12「半端なヴァンパイア」
「新入り君が死ななかった、というより、死んでから復活したのは、キロリッターの姉さんの影響があるんじゃないかな」
ツールがそう言ったのは、森に逃げ込んだ後のことだった。
辺りを見渡せばロータローが住んでいた日本でもよく見られたタイプの木々が所狭しと並んでおり、時折吹く風がそれらの枝葉を揺らしている。追手から隠れるには都合のいいフィールドだ。
「キロリッターのおかげ?」
ロータローは素っ頓狂な声を上げる。自分の命を救ってくれたのがあの憎たらしい美少女であることを信じられないようだ。
「オイオイ、冗談はよせよ。キロリッターが俺にどんな影響を与えたって言うんだ。アイツが俺にやったことなんて、アホみたいに血を吸ったくらいだぜ? そう。吸血鬼が、人間の、血を……」
瞬間、ロータローは思い出す。
『吸血鬼に血を吸われた人間も吸血鬼になる』という伝説を。
「同族を増やすための吸血ってより、完全に餌扱いの吸血だったから、今の今まで全然考えていなかった……いや、でもさ? ひょっとしたら、さっきの復活は俺が何かの拍子に目覚めた、吸血鬼とは全然関係ないスーパーパワーだったって可能性もあるんじゃ……?」
「自分では気づいてないのかもしれないけどさ。よく見たらあんた、牙が生えてるじゃん」
「わっ、確かに! キロリッターさんみたい!」
フォークロアとスリルの指摘を受け、ロータローはすぐさま自分の口内に指を突っ込んだ。指先が何か鋭いものに触れる。それは人間離れした牙だった。こんなものは前まで生えていなかったはずだ。
「で、でもさあ、でもでも」 なおも必死で否定材料を探そうとするロータロー。 「俺が吸血鬼になっているなら、こうして太陽の下を歩いているのっておかしくねえか? 吸血鬼の弱点といえば日光だろ?」
思い返せば、キロリッターだって部屋に日光が入ってこないようにカーテンを閉め切っていたのだ。つまり、ロータローが言った吸血鬼の弱点は、この世界でも変わらないはずである。
どころか、何故か太陽が二個も浮いているこの世界では、吸血鬼が受ける日光ダメージもきっと地球の二倍になることだろう。
「それについては……多分、新入り君が完璧な吸血鬼になってないからじゃないかな」
「未熟な吸血鬼が肉体を爆発四散させられた状態から一瞬で復活できるのかよ」
「キロリッターの姉さんほどの吸血鬼に血を吸われたのなら、未熟な吸血鬼でもあのくらいの不死性があっておかしくないさ」
ツールがそう言うと、他の三人が同意するように頷いた。彼らの中のキロリッターはどれだけ化物じみているのだろう。
とはいえ、なるほど。こうして考えてみると、思い当たる節がないわけではない。
『なに言ってんの。首の吸血痕はとっくに塞がってるし、血を吸われてから大分時間が経ってるはずでしょ』
この島に強制的に上陸させられる前にフォークロアから言われたことを思い出す。
彼女が指摘した通り、あの時点でロータローの首の傷は完治していた。吸われたのは昨晩なのに、随分と早すぎる気がする。今思えば、アレはだんだんと吸血鬼に近づきつつある体が見せた、人外の治癒力だったのかもしれない。
こうしてロータローは自分が吸血鬼になったことを受け入れざるを得なくなった。時間逆行の異能『計時砂』は黒歴史として心の奥底に仕舞っておこう。
「もともと社会的に半端者の引きこもりだったけど、まさか人間としても半端な存在になっちまうとはな。まあ、そのおかげでさっきは死なずにすんだんだけど」
なんだか、キロリッターには借りばかり作っている気がする。
とはいえ、自分でも気付かぬ間に化物にされていたことには腹が立つので、後で一言文句を言ってやろう、と決意を固めるロータローだった……そのためにも。
そのためにも、だ。
メェケンから追われているという状況をなんとかして、船に戻らなくてはならない。
さっきの怒りぶりから考えるに、メェケンはまずロータローたちを先に潰そうとするだろう。触れるだけで人ひとりを粉々に吹き飛ばす力を宿した手によって。
たしか、他の憲兵が『躰天使』の寵愛と言ってたか?
その脅威は、先ほどロータローが身をもって体験したばかりだ。
「やっぱアンデッドでも、さっきの俺みたいに体を粉々にされたらマズいのか?」
「不死と言っても、僕たちみたいなゾンビやスケルトンは死体に魂を定着させているだけだからね。吸血鬼みたいな再生能力までは身につけていない。だから銃撃や刺突みたいに普通の人間なら致命傷になる程度の傷なら、そのまま放っておいても平気だけど、たとえば爆弾とかで死体そのものを木っ端微塵に吹き飛ばされたら、そのまま御陀仏になっちゃうのさ。だから、躰天使、肉体を司る天使の力で粉々にされるのは非常にマズい」
「なるほど、そういやゾンビ映画でも爆弾でまとめて吹っ飛ばすってのは、よくある対処法だよな」
「ゾンビえーが? というのはよく分からないけど、メェケンの力がアンデッドにとってどれだけの脅威になるかは理解してもらえたようだね」
ツールは「というわけで」と話を続けた。
「このままメェケンを『シットローズ号』に近づけないでおきたい。いくら戦闘班がいるからって、あんな力を持つ奴が『シットローズ号』と接触すれば、被害がゼロで済むはずがないからね」
とはいえ、このまま自分たちが囮になり続ければ、こちらに待ち受けているのはどん詰まりだ。
森を迂回して港を目指し、メェケンと接触しないまま船に戻るという手があるかもしれないが、この島の地理において、ロータローと海上憲兵たちでは向こうの方に軍配が上がるため、現実的な策とは言い難い。
向こうのカードである多数の軍人と天使の力に比べて、こちらのカードは貧弱だ。
アンデッド四人と、吸血鬼もどきがひとり。
このままカチ合えば、アンデッドたちは躰天使の力で風船のように破裂させられて肉体を失い、ちょっと死ににくいだけでそれ以外は引きこもり性能な吸血鬼もどきは大した抵抗も出来ないまま取り押さえられてしまうだろう。
「せめて武器のようなものがあればいいんだが」と考えて、ロータローはワンダーたちの装備を見る。
ただの買い出し班が戦闘を想定した物騒な格好なんてしているはずもなく、彼らの手元にあるのは、買い出しで得た荷物だけだった。
酒瓶あたりを鈍器として扱えば、戦えなくもないのか? 全然役に立たなそうだ。振りかぶった段階で憲兵の銃弾で酒瓶を粉々に砕かれて、手ぶらになった所をメェケンに粉々にされてしまう……と、そこまで考えて。
「あれ?」
その時、ロータローは思いついた。
思いついてしまった。
この状況を打破できるかもしれない策を。
しかし、それは躊躇われる作戦である。
それに仮に実行できたところで、成功するとは限らないのだ。
だが他に手があるわけでもない。
……。
…………。
……………………。
たっぷり悩んだ後、ロータローは苦々しい口調で言った。
「俺ならメェケンを倒せるかもしれねえ」




