11「砂塔蝋太郎、弾け飛ぶ」
ロータローは生で初めて聞いた発砲音に腰を抜かした。その拍子に抱えていた荷物を落としてしまうが、そんなことに気を回す余裕はない。
「うあああああああああああああああああああああああああああああああ!」
その場で転がりながら悲痛な叫び声を上げる。
「ひいいいいい、クッソ! 撃たれた! ヤベエ! せっかく助かったばかりだっていうのに、こんな所で死ぬなんて嫌だあああああああああああっ!」
「落ち着きなよ新人君。ワンダ-のおかげで、弾丸はひとつたりとも君に届いていないだろ」
「え」
ツールの冷静な指摘を受け、悲鳴をピタリと止める。そう言えば、体のどこにも痛みはないし、弾痕と思しき傷も見られなかった。
ああそうだ、とロータローは気付く。直前にワンダーが自分を庇う位置に立つように動いていたんだった。あの行動はこの事態を予見してのことだったのか。
「そうだったのか……すまねえ」
「まったく、世話が焼けるぜ」
やれやれと溜息を吐くワンダー。……いや、待てよ?
ということは、自分を庇ったワンダー、そしてツール、スリル、フォークロアたちはモロに銃弾を浴びたはずなのでは……?
慌てて顔を上げる。そこには彼ら四人が何も変わらぬ様子で立っていた。損害らしい損害といえば、抱えていた荷物の一部が銃弾でダメになっていることくらいである。
弾丸を受けても平気な彼らの姿を見て、メェケンは怪訝な面持をしていたが、やがて納得がいったらしく、手を打った。
「ああ、そういえば『彷徨えるシットローズ号』はゾンビやゴーストといったアンデッドで構成されている幽霊船だったっけエ?」
「その通り!」
ワンダーの声に合わせて、四人はローブをもう不要とばかりに勢いよく脱ぎ捨てた。死に浸りきった悍ましい肉体が露わになった。
ワンダーたちの正体を目撃したメェケンは、目を細めて舌を突き出し、
「うっげえ。気ぃ~持ち悪い顔!」
と言って、げろげろーと吐く真似をした。ロータローは彼女と出会ってまだ数分も経ってないが、道化じみたふざけた言動が目立つ女だという印象を抱きつつあった。
「とはいえ、なるほどなるほどなるほど。アンデッドなら、銃弾を何発か食らったくらいじゃ倒れないよね」
「分かったなら、さっさと道を開けな。俺たち相手にドンパチ起こしても、時間と弾の無」 「銃弾は効かない。それは分かったよん。で、も、さア~……」
ワンダーの強気な口調を遮るように、メェケンは不愉快な声を奏でる。
彼女は己の眼前で両手の指をくっつけるポーズを取り、台詞を続けた。
「天使の力ならどうだろうね?」
瞬間、メェケンの体から発せられていた刃の如き気迫が鋭さを増す。元々ロータローの中で高かった彼女の危険度が、更に数段上昇した。
なんだこれは?
メェケンは『天使の力』と言ったが、まさにその形容が相応しい力だ。
人間の身では絶対に手が届かない何かが目の前に存在していることを、本能的な部分で強制的に理解させられる。ロータローは熱心な宗教家ではないが、今この場で『神や天使は存在するか』と問われたら、迷わず首を縦に振ってしまいそうだ。次元の違う力がそこにはあった。
メェケンの背後に控える憲兵たちも、ロータローと同じような恐れを抱いているのか、ざわめきが広がっていた。
「出るぞ……大佐殿が契約を結んだ『躰天使』の寵愛が!」
ある者は力の予兆に体を震わせ。
「こっ、こんな町中で使用するつもりなのですか⁉」
ある者は正気を疑うように問いかける。
彼ら全員に一致していることがあるとすれば、ひとり残らずメェケンの動向を見つめることしかできていないことである。それはメェケンというたったひとりの女が銃を装備した軍団よりも遥かに上の武力を保有していることを、これ以上なく雄弁に物語っていた。
「躰天使だって? オイオイ、マズいな……ここは逃げるぞ!」
ワンダーは慌てた様子で撤退の号令をかけた。それを切欠に、買い出し班は一斉にメェケンとは逆方向の道に走り出す。
ロータローは慌ててワンダー達の後に続こうとした。……が、不幸なことに、先ほど腰を抜かした拍子に辺りに転がしていた荷物の内のひとつである酒瓶に足を取られ、ずるっとバランスを崩してしまう。
異世界に来て二度目の転倒だった。
「嘘だろ⁉ よりにもよってこのタイミングで⁉ 最悪だーっ!」
「「「「なにやってんだーっ!」」」」
前方を走るワンダー達が心配する声も虚しく、ロータローの崩れたバランスは、最早自力で元に戻せる段階を通り過ぎていた。
そのまま後方に倒れるかと思われたが、直前で何者かが背後から受け止めた。その衝撃で喉奥から「ぐえ」と音が鳴る。
視線を上げる。転びかけたロータローを支えてくれたのは、否、捕まえたのは、銀髪の麗人、メェケンだった。
「ひっ!」
「礼の言葉なんていらないよオ。代わりにいい破裂音を響かせて頂戴。そういえば、見た所アンデッドでもない普通の人間っぽいオマエがどうして『彷徨えるシットローズ号』の一員になっているのかについては、ちょぉ~っとだけ気にならなくもないけど……まあいっか。どうせ殺すし」
瞬間、メェケンの手からロータローの体に何かが流れ込む。
荒れ狂う台風のようなエネルギーを感じさせるそれは、ロータローの体内で暴れ回り。
それまで秩序立って機能していた組織を、器官を、臓器を渾沌とさせ。
中肉中背だったはずの肉体は、見る見るうちに空気を送り込んだ風船のように膨らんで行き。
そして、最終的に。
「んじゃ、バイバーイ!」
メェケンのふざけた別れの挨拶と同時に。
ロータローの体は木っ端微塵に弾け飛んだ。
………が、次の瞬間には綺麗さっぱり元通りになっていた。
「「「「「「え?」」」」」」
その場にいた全員が異口同音に困惑を表現する。
弾け飛んだ張本人であるロータローですら、今しがた自分の身に起きた現象を理解できていない。
中でも一番激しく困惑しているのはメェケンである。
「グーフエルの寵愛が無効化された? ……いや、ほんの一瞬ではあったけど、たしかにこいつは吹き飛んだはずだよね? なのに、どうして……」
「なにがなんだかさっぱり分からねえけど、はっきり言って今がチャンス!」
メェケンの狼狽の隙をついて逃げ出そうとしたロータローだったが、あともう少しの所で再度首根っこを掴まれた。
「ぐえ!」
「いいや、そんなはずはナイナイ! 今のは多分、見間違いだよね。もう一回爆散させてみよう」
そう言って先ほどの再現を行おうとするメェケン。
そんな彼女の顔面目掛けて、いつの間にかロータローたちの傍にまで戻ってきていた買い出し班四人の攻撃が放たれた。
己の力を否定されたショックで注意が散漫になっていたメェケンは防御も出来ず、四つの攻撃をモロに受けてしまい、その衝撃で後ろに飛んで行った。
「ったく、俺は何回おまえを助けりゃいいんだよ、新入りよぉ……今の内に逃げるぞ!」
「お、おうっ!」
情けない気持ちで一杯になりながら、メェケンが倒れている間に走り出した。
それにしても、さっき自分の身に起きた現象は何だったのだろうか、とロータローは疑問に思う。
まさかこれこそが自分が異世界転移の特典で手にした特殊能力だったりするのだろうか? ただ死がキャンセルされるだけなんて、あまり強そうには思えないが……いや、初めて発動したタイミングが死んだ瞬間だっただけで、能力の本領は範囲が自分限定の時間逆行だった、という可能性もありえるかも。
「名前を付けるなら『計時砂』か? 決め台詞は『そして時は巻き戻る』とかどうだろう」
「さっきの出来事がショックで、まだ頭の中が整理できていないのは分かるけどさ、新入り君。走りながら喋ると舌を噛むぜ」ツールのツッコミが入る。
「オマエらぁぁあああーっ!」
背後から怒鳴り声がした。恐る恐る背後に目を向けると、端正な顔から鼻血を垂らしたメェケンがふらふらとした足取りで立ち上がりつつあった。
さっきまでのおちゃらけた雰囲気は何処に行ったのやら。今となっては鬼の形相を浮かべて、こちらを睨みつけている。
「よくも! よくも私の力を否定したな! それどころか私の美貌に傷をつけやがって! 許さない! 絶ぇ~っ対に殺してやる! ぶっ殺してやる!」
どうやらメェケンのメインターゲットは自分たちになってしまったらしい。恐怖心から走る速度が上がる。
ロータローたちが走る先には、島の南の森が広がっていた。




