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ゴーゴーストーリー  作者: 女良息子
第一章 幽霊船と腕鳴らし
15/193

15「ザナドゥ」

 森から出てきたのがメェケンではなくロータローたちであり、自分たちを今まで苦しめていた邪悪が倒されたと知った町の住民は大喜びした。あちこちから湧き上がる歓喜の声や感謝の言葉を聞きながら、ロータローたちは港へと続く道を歩く。

 メェケンの治世が崩れた今、この島を脅かす存在はいない。

 きっと、これから島は元通りになり、圧政とは無縁な発展を遂げるだろう。

 ……ん?

 違和感。

 何かを忘れているような引っ掛かり。

 そんなモヤモヤがロータローの頭の片隅に現れる。

 

「ええと、なんだったっけ……」


 記憶を辿り、違和感の正体を探る。


「……ああ、そうだ」


 数秒経って、ロータローは思い出した。この島が抱えるもう一つの問題を。


「なあ、サスライ。さっき俺たちが居た森で、ゴブリンが大量発生しているって知ってるか?」


「ん? そうなのかい? そりゃ初耳だねえ」


「なにやら見たこともない新種も出ていて、駆除に出た青年団が帰って来てないらしいぜ」


「へえ、そりゃ大変だ」


「そりゃ大変だ……って他人事みたいな言い方だな」


「実際他人事だろ。なんだい? アンタ、もしかして『もののついでだし、ゴブリン狩りもしてやろうぜ』なんて言うつもりじゃないだろうね?」


「ぐっ」


 図星を突かれたロータローはそれ以上何も言えなかった。

 サスライは呆れたように首を横に振り、


「アタシゃそんなの御免だよ。さっきの偉そうな女のことはアンタたちが関わっていたからともかくとして、この島の問題はこの島の奴らが解決すべきことだ。そりゃ、よっぽどのピンチとなれば、少しくらい手を貸すのはやぶさかじゃないけどね、海上憲兵と住民たちの間にあった問題があの偉そうな女と共に消えた今、アタシたちが手を出さなくても、ゴブリンの問題は住民と憲兵が勝手に協力して何とかするはずだよ」


 そりゃそうだ。

 ロータローはサスライの弁にぐうの音も出せなかった。

 まあ、これ以上厄介事に巻き込まれることが無く事態が解決に向かうというのなら、それに越したことはない。そう自分を納得させる。


──それにしてもゴブリンか。森に逃げ込んだ時には目にしなかったけど、一体どんなモンスターなんだろうな。


 やはり地球のファンタジーゲームでよく見るような外見をしているのだろうか。

 それから暫くの間、ロータローはゴブリンについて色々と考え、気が付けば港に到着していた。

 持ってきた荷物をさっさと船に乗せて、キロリッターの部屋に行ってやろう。そして、こんな体にしたことについて文句を言ってやるのだ。……と、そこまで考えて、ロータローは更にもうひとつ思い出した。


「あの枯れ木みたいなおっさんが俺に向かって言った『混ざりもの』って、もしかして吸血鬼体質のことだったのか?」


 今のロータローは半端な人間であり、半端な吸血鬼である。

 人と吸血鬼の混ざりものともいえる存在だ。

 当時のロータローですら気付いていなかった吸血鬼性に感づいていたのなら、あの男はいったい何者なのだろう。

 あれこれと頭を悩ませていたロータローだったが、サスライからさっさと手を動かせと叱られたので、慌てて作業に戻る。

 結局その日、ロータローが枯れ木のような男についてそれ以上考えることは無かった。


 ◆


 この世界のゴブリンの見た目は、ロータローが想像したものと殆ど変わらない。

 しかし、この島で新たに発見されたゴブリンは、一般的なものより体が大きく、知能もほんの少し高い。ただのゴブリンだと舐めてかかれば痛い目をみるだろう。

 とはいえ図体も賢さも、あくまで『ゴブリンにしては』の話である。並の兵士には遠く及ばない。その特徴をちゃんと理解した上で、人員と装備を整えて戦えば、大して手古摺る相手でもないはずだ。


 ましてや、天使の寵愛を受けていれば、敵にすらならない。


「ピギぃーッ!」


 白銀で作られたかのように美しい細腕が触れた瞬間、一匹のゴブリンが踏まれたカエルのような断末魔を上げながら破裂した。森の中に肉と血で出来た雨が降り注ぐ。

 その様子を見ていたゴブリンたちの間に、困惑の感情が波紋のように広がった。


──おかしい。


──自分たちは瀕死の人間に襲いかかったはずだ。


──それなのに同胞が返り討ちに遭った。


──これはどういうことだ?


 ゴブリンたちが取り囲んでいるのは、たったひとりの女だ。

 軍服のような衣装を着た、銀髪の女。

 その名はメェケン。

 天さえ羨むであろう程に美しい彼女の顔には一点の穴が開いている。サスライに付けられた弾痕だ。普通なら絶命に至る傷である。事実、彼女はこの傷が原因で意識を失った。

 しかし、僅かながらながらに残っていた躰天使グーフエルの寵愛、『肉体再生』の働きにより、生命活動が続行できる程度には回復したのだ。

 目を覚ました彼女は盛り上がっている海上憲兵たちの目を盗んでひっそりと逃走し、森の中心部へと辿り着いていた。

 まだ十全に程遠い状態で町に戻るのは拙い。ここは一旦、隠れ潜んで完全に回復するのを待つべきだろう。このペースなら、あと三日もすれば治るはずだ。

 そう考えていた矢先、メェケンはゴブリンの群れと遭遇したのだ。


「…………」


 メェケンは殺意の籠った眼差しで、ゴブリンの群れを睨みつける。

 その瞬間、恐怖を感じたゴブリンたちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。流石は普通のゴブリンよりも賢い種。『戦ってはいけない相手』を理解する程度の知能は備えているらしい。

 逃げ惑うゴブリンたちを追うこともせず、メェケンは森を歩き続ける。落ち着いて休める場所を求めて、ゾンビのように彷徨う。


「あの半々顔面め……許さない。絶対に許さない。許さないんだから! こうなったらもうボスが生け捕りを望んでいることとか関係ない! 次に会った時は、残ってる方の顔面も潰してやる! くそっ、くそっ、クソッタレが……!」


 呪詛を吐きながら歩いていると、メェケンの前に何者かが現れた。

 またゴブリンかと思って手を掲げたが、人だということを認識し、手の動きが止まる。

 そこにいたのは、枯れ木のような男だった。


「おやおや、あなたは……海上憲兵大佐のメェケン殿ですな。こんな森の中で如何されましたかな。頭に酷い怪我をされているではありませんかな」


「オマエは……誰?」


「おっと、これはこれは……失礼でしたな」


 枯れ木の男は詫びるように一礼した。


「わたくしの名前はザナドゥ。かつてはかの勇者一行の末席を汚していたこともありますが、今はこんな小さな島の片隅でひっそりと研究をしている生物学者ですな。以後お見知りおきを」


 そして。


「おやすみなさい」


 と。

 ザナドゥがそう言った瞬間、メェケンは膝から崩れ落ちた。

 体に力が入らない。周囲に睡眠の効果があるガスでも撒かれたのか? そう推測を進めた所で、顔面が地面に接した今となっては、全てが遅すぎる。


「貴方様が消えれば、あの基地には新たな大佐が来るでしょう。ちゃんとした正義感を持って、市井に敏感な大佐が。そうなると、これ以上この島で研究を続けるのは危険ですな」


 完全に意識を手放す直前に、ザナドゥが何事かを呟いていたが、メェケンにその言葉の真意を理解することは出来なかった。

 その後、ザナドゥはメェケンを担ぎ上げ、島の南の海岸に向かって行った。

 町がある北側とは違い、南の海岸は整備されておらず、港もない。自然そのままの風景が広がるだけだ。しかしその中に、明らかに人工的な物体が紛れ込んでいた。

 異様に前後に長い外見が特徴的なそれは、船だ。


 その名は『進み行くフールブック号』。


 ザナドゥが所有する、通常の航海はもちろんのこと、潜水機能も備えている『研究船』である。

 彼は船のハッチを開け、メェケンを抱えたまま、船内に這入った。

 やがてしばらくすると、船は海面下に沈んで行く。

 あとには時折小波が立つ程度の、穏やかな海面だけが残っていた。


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