16「世界を救うのがザナドゥの場合」
メェケンが目を覚ますと、眩しい光が瞳を焼いた。どうやら自分は明るい場所に居るようだ、と理解する。
どこかから呻き声がした。
それを聞きながら、メェケンは自分が寝具のようなものに寝転がっていた事実に気付く。更にそこから頭を働かせ、彼女は自分が眠る前までの記憶を遡った。
そう、たしか森の中を徘徊していたら見知らぬ男と出会い、その直後に意識を失って……、
「おや、お目覚めになりましたかな」
意識を失う直前にも聞いた声が響いた。ザナドゥだ。
彼が居るであろう方向に顔を向けようと、メェケンは起き上がろうとした。だが動かない。見ると、彼女の両手両足は金属製の拘束具でがっちりと固定されていた。
ザナドゥはメェケンが横たわるベッドの傍まで近づくと、彼女の頭上で喋り始めた。
「貴方様が躰天使から受けたという寵愛は、町でよく耳にしましたな。そんなもので暴れられると困りますので、失礼ながら拘束させていただきましたな」
「私を捕らえてどうするつもり? 拷問? 殺害? まあ、復讐される理由なんて、心当たりがありすぎるんだけど」
「復讐ですと? まさか、そんなわけはありませぬ!」
両手を横に振って、上半身を仰け反らせるという大げさな動作で、ザナドゥは否定する。
「むしろ、わたくしはメェケン殿に感謝しなくてはなりませんな。わたくしは貴方様の影に潜むことで、これまでの研究を円滑に進めることができたのですからな」
その言葉と時を同じくして、メェケンの視界がようやく光に慣れてきた。
彼女の周囲にあったのは、研究所だった。
いや、『研究所』という呼び方は、あくまでこの場所の用途を知った上でしか出せないものだ。
何もしらないメェケンからすれば、それを見て真っ先に思い浮かんだ言葉は『牧場』。
ただし、そこにいるのは牛でなければ馬でもなく、羊でもない。
そもそも獣ですらない。
人だ。
多くの人間が素っ裸で、まるで家畜のように収容されているという、牧場のような光景がそこにあった。いや、よく見ると、モンスターの姿もいくつか見られる。先ほど聞いたうめき声は、家畜の誰かが上げたものなのだろう。
「こ、ここは……?」
「私の研究船、『進み行くフールブック号』ですな」
「名前を聞いているんじゃあないッ! いったい何の目的があってこんなものがあるんだ! それに、これだけの数の人間を、いったいどこから……」
そこまで言って、メェケンは思い出す。
彼女は税を納めなかったり反逆を企てたりした者を基地に拉致し、『執務』の対象にしていた。そのため、町から人がいなくなるのはよくあることだった。しかし、そんな中でも、海上憲兵が拉致していないはずの一般市民が突然姿を消すという事態がたびたびあった。そのことを知った当時のメェケンは、『自分の支配から逃れるために海に出たのだろうか、こんな世界でたったひとりの航海なんて自殺行為に等しいのに馬鹿だなあ』と思うだけだった。
だが、もしかして……!
「消えた理由が不明だった住民たちは、オマエが拉致していたのか⁉」
「その通りでございますな。拉致をしたところで住民たちは貴方様の仕業だと思うだけ。貴方様は住民の危機に無関心なまま。『研究材料』を集めるのにこれ以上適した土地はないでしょうな! 改めて感謝を申し上げますぞ、メェケン殿」
深々と礼をするザナドゥ。彼は上品な佇まいのまま、『さて』と話を続けた。
「貴方様は質問をもうひとつされていましたな。『ここを作った目的は何か』。それに答える前に、こちらから質問させてもらうのですが、メェケン殿は世界から生命が減っていることを御存知ですかな?」
「はあ? 知ってるもなにも、そんなもの常識じゃん。『大いなる死』が全部持って行っちゃったんだから」
「ええ、その通りですな。邪悪なる魔王軍の戦いにおいて、エデン殿率いる我ら勇者一行は、『大いなる死』という悲劇を招いてしまった。エデン殿は世界の救い方を間違えたのですな。その結果、世界から多くの生命が消え去り、そして、二十年前から今に至るまで、世界中から生命が急激に減少しつつあるのですな」
大陸が存在していたころに機能していた流通経路の消失。地形の変化に伴う気象の変動。二つの国の境界線付近が島として残った結果、土地の支配権を巡って戦争が起きた島だってある。
『大いなる死』は、それが起きた後になってもなお、人々の命を奪い続けているのだ。
「ですが、最も深刻な問題は、出生率の低下にありましょうな」
「出生率?」
「ええ。人が人としか愛を育めない以上、土地と土地の間に広大な海が横たわる現状では、人が愛を見つけることなど極めて困難なのですからな。次の世代の誕生が極端に減少するのは当然のことでございます。そして、この問題は人以外の多くの生物にも当てはまりますな。わたくしの見立てでは、あと百年もすれば、世界中の生命は現在の十分の一になるでしょうな」
ですので、とザナドゥは瞳を怪しく光らせた。
「わたくしは考えたのです、生命が減り続けるこの世界をエデン殿の代わりに救う方法を」
「それが、この悪趣味極まる研究船ってワケ?」
「ええ。ここでなら『異種交配』の研究が存分にできますのでな」
異種交配。
ザナドゥがさらりと言った言葉に含まれる意味と、彼が先ほどまで嘆いていた世界の現状、そして研究船の環境から、ザナドゥの悍ましい目的を察したメェケンは四肢を暴れさせた。だが、拘束具はビクともしない。
逃げようと必死で藻掻くメェケンに構わず、ザナドゥは話し続けた。
「人が人としか愛の結晶を作れないのが、そもそもおかしな話なのですな。もしそのような縛りを捨てて、人が人以外と愛を育めるようになれば……世界はたちまちの内に生命に溢れるでしょう。わたくしはそのような『理想郷』を目指してるのですな」
「へ、変態趣味の狂人がっ!」
ザナドゥの持論を聞いたメェケンは侮蔑の意を込めた罵倒を吐いた。
なんだこいつは。
イカれてるとしか思えない。
目の前にいる狂人があの伝説の勇者のパーティの一員だなんて信じられようか。メェケンはその自称を、ただの戯言だと判断した。
「だいたい亜人種とならともかく、こんな牧場でモンスターと人間が子を成せるはずが……」
「おや、まだお気付きになりませんかな?」
相手の理解力の足りなさに呆れるように首を傾げるザナドゥ。
「わたくしの研究の成果を、メェケン殿はついさっき目にしたばかりではありませんかな」
そう言われた途端、メェケンの脳裏に現れたのは、気を失う直前に爆殺した新種のゴブリンだった。てっきり、島の閉鎖された環境によって進化した種だと思っていたが、ザナドゥの言葉を信じるならアレは……、メェケンはそれ以上の思考を中断した。
「あああああああああああああああああああ! やめろやめろ! ふざけるな! きもちわるいきもちわるいきもちわるい! なにが理想郷だ! ふざけるな! 命を冒涜するなあああああああっ!」
「命を無暗に奪ってきたメェケン殿に『命を冒涜するな』と言われるのは、わたくし心外なのですが……まあ、偉大なる研究が必ず理解されるとは限らないと言いますしな」
しょんぼりと肩を落とすザナドゥ。
世界の理を捻じ曲げて、生命の禁忌を犯した男を目の前に、メェケンは身震いを覚えた。こんな奴に掴まるくらいなら、まだ拷問されたり殺される方がマシだと心から思える。
「くそぉぉぉ! こうなったのも全部、あの燃えるように赤い髪の女の所為だっ! あともう少しで勝てていたのに邪魔しやがって! あいつに撃たれなければ、今頃は……!」
地獄のような状況から絶対に逃げられないことを悟り、メェケンはこの場に居ないサスライに向かって悪態を吐く。
それにザナドゥが反応した。
「ん?」
彼はズイと身を乗り出し、メェケンに顔を近づけた。
「メェケン殿、今『燃えるように赤い髪の女』と言いましたかな?」
「は? い、言ったけど……」
「ひょっとしてその女は背が高かったりしますかな」
問いかけるザナドゥの迫力に圧されたメェケンは無言で頷く。その瞬間、ザナドゥは破顔した。
「素晴らしい素晴らしい素晴らしい! 素晴らしいですな! シャングリラ、まさか貴方があの島に居たなんて! なんという運命の悪戯でしょうかな!」
それから暫くの間、ザナドゥは全身で悦びを表現していたが、暫くすると落ち着きを取り戻す。しかし、その不気味な顔には相変わらず喜びの感情が表れていた。
「今から島に戻って会いたいところですが……シャングリラが曲がりなりにも海上憲兵の大佐であるメェケン殿と戦ったという事実と、彼女の性格を鑑みて、とっくに島を出ている可能性が高いでしょう。それに、わたくしとしても、あの島に近づくのは危険ですしな。むしろここは、彼女が次に行くであろう島に先回りした方が……まあ、この件については後でじっくり考えましょうかな」
それまでブツブツと呟いていたザナドゥは、メェケンに向き直る。
「今はメェケン殿の『これから』について話すべきでしょうな」
ザナドゥはそう言って腕を伸ばし、仰向けに寝転がっているメェケンの下腹部を指差した。
「これから何回かの手術と薬物投与を経て、メェケン殿には研究に適した体になってもらいますな。普通ならこの段階で一割は使用不能になるのですが……まあ、貴方は人より丈夫な体をしているようですし、そこは安心してよいでしょうな」
すると、ザナドゥは懐から何枚かの紙を取り出した。これまでの実験の記録である。
「ゴブリンと人の『異種交配』の実験がそれなりの形になった今、実験を次の段階、あるいは別の工程に切り替えようと思っているのですな。メェケン殿にはどのモンスターと交わりたいという希望はございますかな? 貴方様にはこれまでの実験に貢献して貰ったという恩がございますので、要望には出来る限り応えてみせましょう。わたくしとしては、ワームかインプとの実験のデータが足りないので、そちらをオススメさせていただきたいのですが……」
精神的に耐えられなくなったメェケンはとびっきりの悲鳴を上げた。
『進み行くフールブック号』の中で出されたその声は、船外の誰にも届くことはなかった。




