14「決着」
戦闘不能に陥ったはずのメェケンは、腕で出来た輪を頭上に浮かべて起き上がっている。
ロータローの捨て身の特攻で与えた傷は今となっては見る影もない。
それどころか、倒れる前よりも強大な力を身に付けていた。メェケンを中心として空間が歪んでいる感覚をロータローは得た。彼女が放つ溢れんばかりのエネルギーが引き起こした錯覚だ。
せっかく体を張ったのに、その結果がこの有様である。
やっぱり努力しても無駄だった。何度も思い知っていたはずのことを、改めて思い知らされる。
海上憲兵たちは異形に変わったメェケンを目にして困惑していた。味方であるはずの者たちからそんなリアクションをされていることから、彼女の姿がいかに桁違いなものであるかが分かるだろう。
「『人体破壊』に『人体再生』。攻守どちらも備えてるチートじゃねえか……こんなモン、どうにもならねえよ」
「くっふっふふふふ! やっぱり最後に正義が勝つんだなア~!」
メェケンは勝ち誇ったように笑った。
「まずは~、おニューになったこの体で『彷徨えるシットローズ号』のアンデッドたちをぶっ殺して、キャプテンを捕まえちゃいましょう! んで、並のアンデッドより丈夫なオマエは私の基地に監禁して、毎日毎日毎日毎日、躰天使の力で弾き飛ばしてやる。泣いても吹き飛ばして、喚いても吹き飛ばしてやる。死ぬまでずっと一緒だよん!」
「この世界は異性からプロポーズっぽい言葉を全然嬉しくないシチュエーションで言われるのが流行ってるのか?」
メェケンひとりを何とかすればよかったはずなのに、そのメェケンが復活した今、できることは何もない。
もうダメだ。ロータローが諦めた、その時だった。
「それは困るねえ」
ぱあん。ぱあん。
森の中にふたつの銃声が轟いた。海上憲兵の発砲ではない。
銃声がした方向に目を向けると、遥か向こうに人影が見えた。燃えるように赤い髪が印象に残る、長身の女だ。彼女は両手で二丁の小銃を握っている。
「そんなボンクラでもウチの乗客の荷物だからね。キャプテンのアタシとしては、アンタなんかに渡すわけにはいかないのさ」
ロータローは彼女を知っている。
右半分の肉が腐り落ちた顔を。
年季を感じさせる口調を。
そして、彼女の名前を。
「サスライ……!」
「こういう時くらいはキャプテンと呼びな、ロータロー。しまらないだろ。……まったく。帰りが遅いし、島の中から騒がしい声がしたから来てみれば、こんな厄介事に巻き込まれていたとはねえ」
サスライは呆れたように呟くと、銃口から細く出ている煙をふっと吹いた。
思わぬ登場人物にメェケンも驚いたようだが、すぐに余裕のあるニヤニヤとした顔つきを取り戻す。
得物を前にした、凶暴で狡猾な肉食獣の顔だ。
「いやア~、まさかそっちから来てくれるなんてね。わざわざ捕まえに行く手間が省けて助かるよ。これで後はオマエをボスの元まで届けるだけだ。まっ、『シットローズ号』の船員たちを皆殺しにするのは変わらないんだけどっ!」
「その言い方だと、アトランティスの野郎はまだアタシの事を狙っているのか……しつこい男だねえ」
サスライはそう言って、やれやれと肩を竦めた。どうやら、彼女は海上憲兵の頂点に位置しているアトランティスという男と何やら因縁があるらしい。
「アンタ、そんなナリでも一応はアイツの部下なんだろ? もし今度会う機会があったら、アタシがこう言っていたと伝えな。『自分の組織がちょっと大きくなったからって、あまり調子に乗るな』ってね」
「私に伝言を頼む必要はないでしょ。どオ~せ、オマエはこの場で私に捕まえられるんだしぃ?」
そう言うと、メェケンはだらりと体を前傾させ、両手を前に突き出した。
後はそのままサスライに向かって真っすぐ走るだけで、彼女の攻撃は完了する。
再生する肉体による走行を妨げるものは何もないし、肉体を破壊する手を防ぐ術はないからだ。
メェケンが飛び掛かろうとした、その直前。
サスライは首を傾げながら、次のように言った。
「ひょっとしてアンタ、さっきの発砲は単なる威嚇だったとでも思っているのかい?」
「え」
「上を見なよ」
メェケンはすぐさま顔を上げる。彼女の頭上に浮いていた腕の輪は、サスライが先ほど放った弾丸で穴を開けられていた。その傷口は痛々しく、赤い血が垂れている。
「なっ! こ、これは……!」
「輪の特徴からして寵愛を受けている天使は『肉体』を司る躰天使。攻撃の姿勢を見るに、手で触れることで発動する何らかの攻撃的な権能を渡されているようだね。やけに綺麗な体つきをしているし、肉体の美化や再生に関する力も持っているのかい?」
べらべらと考察を並べながら、サスライは両手の銃を構える。狙うは天使の力の象徴を傷つけられて激しく動揺しているメェケンだ。
「寵愛の深さは……輪が出ているから少なくとも二十パーセントは超えているか。普通の人間にしては上々だ」
「おまッ、おまええええええええええ! よくも傷をつけてくれたなああああああああッ!」
「アンタは知らないだろうけどね、その輪は天使の輪。寵愛が急激に増えたり、規格外の量で放出したりする時に具現化される、天使と人を繋ぐ通信機のようなものさ……だから」
激情のままに襲い掛かるメェケンを前に、サスライは冷静に引き金を引く。
放たれた弾丸は全部でふたつ。ひとつはメェケンの輪に更に傷を付け、もうひとつは彼女の顔を撃ち抜いた。
現在のメェケンは『肉体破壊』と『肉体美化』に加え、『肉体再生』の寵愛も受けている。そんな彼女に今更銃弾が効くはずがない……と思われた。
が、結果は違った。
鉛玉で脳内をかき回されたメェケンは、その場で倒れた。その拍子に、みっつの弾痕が刻まれた輪はガラスが割れるような音を立てて砕け散った。
先ほど見せたような超再生が機能していない。いや、僅かに回復しているが、その速度が先ほどに比べて明らかに遅くなっている。
「ぎゃあああああああああああっ! ひっ、ひゃ、やだっ、あたまがあああああああああああああああああああああああ!」
「だから、その輪っかをぶっ壊せば、力も弱まるってわけだ。あとは凡人に毛が生えた程度の体に致命傷を与えるだけだね。まあ、輪の破壊なんて、機関長お手製の銃とアタシの射撃技術がなければ、到底不可能な話なんだが」
頭の中で暴れる激痛に悶えるメェケンの耳に、サスライの声は届いていない。彼女はそのまま地面の上でミミズのようにのたうち回っていたが、やがて力尽きたのか、動かなくなった。その姿に、もう先ほどのような超常の存在じみた風格はない。
あまりにもあっけない幕切れに、サスライを除いた全員が呆然とする。
その場に漂っていた沈黙を破ったのは、サスライだった。
「なーにボーとしてるんだい、野郎ども。もう終わったんだし、さっさと船に戻るよ」
その言葉を聞いた瞬間、ロータローの体にのしかかっていた緊張が消え去る。
メェケンは倒された。自分は助かったのだ。ワンダーたちも助かったのだ。
そのことを理解すると、彼の喉の奥から歓喜の声が昇ってきた。
「やっ」 「「「「やったあああああああああああああああああああああああああああ!」」」」
だが、海上憲兵たちが上げた特大の歓声により、ロータローひとりの声はあっさりとかき消された。
「メェケンが倒れたぞ!」
「これでもう怯える必要はないんだ!」
「海上憲兵としての本来の仕事に戻れる!」
「バンザーイ!」
「良かったー!」
ある者は諸手を上げ、ある者は涙を流し、ある者は全身で喜びを表現している。
「そうか……あいつらもメェケンが怖くて嫌々従ってたのか」
憲兵たちの様子に納得するロータロー。
とはいえ、『彷徨えるシットローズ号』が海上憲兵から追われる立場であるのは、メェケンの存在の有無に関わらない。
なのでロータローたちは、憲兵たちの祝福ムードが冷めないうちに、サスライの指示で荷物をまとめてその場を去って行った。




