131「ラスボス戦」
メェケンは遭遇した帝国軍人や海上憲兵を手当たり次第(文字通りの意味)に吹き飛ばしながら、傭兵団の毒使い、バレルと共に『マクガフィン』が眠る場所へと向かっていた。
彼女は先ほどタタラたちと遭遇した地点の真上にある空を見つめながら、次のように呟いた。
「あれ? あの流星群はなんだろ? めっちゃ降ってるじゃん」
「さてね。俺が知る限り、バヨネットとトリガーはあんな災害じみた現象を起こせない。あれが人為的なものだとしたら、敵の仕業だろう」
つまるところ仲間がピンチなのだが、ここで足を止めるバレルではない。彼女たちが足止めを引き受けてくれた以上、ここで彼が取るべき行動は迷いのない前進なのだ。
そして前進と言えば、メェケンはバレル以上に速い足取りで走っていた。
「最初と比べて、随分やる気があるじゃあないか。何かあったのかい? ──毒の呪縛からの解放という理由だけなら、そこまで積極的な態度にならないと思うけど」
「別にぃ? ただ──」
「ただ?」
「『マクガフィン』を早く手に入れたいからね」
答えるメェケン。
「ああ、早く欲しいなア。『マクガフィン』をこの手に掴めたら、と思うだけでドキがムネムネしちゃうよん。アレを手に入れるためなら、邪魔する奴はいくらでも──ん?」
そこまで言って、彼女はようやく気付く。今の発言のおかしさに。
どうして自分は『マクガフィン』に対して、ここまで強い欲求を抱いているのだ?
見れば、バレルもおかしく思っているらしく、不思議そうな目でこちらを見つめている。メェケンは寧ろ、名前くらいしか明らかになっていない魔剣に対して、「こんなものの為に働かされるのか」という不快感すら抱いていたはずだし、その思いが劇的に、百八十度変わるようなイベントを経験した覚えはない。
メェケンという女が他者に理解可能な筋道だった思考をするのは稀だが、しかしそれにしても、今しがたの『マクガフィン』に対する願望は些か奇妙だった。
もし時間があれば、この不可思議な心変わりについてたっぷりと考察を重ねることができたかもしれない。しかし、そうはいかなかった。
「──ほう」
スプリに立ち並ぶ建造物の中でひときわ大きい建物。帝国の軍事の中心施設。その前にひとりの女が立っていた。
長身の肉体を包む帝国の軍服。
銃口のようにこちらに鋭く向けられた瞳。
こうして相まみえるのは初めてだが、メェケンは直感的に理解できた。
ガトー──その人だと。
ラスボスの登場である。
「貴様らが愚かにも帝国に攻め入った賊か」
そう語る彼女の装備は、腰に提げた剣だけだ。
軍刀。
特別な装飾は何も施されていない、そこらの二等兵でも持ってそうな没個性のサーベル。
こうして文章に起こすと何とも頼りない武装に思えるが、しかし、立ちはだかる彼女の雰囲気は決して軟弱なものではなかった。
城門以上に堅牢で、城壁以上に頑丈で、城塞以上に強固な雰囲気を感じさせる佇まいである。
それを見たメェケンはほんのちょっぴり圧倒されそうになりながらも、にやりと笑った。
「ははーん、なるほど、なるほど、なるほどねん。その腰に提げてるサーベルこそが噂の『マクガフィン』ってコトなんでしょ? 危ない危ない。危うく、何の変哲もないただの練習剣と勘違いしちゃうところだった」
「違う」
メェケンの勘違いをガトーはあっさり否定した。
「『マクガフィン』は、発見した兵士の遺言に従い、時が来るまで地下の奥深くで保管されている。将である私でも、それを握ることはできない──ましてや、外部から侵入してきた鼠どもは近づくことさえ許されない」
サーベルを引き抜き、先端をこちらに突き付ける。
異能をなにひとつ有していない刀身は、傾きつつある日の光を浴びて輝いていた。
ガトーは剣先と共に、メェケンとバレルを交互に見つめる。
「ふたり、か……鼠の数はこれだけではあるまい。迅速に片付けなくてはな」
「片付けるだってエ⁉ アヴァロンの剣ですらないふつーの武器で私たちを片付けるとか、超ウケるんですケド! くっふっふっふふっふ!」
堕ちる氷塊。消えない炎。
死なない半吸血鬼。鉄の形を変える寵愛。
落ちる星。自由自在な糸使い。
斬撃の魔人。多種多様な毒使い。
メェケンがこの島で過ごした時間は一日にも満たないが、その間に多くの異能を見た。
それらと比べれば、たかがサーベルのなんと貧弱なことか。
「ラスボスだからどんな化物じみた奴が相手なのかと思っていたけど、この程度なら余裕そうだね。ちゃっちゃと終わらせて、服毒中の身からオサラバしちゃお~」
メェケンは先ほどまでガトーが発していた風格に思わず圧倒されかけていたのが嘘のように調子に乗りかけたが、それを言い終わるよりも前に、ガトーが勢いよく前へと跳ぶ方が早かった。
跳ぶというよりも、飛ぶという表現の方が相応しいか。
まるで空を疾走する銃弾のような勢いの跳躍だった。
跳んできた軍将に対し、メェケンは剣に対処しようと身構える。そんな彼女の腹部に思いっきり突き刺さった──ガトーの長い脚が。
「ぐぇあっ、ぷっ⁉」
横隔膜に激しい衝撃を叩きこまれ、肺の中の空気が一気に排出させられる。逆流した胃液が喉を焼き、目尻に涙が滲んだ。
単なる前足蹴りだが。ガトーの巨体による、全速力の勢いを乗せた爪先の一撃はちょっとした槍の刺突に匹敵するほどの威力を有していた。
あれだけ見せびらかすようにして剣先を突き付けていたのは、そちらの印象を強くすることで剣以外の攻撃について考えを回させないためだったのか。
それを理解したところでもう遅く、メェケンは腹を抱えながらみっともなく地面に転がった。ガトーはそのまま畳みかけるようにして斬撃を放たんとサーベルを振り上げたが、厭な気配を感じ、すぐさま横に飛ぶ。
結果、横から伸びていたバレルの手は、彼女の頬を掠るだけに終わった。
『毒薬作成』の力が込められた手が掠る──普通なら、それだけで致命傷である。
しかしガトーは、命に別条がないどころか、足元がふらついてさえいない。元気な健康体である。
「そういえば、貴様は毒使いだったな。それも、かなり強力な劇毒と見える」
ガトーの頭には、ヴラッドから聞いていた傭兵団の構成員の情報が収まっていた。故に、バレルの能力を予め知っていたのだ。
しかし一方で、彼と同行している銀髪の女については全く知らなかった。まさか、ヴラッドが情報を出し惜しみしたとは思えない。
その不確定で不鮮明な部分に危険性を感じたガトーは、メェケンを真っ先に始末することにしていたのである。
「全然効いてないのにそんなことを言われても、凹むだけだよ──その頑丈性、さすがだね。勇者一行に属していた“不死鳥”に並ぶとまで言われるだけのことはある」
バレルはわざとらしい動きで肩を竦めた。
若かりし頃に世界各地を回って鍛錬を積み、並外れた頑丈性を手にしたガトーは、その体自体がひとつの盾と化していた。
「そしてこちらが盾に対する剣だ──否」
魔剣だ、と。
言って、ガトーはサーベルを構えた。
腰を捻った状態で体を軽く沈め、掲げた剣の切っ先を向けている。
その構えから、次に繰り出される技が突きであることは容易に予想がついた。剣術の手本として指南書に載せられそうなくらいに、完璧な構えだった。
バレルは奇妙に思う。
突きを撃つにしては、間合いが開きすぎていると。いくらガトーが大柄な体をしているとはいえ、この状態で技を放っても、空振りに終わるだけだ。
しかし──帝国を支える将のひとりであるガトーが、こんな重要な局面で意味の無いことをするとは思えない。
それに彼女は構えると同時に言ったではないか──魔剣、と。
その言葉から嫌な予感を覚えたバレルは、顔面を守るようにして腕を交差させながら、後方に跳んだ──直後、盾にしていた腕の片方が、一点を中心にして弾けた。
「ぐぁっ!」
見れば、先ほどまで構えていたガトーは、剣を持つ手を完全に伸びきらせていた──剣。
魔剣。
距離を無視し、刺突を届かせる異能。
傭兵団所属のバヨネットも、似たようなことは出来なくも無かったが、あれは彼女が『奥の手』とするくらいには気軽に発動できないものである。突きの構えひとつから放てるようなものではない。
まさか、先ほどメェケンの意見に対する否定こそがブラフであり、実際はあのサーベルこそが『マクガフィン』だったのか?
異能の剣だったのか?
しかし、そんなバレルの推測を否定するように、ガトーは首を横に振った。
「先ほども言った通り、この剣は普通の練習剣だ。普通じゃないのは、私の技術の方だよ──魔剣の域にまで達した剣術だ」
異能が宿るのが、剣自身だろうと、使い手の武技だろうと。
それらによって引き起こされるのが、超常的な異能なら──どちらも『魔剣』と呼ばれるべき存在である。
毒天使の寵愛を得ているバレルが見たところ、ガトーから何かしらの天使の寵愛を得ている雰囲気は感じられない。だというのに、己が剣術を異能の領域まで昇華してみせたのだ。信じがたい偉業である。
「別に特別な話じゃあないさ。この程度のことが出来る戦士はいくらでもいる──私が世界を旅していた時のことだ」
ガトーは淡々とした口調で言葉を紡いだ。
「ある国では、たったひとりの女騎士によって国が守られていた。信じられるか? たったひとりの、それも私と然程年が変わらない女がだぞ? ──彼女はアヴァロンの剣も天使の寵愛も持っていなかった。己の剣術ひとつで、国に攻め入る外敵を打倒していたのだよ」
現実味のない超人の話だった。
こんな状況で聞かされていなければ、ファンタジー色の強い不出来な与太話として聞き流していたかもしれない。
「それを見て、私は憧れたね。守護騎士が見せた剣技の強烈な輝きに、想い焦がれる少女のように強い気持ちを抱いたよ。そしてこう思った──私も彼女のような強さを手に入れたいと」
その結果が、その想いの結果が、先ほど見せた摩訶不思議な剣法だ。
飛ぶ刺突。
それも、当たれば骨肉が弾けるのだ。並の銃弾よりは遥かに上の威力である。
城壁のような肉体と、大砲のような剣技──ますます人間城塞という表現が似合ってきた。
──だったら、距離を取るのは却って不利か……!
意思を固めたバレルは走り出す。『毒薬作成』で生み出した鎮痛効果のある物質を作成し(毒も量によっては薬となる)、自分自身に投与したので、痛みは殆どない。ついでに強壮効果のある物質もいくつか投与した。
これで、バレルは隻腕の姿であっても、十全を超えた万全のコンディションとなった。
無論、迫る敵を黙って近づけるガトーではない。
刺突の砲弾を飛ばすが、それは既に一度見られた技。ドーピングで肉体の限界を超えたバレルはそれを限り限りで回避する。肌を掠めこそすれ、致命的な一撃を与えるまでには至らない。
毒使いと人間城塞の戦いは、距離を詰めての接近戦となった。
互いの肌と肌が触れ合うような距離で繰り広げられる、削り合いのような戦い。
そんなシチュエーションでは、肉体接触イコール毒薬投与となるバレルの方が有利に思える。
しかし、接近開始から十秒後──およそ五十に渡る数の毒を投与したにも関わらず、ガトーの勢いは一向に衰えていなかった。使用する毒を皮膚への接触で効果を発揮するものに絞っているとはいえ、驚くべき耐久性である。
無論、これからも毒の投与は続くが、ガトーに効くものが果たして見つかるかどうか……それよりも前に、超近距離の消耗戦でバレルが燃え尽きる方が早いだろう。
──やはり躰天使の力に頼るしか……。
頑丈な肉体そのものに干渉し、戦闘不能に陥らせる。
そんな、まるで難攻不落な錠前がかかった扉を斧で無理やり叩き壊すような乱暴な行為が、ガトーについての攻略法だった。
迫る剣を躱しながら、横目でメェケンを見る。
蹲っていた彼女は、ふらふらとした動きで起き上がりつつあった。
「うへぁ、イタタぁ。今日はぽんぽんが厄日だよぉ……」
「メェケンさん! 来てくれ!」
バレルは叫んだが、メェケンは露骨に嫌そうな顔をした。
「えー、でもでもぉ……近づいたところで斬られるだけじゃナイ?」
「いいから来いって言ってるだろうが!」
緊迫したシチュエーションとメェケンに対する苛立ちで、普段の軽薄な雰囲気がどこかに行ってるバレルだった。
渋るメェケンだったが、ここでバレルに死なれて最終的に困るのは自分だということをよく分かっているので、渋々と加勢する。
一方、ガトーは闖入者に対して警戒を強めていた。ここでメェケンが加わるということは、何も二対一の状況の作成だけが理由ではないだろう。
ヴラッドの情報にすら記載されていなかったアンノウン。そこにはきっと、自分にとって脅威となる何かがあるはずだ。
そう考えながら、ガトーはこちらに向かって手を伸ばすメェケンに向かって、剣を叩きつけようとした。
その時だった。
ずぶっ──と
いつの間にかぐずぐずのぶすぶすに脆くなっていた地面に足を取られたガトーは、バランスを崩した。
それに伴い、放った斬撃があらぬ方向へと飛んで行き、メェケンが懐に侵入するのを許してしまう。
「『毒薬作成』──毒で地面を汚染した」
刹那、バレルがそう呟いた。
毒で地面を汚染しただと?
激しい接近戦をおこなっていたバレルには、屈んで地面に触れる機会なんて、一瞬たりとも無かったはずだが……その時、ガトーは気が付く。
バレルの吹き飛んだ腕の断面から滴り落ちた血が、地面に斑点を描いていたことに。
もしも『毒薬作成』の効果が所有者の血液にも発揮できるものだった場合、彼は戦いながらに足元の地面を汚染することが可能だろう。
それに気づいたところでもう遅い。
体の平衡を失い、攻撃が空振りしたガトーに、メェケンの魔手から身を守る術は無かった。
人形のように美しい細腕は、軍人の鍛え上げられた肉体へと触れ。
そして。




