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ゴーゴーストーリー  作者: 女良息子
第五章 腕鳴らしとマクガフィン
129/193

128「星天使・コハベル」

 占星術師という少年が堕天使であることについては、これまで文中で何度か触れてきたものの、彼が元は何を司る天使であったかについては、これまで明かしていなかった。

 瞳に星を宿す少年の正体について、きっと数多くの読者諸兄が頭を悩ませ、謎深き迷宮のゴールに辿り着く前に挫折したと思われるが、ここで溜めに溜めて勿体ぶってきた、とびっきり意外な答えを明かさせてもらうと、星の天使だ。

 『星天使コハベル』──星を生み出し、星を司り、星を掌握し、星を支配し、星を管理し、星を識る天使。

 それが、占星術師の堕天前の立場である。


「そんな僕がさあ★ 元『星天使コハベル』で、今は偉大なるアトランティス総帥に仕えている僕が! お前みたいにチンケな輩にいいように動かされただって? ありえないありえないありえないありえないッ★」


 元天使としての尊厳が、海上憲兵としての矜持が、自分の身に起きた出来事を否定する。

 どれだけ吠えた所で、占星術師の移動を誘導していたトリガーにとって、彼は恐怖の対象とならなかった。たとえ、元天使だとしても。

 彼女がバヨネットとタタラから離れるように動いたのは、占星術師が扱う威力と規模の大きい『攻撃』を、仲間から極力遠ざけるためだ。無論、トリガーの糸ですら傷ひとつ付けられないほどに硬質な体をしているバヨネットなら、地面を穿つ威力の攻撃であっても蠅程度にしか感じないかもしれないが、蠅なら邪魔だろう。だからトリガーは堕天使を誘き寄せた。離れた場所へと。

 糸使いという空間把握能力の高さが求められる技能を極めた彼女だからこそできた芸当である。


「…………」


 トリガーは無言で指先を動かす。それに呼応するように糸が走り、空間を蹂躙した。一部の隙も無いように思える攻撃にあった僅かな隙を『星見』で看破した占星術師は、そこに目掛けて勢いよく飛び込む。

 威勢のいいセリフを吐く割りに、占星術師は防戦一方となっていた。先ほどまで披露していた『攻撃』も、今となっては余裕がないのか、発動されていない。

 このままならあともう少しで決着がつく、と確信したトリガーはじわりじわりと糸を張り、逃走経路を着実に潰していく──幾度かの攻防の末、『星見』でも躱しきれなかった一本の糸が、少年の細い足に絡みついた。

 片脚を掴まれた占星術師はバランスを崩し、その場で転ぶ。高級な生地で作られた紫色のベールが土で汚れた。

 戦いの最中に足を取られるという絶望的な状況、しかし、地面に転がりながらトリガーを睨む占星術師の目にあるのは、恐怖でなければ諦めでもなかった。

 追い詰められた獲物の顔ではない。

 むしろその逆。

 獲物を追い詰めた狩人の顔だ。

 占星術師は視線で上空を指し示す。

 トリガーは黙って上を向いた──目に映ったのは、空を埋め尽くすほどに大量の隕石だった。


「⁉︎」


 星屑の大群は帝国の空を裂き、占星術師の周囲一帯に降り注ぐ。

 それはとても幻想的であると同時に、終末的な光景だった。

 ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァッ! 

 という、何十発もの爆弾をまったく同時に鳴らしたような轟音が鳴り響く。これだけでちょっとした音響兵器として運用できそうな音量だ。

 隕石──墜落する『星』の屑。

 それが元『星天使コハベル』の占星術師が使う、強力な『攻撃』の正体だ。先程彼はこれを使って、メェケンの体に幾度も穴を開けてみせたのである。

 これほどまでに大量の『星』が落ちれば、張った糸で軌道を逸らしたところで意味はない。これまで形成していた糸の陣形は瞬く間に破れた。トリガーは糸で作った繭で、自分だけを辛うじて守る。

 マップ兵器じみた質量攻撃の総突撃は、周囲に立ち並ぶ民家の尽くを破壊し、発生した瓦礫すらも押し潰した。先の教国の侵攻により、ここら一帯の民間人はとっくに別所に避難していた為、人的被害は出ていないものの、圧倒的な破壊である。周囲にタタラを含めた味方がいないからこそ、可能な攻撃だった。

 建物が崩れ、物が壊れ、地面が凹む──その末に残ったのは、何も残っていない荒野だった。

 その中心にて佇む占星術師は、薄く笑っていた。


「この数の星屑を一気に落とすのは、いくら『()()』していても、時間がかかったよ☆」


 その態度からは、先ほどまであった戦意や悪意のような黒い感情が消えていた──必要なくなった、と言うべきか。

 何せ、彼の勝利は確実となったのだから。

 再び、氷を入れたグラスを振った時に鳴る音のような声で、堕天使は自慢げに語る。


「自由自在に張り巡らされる糸と言っても、本当にどこでも自由に自在でいられるわけじゃあない☆ その性質上、糸を引っかける何かの存在が必要不可欠なはずだ☆」


 聳える壁や伸びる木の枝が無い虚空に、蜘蛛が巣を張れないように。

 こうなっては、多方向からの糸の攻撃は出来ない。流星群への対処で発動した糸の繭も、こんな更地では十分な強度の物を作れないだろう。

 何もない荒野にて、糸使いはあまりに無力だった。


「だけど、無能ってわけじゃあないだろう? 糸の生成能力まで失われたってわけじゃあない。僕に向かって手から直接糸を発射することは出来るだろうし、極端な話、自分の指と指を使えば、そこに糸は張れる☆ 君の糸の強度を持ってすれば、それだけでも十分に恐ろしい近接武器になるだろうね☆」


 そこまで理解した上で、占星術師は余裕の姿勢を崩さない。

 彼はもうひとつ理解しているのだ。たとえトリガーがそのような行動を取った所で、勝つのは自分だと。

 傲慢に、高慢に、考えているのだ。


「来なよ☆ 君の糸と僕の星、どちらが強いか試そうぜ☆」


「…………」


 これまで踊り、踊らせてきた両者は、ここで初めて正面から真っ直ぐ対峙する。まるで、サトー・ロータローが住んでいた世界における、西部劇のガンマンの決闘みたいな雰囲気だ。

 バッ! と、トリガーは前傾姿勢を取り、開いた手を占星術師に向かって突きつける。それと同時に、轟音が彼女を貫いた。

 体に開く大穴。穴ぼこだらけの地面に新たに加わるクレーター。視界が赤く染まる中、蜘人アラクネは死力を尽くして、最後の糸を射出する。

 ワイヤーを上回る硬度を持つ糸を、占星術師は軽くサイドステップで避ける。耳の端に擦り、少し血が滲んだが、それだけだ。

 これまで多様な方向から飛んできた糸を『星見』で回避し続けてきた彼にとって、正面からくると分かっている攻撃は、その程度のものだった。


「ああっ☆ 演出家気取りの思い上がった虫ケラが作った状況すら利用してしまうなんて、ボクは凄いなあ☆ アトランティスさんからまた褒められちゃう☆」

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