130「もうひとりの”魔剣狩り”」
「タイトル……なに?」
見知らぬ人物から突然かけられた言葉を、バヨネットはうまく呑み込めなかった。
「『生き動くタイトルロール』」
声は、穢れひとつない泉のほとりで妖精が奏でる弦楽器のように美しい声は、同じセリフを繰り返す。
「昔、ひとりの鍛冶師が魔王の脅威と対峙し、魔王の軍勢を退治するために、ざっと千本近くの剣を世界中にばらまいた。それらはどれもが異能と言える力を有していたという」
二十年前以上前の昔話が、聞いていて惚れ惚れする声音で語られた。
その話の中心は──アヴァロンの剣。
バヨネットたちが追っている『マクガフィン』が含まれる、魔剣の総称である。
「その内のひとつに、『所有者がなくとも自律する、人の形をした剣』をコンセプトに生み出された魔剣があった。今となっては随分と美しくない見た目に変形させられているけど、アヴァロンさんから話を聞いていた僕ならはっきりと分かる。断言できる──君こそが、『生き動くタイトルロール』だとね」
「…………」
バヨネットは静聴する、唐突に明かされた己のルーツを。
彼女がこれまで何十年も探して、辿り着けなった真相を。
もしもこの話が本当ならば、これまでバヨネットの正体が判明しなかったのも仕方のないことである。
なにせ、彼女は所有者の不在を前提として作られた剣なのだから。
関係者が製作者以外いなかった以上、情報は極めて断絶していた。
剣で斬られたようにすっぱりと、断って絶えていたのだ。
「タイトル……ロール」
バヨネットは、否、タイトルロールはたどたどしい口調で繰り返す。自分の名前を。
この世に生を受けてから長い間探しまわり、死に際になってようやく知ることができた名前を、噛み締めるように呟いたのだった。
「──ふふっ、変な名前ね」
『バヨネット』も大概だけど、と感想を言う。先ほどまで絶望に満ちていた胸中は、今となっては温かな満足感で満たされていた。
鉄天使の『鉄器変成』で顔面が原型を留めていなかったら、きっと、普段の彼女からは想像もできない穏やかな微笑を溢していただろう。
一方、名前も明かしていない声の主は、
「『マクガフィン』を蒐集するためにこの国までやってきて、『タイトルロール』にも会えたのは嬉しい誤算だったけれど、まさか、行動不能になっていたとはね……。こうなっては、今から僕の目で『記録』したところで手遅れだ──せめて、介錯だけでもしておこうか」
と、タイトルロールとは対照的に嘆くように言った。
それから暫くの間を挟み、何かが空間を切り裂くような音が聞こえた。先ほどまで剣や刀のような類の存在は、感じられなかったはずだ。まるで、虚空から突然飛び出してきたみたいだった。
「『絶ち終わるピリオド』」
声が響くのと、何か硬い物体が、タイトルロールの額(にあたる部分)に触れたのは、まったく同じタイミングだった。
直後、これまで殴られようが斬られようが撃たれようが、決して壊れることが無かった体が、まるでガラスで出来ていたかのように破砕された。粉々になった体は空気中へと溶けていき、やがて完全に消滅する。
こうして、ひとりの魔剣は、その生涯に終止符を打たれたのだった。
「さっき切り払った糸といい、そこで転がっている海上憲兵といい、どうやら結構な数の組織が、『マクガフィン』を中心に動いているようだね。まあ、あの剣の特性を思えば、仕方のないことだけれど」
ひとり残された声の主は、憂いの籠った溜息を吐いた。
◆
占星術師は仰天した。かつては空に瞬く星々を司っていた堕天使が天を仰ぐほどに、目の前に広がっている光景は衝撃的だった。
傭兵団の糸使い、トリガーを打倒した彼は、同胞であるタタラの元に駆け付けるべく、この場に戻って来ていた。しかしタタラは、ひき肉と変わらない見た目で倒れていた。どう見ても絶命している。
“魔剣狩り”として数々の伝説を打ち立ててきた剣士の死なんて、それだけでも驚愕に値する光景だが、その場にはもうひとりの人物がいた。
輝く銀髪。燃えるように赤い瞳。右目を覆う眼帯。胴体の上に座す顔は、この世に存在するありとあらゆる言葉を用いても、その美しさを表現しきれないほどに美しい。
絢爛豪華な社交界にいるのが相応しいと思える美少年が、死臭漂う路地に佇んでいた──そして、占星術師は、その顔に見覚えがあった。
「“魔剣狩り”……☆」
それはタタラの異名だが、彼だけを示すものではない。
タタラはあくまで海上憲兵直属の“魔剣狩り”。しかし、この世界には、どの組織にも属さず、ただひとりでアヴァロンの剣を蒐集するもうひとりの“魔剣狩り”がいる。
それが、占星術師の前にいる眼帯の美少年だ。
「……たしか、アヴァロンを自称しているんだっけ☆」
「自称じゃあない。この名前は師匠から直々に受け継いだものだ」
「はん、語るじゃあないか、狂人め★」
暗い感情を混ぜた声で罵倒する。
自称アヴァロンは海上憲兵が目を付けていたアヴァロンの剣をたびたび横取りする、盗賊のような人物として知られていた。いや、横取りだけならともかく、酷い時には海上憲兵の基地を直接襲撃し、そこに保管されてあるアヴァロンの剣を破壊していった件もある。
『強奪』ではなく『破壊』である。
今となっては再現することも再生産することも不可能な魔剣を、べっきべっきと破壊するだけ破壊して、その場を去っていくのだ。迷惑極まりない存在である。
それゆえ、彼についての情報は、海上憲兵に多大なる損害を齎す超A級の危険人物として、組織内で共有されていたのだ。
そんな奴が「伝説の鍛冶師からアヴァロンの名を受け継いだ」と言ったところで、素直に信じられるほど、占星術師は純朴ではない。少年の姿をしていても、無垢な幼さは持ち合わせていないのだ。
「どうしてここに……なんて聞くまでもないか★」
占星術師はチラリと遠くを見る。視線の先には、『マクガフィン』があると思しき帝国の軍事施設があった。
続けて、彼の視線はすぐ近くに転がっているタタラの死体へと移る。
「君がやったのか★」
「いいや、違う。僕が来た頃には、とっくに『タイトルロール』によって殺されていた──というより、相打ちになっていた」
「タイトルロール?」
知らない名だが、きっとタタラと戦闘を繰り広げていた厚着の少女だろう。彼女の姿はどこにも見えないが……相打ち?
「分からないことが多々あるけど、今はそれを詳らかにする時間じゃあない★ まずはお前を始末するのが先だ★」
占星術師は十字の光が宿る瞳で、“魔剣狩り”を見つめる。その顔には戦意が籠っていた。
「これまでは上手いこと逃げてこられたようだけど、ボクの前に現れたのが運の尽きだね★ メェケンのついでにお前も捕まえてや──ぐう★」
占星術師の台詞の末尾に鳴ったのは、腹の音ではなく、寝息だった。
殺気立っていた彼は、たった一瞬で夢の世界へと誘われたのである。
足元がふらつき、そのまま地面に倒れる。受け身を全然とっていない転倒だったが、占星術師が起きる様子はなく、彼は少年特有のあどけない寝顔を晒していた。
「『夢見微睡むベッドタイム』」
デフォルメされた雲の輪郭のように波打った剣身から、淡い紫の光を発している剣が、いつの間にかアヴァロンの手に握られていた。




