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ゴーゴーストーリー  作者: 女良息子
第五章 腕鳴らしとマクガフィン
130/193

129「鉄天使・バーゼル」

 

 対戦相手の少女が突然一糸纏わぬ姿になった時、タタラは驚きはしたものの、動揺によって動きが鈍くなりはしなかった。

 次なる攻撃への一歩をスムーズに踏み出しながら、彼は考える──どうしてバヨネットは衣服を脱ぎ捨てたのか?

 重量を少しでも減らして、スピードを上げるため? バヨネットが着ている服は、金属製の部品が多く目立つ鎧とローブの中間のようなものであり、それを脱ぎ捨てれば大幅な軽量化が可能となることは間違いない。そもそも、彼女の体はタタラの刃を通さないほどに硬いため、防護の目的で衣服を着用する必要はないのだ。更に、外気に晒される肌面積に比例して、相手に直接触れる面積が増えることも、見逃せない利点である。

 タタラはそのような諸々のメリットを半秒にも満たない時間で思い浮かべたが、そのどれもが外れだった。

 スピードの上昇? 肌面積の増加? 

 バヨネットの真の目的は、そんな次元にはない。


 ざくっ。


 切断音が、タタラの鼓膜を震わせた。

 バヨネットが何かに触れたのか? と視線を彷徨わせるが、彼女の手元にも足元にも、切断されたと思しきなにかは転がっていない。代わりに、タタラは気が付いた。自分の頬に、何か生暖かい液体が流れていることに。

 それは彼の血だった。

 いつの間にか切断された右耳の切り口から、真っ赤な血が滝のように流れていたのだ。


「なッ……⁉」


 驚愕に目を見開き、詰めようとしていたバヨネットとの距離をバックステップで一気に離す。その最中に彼は地面に転がる自分の耳を発見した。

 クエスチョンマークが“魔剣狩り”の脳内で踊る。

 少女の手が耳に触れた感触は無かった。そもそも、あの距離では、まだ指が掠ることさえあり得ないだろう。しかし現実として、タタラの耳は前触れなく切断されたのだ。不可思議極まりない現象だった──ざくっ。

 思案中のタタラの腿に赤い亀裂が走る。斬撃は距離を無視して届いていた。

 拙い。どういう理屈かは分からないが、これでは距離を離したのは悪手だった。鉄器に寵愛を発動し、斬撃から身を守る盾へと変成させようと──ざくっ。

 手の甲が切り刻まれ、握っていた得物を落としてしまう。


「無駄よ、無駄無駄。私自身、自分の『奥の手』のことを十全に理解しているわけじゃないんだけど、少なくともこの状態の私が放つ斬撃から逃げることは絶対に不可能だと断言するわ」


 言いながら、バヨネットはタタラを睨みつけた。まるで剃刀の刃のような、鋭い視線だった。

 いや、実際、その視線は剃刀と同等の切れ味を有していた。彼女はその視線でもってタタラを見ただけで、彼に致命的な切り傷を負わせることに成功したのである。

 斬撃を孕んでいるのは、バヨネットの視線だけではない。

 彼女が吐いた息や、肌から生じる熱──彼女が周囲に対して行った干渉は、たとえそれが直接接触以外でも、斬撃を伴っていた。その証拠に、彼女の周囲の空間には、絶えず細かい斬撃が発生している。

 『触れるだけ』に留まらず、『見るだけ』、『呼吸するだけ』、『そこにいるだけ』で周囲一帯を切り刻む──『生きた斬撃兵器』という表現がぴったりな、超常的な存在だ。


「とはいえデメリットがないわけではないわ。この状態だと、普段は斬れないようなものまで斬れるくらいに切れ味が上がってしまうから、服を着たまま発動したら、ズタズタになってしまうの」


 バヨネットがそんなことを呟いている間にも、視線や言葉から発生した斬撃は絶え間なくタタラを襲っていた。

 ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。ざくり。

 まるで、刃物で出来た雨が降り注いでいるかのような光景だった。

 やがてタタラが倒れる。その体は、夥しい数の傷で飾られていた。耳をすますと、微かに呼吸音が聞こえる。むき出しの生肉と大差ない外見になってもまだ息があるとは、流石“魔剣狩り”だ。しかし、こうなっては戦闘の続行は不可能である。

 あとはただ死を待つのみだ。わざわざトドメを刺すまでもないだろう──そう考えたバヨネットは、仲間との合流に急ぐべく、脱ぎ捨てた衣類を拾い集めようとした。その時だった、何かが這いずるような音が聞こえたのは。

 満身創痍のタタラが文字通り這う這うの体でこちらに近づいている音だった。

 血に汚れた眼球から感情は見えないものの、硬く握りしめられた拳からは、獲物がなくとも海上憲兵としての使命を果たそうという心意気が窺える。


「呆れた。諦めの悪さをしぶとさと勘違いしているその態度にはムカつきしか感じないわね」


「……ずっと……」


「?」


「戦いながら……お前の体の異常な硬さを……その正体を探っていて……ふと思ったんだが……」


 こつん、と卵の殻さえ割れないような弱弱しいパンチが、バヨネットのむき出しの脚に当たった。

 斬撃の魔人に触れた者に与えられる絶対的な末路を迎え、元から傷だらけだった手は更に切断される。握り拳が、水気の多い泥で作った泥団子みたいにぐしゃぐしゃになった。

 しかし、タタラは変わらぬ調子で、言葉を紡ぐ。


「お前、もしかして鉄でできてるんじゃないか?」


 それと同時に、バヨネットの体は変成した。

 タタラがこれまで扱ってきた鉄器のように。


「え」


 バヨネットのすらりと伸びた脚が捩じれ、しなやかな腕が膨張し、小さな関節が崩れ、細い胴体が破裂し、体内がかき回され、透き通るように白い皮膚が波打つ。

 『鉄器変成』──“魔剣狩り”が鉄天使バーゼルから賜った寵愛である。


「がああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあ!」


「鉄で出来た生き物……鉄人ゴーレム……調律師殿の堕天に伴い、屍人ゾンビらのように発生件数が急増したと言われている種族か……?」


 タタラの知識にある鉄人ゴーレムは、『辛うじて人型に見えなくもない姿に繋ぎ合わされた鉄塊が生命を得たもの』であり、バヨネットのような美麗な少女の形をしたものは見たことがなく、その為、今の今までその可能性に思い至ることができなかったのだが、『鉄器変成』が効いた以上、この考察が当たっていることは間違いあるまい。

 それが分かったところで、あの斬撃については未だに謎だが──しかし、不明な部分が多い脅威に大打撃を与えられたのだ。前衛的なオブジェみたいな外見になったバヨネットは、まだ息があるようだが、長くはもつまい。死に際の攻撃としては花丸を貰ってもいいくらいである。

 そして、謎と言えばもうひとつ。

 自分はどうして、この少女に興味を持っていたのだろうか?

 その答えを結局見つけられないまま、タタラは息を引き取った。 


 ◆


 何十年もの間変わることがなかった体が、しっちゃかめっちゃかに変形している。あまりの苦痛に視界が歪んだ。……いや、ひょっとすると実際に眼球が歪んでいるのかもしれない。実際に触って確認したくなったが、手足が子供の落書きみたいになっているバヨネットに、それは不可能だった。


「このまま自分の本当の名前すら知れないまま、私は死ぬのね……」


 タタラが死に際に言っていた台詞から、探し続けていた自分のルーツに繋がるかもしれないヒントを得られたのは僥倖だが、その結果瀕死に追い込まれては素直に喜べない。なまじ糸口を掴んでしまった分、これ以上の探求が不可能という絶望は途轍もないものである。

 死の気配が迫る中、バヨネットのこころは暗く沈んだ。

 その時、もう碌に機能していないバヨネットの聴覚が、何者かの足音を捉えた。

 トリガーが戻って来たのか? 

 それとも、彼女と戦っていた占い師風の子どもが駆けつけたのか? 

 現れたのは、そのどちらでもなかった。


「『生き動くタイトルロール』」


 血の匂いに満ちた空間を切り裂くようにして、声が響く。


「それが君の名だ──『人の形を持った、生きる魔剣』にアヴァロンが与えた銘だよ」


 それは、とても美しい声だった。


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