13「躰天使・グーフエル」
サスライの髪色を赤に変えました。赤は強い色なので。
メェケンという女を一言で表すなら、それは『正義の名を借りた邪悪』となる。
海上憲兵は正しい組織だ。ならば、そこで大佐の地位についている自分も正しい。そして、正しい人間の行いは全てが正しい。
そのような異常な論理を持つ彼女が暴走するのは、当然のことだった。
島の住民たちから富を巻き上げ、反対する者は一般人であろうと部下であろうと、容赦なく殺す。メェケンにはそれを可能とする権力があったし、力もあった。
その力とは『天使の寵愛』。
偉大なる天使たちの一柱。この世のあらゆる『肉体』を司り、支配し、管理する、躰天使から授かりし権能。
本来なら只人であるため寵愛の対象になれないところを、契約によって何とか可能にしているメェケンでは、躰天使の権能の全てを貰うことは出来ず、『肉体破壊』と『肉体美化』のふたつの形でしか、力を発現できない。
だが、彼女が生きるのが人の世である以上、そのたったふたつだけでも十分すぎる脅威となれた。
メェケンは天使の力を信じている。敬虔な信徒が天使を信じる以上に。
故に、先ほどその力を否定されたことで、彼女は怒り心頭になっていた。
当初の目的であった『彷徨えるシットローズ号』の捕縛すら後回しに考え、ロータローたちが逃げた森へと突っ込んでいることから、彼女がどれだけ怒り狂っているかが窺い知れよう。
メェケンに付いてきている海上憲兵たちは皆、不安そうな顔つきをしていた。触れるだけで人ひとりを容易く吹き飛ばせる存在が手を伸ばせば届く距離で激しく憤怒していて、安心できる者が何処にいようか。
メェケン一行が森の中を歩いていると、進む先から人影が現れた。
サトー・ロータローだった。背後に四人のゾンビの姿も見られる。
「やア~っと見つけた。随分手間を取らせてくれたね」
「見付けさせたんだよ、馬鹿。何せ、今の俺にはお前を簡単にぶっ倒せる策があるんだからな」
「くっ」
メェケンは吹き出し。
「くっふっふっふふふぅ!」
腹を抱えて大笑いした。笑い声が森に木霊する。
「ウ・ソ・だ・ね。強がりを言うのはよしたらア~? 今にも死にそうな顔でそんなことを言っても、全然説得力がないよん」
メェケンが指摘する通り、ロータローの顔に血の気は無く、体中に嫌な汗がびっしりと流れていた。足元もどこかふらついているし、調子がいいとは言い難い。
「やっぱり信じられないな。オマエみたいな奴が躰天使による肉体破壊から復活したなんて。だって、天使の力なんだよ⁉ 『並外れた信仰』か、『条件が厳しい契約』か、かの勇者のような『天使から愛される才能』でもない限り、持つことが許されない特別な力だ! それを否定されるなんてことは、あっていいはずがない!」
メェケンは天使の力を信じている。敬虔な信徒が天使を信じる以上に。
だからこそ、彼女は自分の力を否定する存在を信じない。
認めない。
受け入れようとしない。
ロータローの再生力を『ありえないもの』だと断定して存在そのものを許さない彼女の思考は、それ以上の考察を放棄していた。
自分のアイデンティティともいえるものを脅かされたことで冷静さを失い、暴走しているのだ。
メェケンは笑顔から一転し、射貫くような目つきでロータローを睨んだ。
「次こそは確実に殺してやる」
底冷えするような声音で殺意を告げ、前方に向かって飛び掛かる。
見た所、ロータローの手に武器らしきものはない。周囲の仲間が何かする可能性もあるが、ゾンビ四人程度、躰天使の力の前では障害にもならない。
メェケンが迫りくる中、ロータローはただ棒立ちしているだけである。やはり『策がある』はブラフだったか、と考えながらロータローの胸に手を当てた。
躰天使の力がロータローの体内をケーキの材料が入ったボウルみたいに掻き回す。
肉が潰れて骨は砕け、血が泡立った。
やがてロータローの肉体は急激に膨張し、限界を迎えた。
ぱあん、と破裂音が響き渡る。メェケンにとっては何度聞いても飽きない小気味好い音だ。
そして。
次の瞬間、血肉の雨に混ざった大量のガラス片が、メェケンの体に降り注いだ。
「なああああああああああああああああああああ⁉」
ガラス片が飛来する速度は破裂したロータローの体と同等だ。メェケンの全身に亀裂が刻まれ、肌や眼球にガラスが突き刺さる。彼女は全身から血を噴き出しながら、地面に倒れた。
一方、ロータローはというと、とっくに復活していた。その体には傷ひとつ付いていない。
「オマエえええええ! まさか、体内に何かを埋め込んでいたのか⁉」
「くっそ、いくら丈夫な体してるからって、人間手榴弾になるのは死ぬほど痛かったな。途中で何度か気絶しそうになったぜ。だからやりたくなかったんだ」
そう語るロータローの佇まいには、もう先ほどのような調子の悪さは見られない。
躰天使がその名の通り肉体を操る天使であるというならば、それは逆に言えば、肉体以外にその力は及ばないということである。ならば、肉体の中に異物を混ぜておけば、どれだけ骨や肉が原型を失うレベルで破壊されようと、それに混ざっている異物には全く影響が与えられないはずだ。
そう推測したロータローは荷物にあった酒瓶を砕いて自分の体に埋め込んだのだ。
吸血鬼の再生能力があるからこそ可能な行為である。
思いついた瞬間は自分でもどうかと思ったし、想像するだけで痛いのでやりたくなかったが、準備を整えればあとは動かずにメェケンの攻撃を待つだけというのは、身体能力に自信がないロータローにとっては一番可能性のある策だった。
「『一度俺の復活を見た後では、二度も同じ手を使わないんじゃないか?』という心配もあったが……お前が一度の失敗では諦めないくらいに自分を信じられる性格をしてくれていて助かったよ。体を張った甲斐があるってもんだ」
「嘘だ! こんなことあり得ない! 私がこんな目に遭うなんてえええええええええええ! 私の力は絶対なんだあああああああああ!」
そう喚きながら全身を蝕む激痛に悶えるメェケンは、完全に再起不能だ。あとは海上憲兵たちが大勢いるが、そちらはワンダーたちにとって敵ではない。
これで何とか船に帰れそうだ……とロータローが油断した、その時だった。
メェケンの頭上に何かが出現したのは。
「うおッ⁉」
異常を目にし、ロータローは飛び退く。
メェケンの頭上に出現していたのは腕だった。
二本の腕が互いの付け根部分を掴むことで形成した、奇妙な輪っか。
まるで悪趣味なオブジェみたいだが、それは何故か見る者に神々しさを感じさせていた。
「天使だ……」
海上憲兵か、ワンダーたちか、それともロータローか、誰かが呟く。
その表現がぴったりな姿になったメェケンは、ゆっくりと起き上がった。
その体からは傷が消えつつある。彼女はロータローと同じような再生能力を獲得していた。
メェケンは天使の力を信じている。敬虔な信徒が天使を信じる以上に。
二度の失敗を経験してもなお力への信頼が衰えないその精神は、もはや並外れた信仰である。
故に躰天使は、メェケンに更なる寵愛を与えた。
「くっふっふっくふふふぅくふふふふう!」
笑う。笑う。笑う。
祝福するように。
周囲を嘲笑うかのように。
新たな力を手に入れ、人より上位の段階へ更に一歩足を踏み入れたメェケンは、とびっきりの笑みを見せた。
「絶対なる正義が悪の卑劣な罠により崩れかけた今! 偉大な躰天使に私の思いが通じたようだね! 理解したよ。今まで以上に寵愛を感じる……これが『肉体』の力! うウ~ん、素晴らしいっ!」
「異世界初の戦闘イベントのボスがまさかの第二形態持ちって嘘だろ⁉ なんだよアレーッ⁉」




