに連なる道具や技術や概念を司る天使らしい。
なるほど、機械の天使。そんな存在なら、ロータローからスマホやパソコンといった異世界の機械を残り香のような形で感じ取れるというのも、納得できる。
見た目は十代前半にしか見えないが、その脳内には機械に関する膨大な知識と技能が収められているのだ。工学系の極みのような存在である。機関室の管理を任せる上で彼以上に相応しい人材はいないだろう。
それにしても、機械なんて世界の発展には欠かせない存在だと思うが、どうしてそんな重要な概念を司る天使が堕天してしまったのだろうか。不思議でならない。
「魔王軍との戦いで人間側に寵愛を齎していたいくつかの天使は、『大いなる死』を止められなかった責任で追放されたんだ。だから、ここにいるのはこの世のあらゆる機械を生み出し、操り、理解できる機天使じゃあない」
機関長は陰のある顔付きで自虐的に呟いた。
責任を負わされて追放、か。天使の世界も結構世知辛いらしい。
「天使どもめ……愚かな判断をしやがって。僕が現役の天使のままだったら、今頃ブレイクスルーを百二十八回は起こして、とっくにこの世界を復興させていたはずなのに」
「それはそれで行き過ぎた技術で世界が滅んでそうだな……」
もしも機関長が天使のままだったら、この話は異世界ファンタジーじゃなくて異世界SFになっていたのかもしれない。
機関長としてもそれ以上は思い出しても面白い昔話ではないらしく、
「……で、あんたはそんな、ちょっと機械弄りやモノ作りが得意なだけのつまらないガキに、寵愛について聞きにきたんだっけ?」
と話題を切り替えた。
「先に言っておくが、『堕天使とはいえ天使なんだし、気に入られれば直々に寵愛をゲットできるかも』なんて期待をしているなら諦めろよ」
「ぎくっ!」
「図星だったのかよ……」
はあ、と機関長は呆れたように溜息を吐いた。
これまでの話を聞いていれば、彼に人間に寵愛を与えるほどの力が残ってはいないことは分かったが、それでも言葉に出されて指摘されると落ち込んでしまう。
「とほほ。じゃあ他の天使から寵愛を貰うしかないのか……」
「随分簡単に言うけどな……。二十年前ならいざ知らず、今となっては下手に力を貸してしまってその結果堕天させられるなんて事態を避けるために、天使たちも慎重になっているんだ。天使の寵愛を得るのは簡単なことじゃあない」
言われてみればそうである。
もし天使の寵愛が簡単に手に入るものだったら、ロータローは寵愛を受けた者たちを島でもっと見かけていたはずなのだから。
「天使の寵愛を得るのは簡単なことじゃあない、か……そういえばメェケンもそんなこと言ってたな。天使の寵愛は特別な力で、『信仰心』か『契約』か『才能』が必要だって」
「メェケンが誰かは知らないが……その通りだな」
「『信仰心』って言っても、天使すらよく知らなかった俺にそんなものがあるとは思えねえしなあ……。じゃあ『契約』は……『契約』ってどう結ぶんだ?」
「結ぶ天使による、としか言いようがない。無論、どれも簡単な条件ではないが、天使によっては多少の難易度の差はある」
「じゃあ例えば、躰天使はどのくらい難しいんだ?」
「躰天使? 懐かしい名前だな……あいつは僕と違って人間好きの天使だし、結構簡単だった気がするぞ」
「へえ、具体的にはどんなことをするんだ?」
「供物として何らかの肉体を町ひとつ分くらい捧げればいいんじゃないか?」
「こわっ!」
天使と言うより悪魔じゃないか。
額に汗を垂らしながら驚くロータロー。それと同時に「でもメェケンなら、あの力が無くてもそのくらい平気でやれそうだよな」と納得する。
機関長をして『結構簡単』と言わしめた躰天使との契約ですら、そのような困難な条件を達成しなくてはいけない以上、ロータローが『契約』の方面で天使の寵愛を得るのは断念するしかない。
「じゃあ才能は、」
「そんなものがあんたにあるとは思えない」
「断言⁉」
「これでも元天使なんだ。あの伝説の勇者エデンのように天使から愛される『才能』の有無なんて、一目見ればある程度は分かる。その点、あんたにそんな才能は全然ない。ゼロだ」
「え、そうなの」
「この世界に生きてて、 天使たちが作ったシステムの中で暮らしている者とは思えないくらいの欠落だ。よくそんな愛されなさで、その年齢まで生きてこれたな」
天使という限られた範囲の話とはいえ『お前には愛される才能がない』なんてここまではっきりと、それも中性的な顔立ちの美少年から言われると、結構心にくるものがある。もしかしたら、目の前の堕天使からそっけない態度を取られているのは、彼の生物嫌いに加えて、ロータローのそのような欠落も原因になっているのだろうか。
ともあれ、天使の寵愛を受ける手段はこれで全滅。よって、ロータローの異世界生活で魔法のような力を使うルートは消滅してしまった。
「ふん! いいもんね。俺には吸血鬼の力があるし! 異世界で吸血鬼生活だ! タイトルを付けるなら『異世界吸血鬼~Night walker walks different world~』なんてどうだろう」
まあ、吸血鬼になったとは言え、いまのところは死ににくさ以外の目立った特徴は無いんだけど。しぶとさだけが長所なんて、ゴキブリと同じだ。
「いや、足が速かったり飛べたりする分、ゴキブリの方が上なのか……?」
「自分の存在価値に危機感を抱いているところ悪いんだけど、聞きたいことが済んだなら、さっさと帰ってくれないか?」
ロータローからスマホやパソコンについて聞いた頃とは真逆の態度である。せっかくの美少年が台無しだ。
「これ以上あんたと話すことはない。それに、そろそろ出航の時間だ」
「おっと、もうそんな時間か。……ん? おいおい待てよ。その割には休憩中の作業員が部屋にひとりも戻って来てないぜ? こんな状態でどう出航するんだよ?」
「はあ? 何を言ってるんだ。他に誰も居ないなんて、当たり前だろ」
機関長は焦茶色の手袋を嵌めながら言った。
「この部屋の担当は僕ひとりだけなんだから。人手はそれで十分だ」
「…………」
これだけの数が並ぶ今にも壊れそうな推進機を、たったひとりで管理する。
そんな芸当をさも当然のように言ってのける機関長は、天使ではないのかもしれないが、人外じみていた。




