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ゴーゴーストーリー  作者: 女良息子
第五章 腕鳴らしとマクガフィン
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127「奥の手」

 蜘人アラクネ

 この世界に住まう多種多様な生物の内のひとつである。

 読んで字の如く、蜘蛛と人間が合わさったような特徴を持っており、その中でも特に最たるものが、糸の精製と操作だ。

 本来、彼らはその能力を住処の作成や狩りの道具として使うことが多いのだが、傭兵団所属の蜘人アラクネ、トリガーの場合は、その技術を更に戦闘や索敵の方面へと特化させていた。

 糸で縛り、糸で探り、糸で封じ、糸で戦い──糸で殺す。

 一本一本が極細で、非常に高い耐久性を持つ白糸を、己の肉体の一部のように扱うトリガーは、相違なく、至高の糸使いだ。

 そんな彼女に体を拘束されれば、後に待ち受けるのは覆しがたい敗北だけだが、そこは流石堕天使──占星術師は、自分を縛る糸に向かって『攻撃』を発射。

 周囲の空間に糸とは別種の『何か』が横切り、それと同時にぶちぶちと糸が千切れる音が鳴る。自分の胴体を包む糸が緩んだのを確認するや否や、すかさず拘束を突破し、糸使いと距離を取る。

 続けて、占星術師は横に飛び、自分目掛けて伸びてきた糸を回避した。

 十字の光が灯る彼の瞳に、太さミリ以下の糸は映っていない。仮に映ったとしても、背後の糸を視認できるはずがない。

 では、なぜ占星術師が回避できたのかというと、それは『星見』によって予知をしたからだ。

 星が出ていない今だと、精度がそこまで高くない小範囲の『星見』しかできないが、自分を襲う糸が一瞬後にどの方向からやってくるのかを知るくらいなら、可能だった、

 彼はそのまま続けざまに放たれた糸を避け、されてばかりでいられるかと『攻撃』を放つ。頭上の空間を貫く何か。トリガーは自分の頭上にも糸を張っているのか、落ちてきた『攻撃』は軌道を逸らし、彼女からそう遠く離れていない地面を穿った。


「随分と上等な糸だね☆ さっきはそれで、僕がメェケン指名手配犯に放った『攻撃』を逸らさせたのかな☆」


 相手の力量を探るためか、それとも会話で時間を稼ぐためか、占星術師は問いかけた。トリガーは答えない。


「全然喋らないなあ……☆ たしか、蜘人アラクネにも声帯はあったはずだけど☆」


 まさか半分虫の蜘人アラクネだけに、無視しているわけじゃああるまいし。

 攻撃を躱し、攻防を交わしながら、占星術師は考える。

 そもそも、彼らは何者で、どういった理由でメェケンと行動を共にしているのだろうか?

 服装を見たところ、統一性は見受けられないし、所属を表すマークのようなものも付けていない。

 謎に満ちた集団だ。

 いや、とは言っても、彼らの目的が『マクガフィン』にあるであろうことは、先刻、鎧姿の少女がタタラに向かって発した台詞で判明しているけども、しかしメェケンというトラブルメーカーとの同行は、かなり危険性のある行動だとしか思えない。余程大きなメリットがなければ、それを選択することはないだろう。下手をすると、『メェケンを味方に引き入れたこと』が失敗の原因になりかねない。


 ──おまけに、ここから去って行ったバレルとかいう奴は、メェケンをわざわざ起こしていたよね☆


 彼女に対して、そこまでする価値があるのだろうか? ──そこまで考えた占星術師は、ふと気付く。

 自分がタタラとバヨネットから離れた位置まで移動していたことに。

 先ほどまで視界の端で捉えられていた魔人と魔剣狩りの姿は、今となっては名前も知らない建物を幾つも隔てた向こう側に隠れていた。

 偶然か? ──否、違う。

 トリガーの糸を避け続けた結果だ。

 落ち着いた雰囲気で佇む糸使いは、占星術師の『攻撃』の射程が広範囲に渡ることを知り、まるで糸で手繰り寄せるようにして、堕天使を誘導してみせたのである。


「こんのッ……★ 虫風情が……★」


 自分が相手の思い通りに動かされていたという事実を知った占星術師は、割れそうなくらいに強く奥歯を噛み締める。

 先ほどまで鳴り響く鈴の音のようだった声が、黒く濁り始めた。


 ◆


 魔剣狩りのタタラは思い出す。これまでの戦いを。


 たとえば、『焚き焦がすブックバーニング』。

 刀身から絶えず炎熱を発する魔剣だ。たった一振りで、軍勢を焼き払うことができるという。

 そんな代物が一国の、あるいは海上憲兵の兵器として運用されていたのならよかったが、実際のところ、それの持ち主は国家にも海上憲兵にも属していなかった。

 何処にも属さぬ悪党だった。

 己の欲のままに世を渡り、歯向かうものには魔剣でもって制裁を下す──そんな、考えうる限り最悪の性格をしていた賊徒が、『ブックバーニング』のかつての所有者である。名前は……憶えていないが、彼が歩いた道がひとつの例外もなく黒く焼け焦げていたことから、“黒道作り”の異名を冠していたことは覚えている。

 激しい戦いだった。『ブックバーニング』が放った炎の輝きは、今もタタラの目に強く焼き付いている。眼前に迫った炎の奔流を生成した鉄の盾で防ぎ、その直後に生じた“黒道作り”の隙を狙って致命的な一撃を放っていなければ、負けていただろう。


 たとえば、『屠り殺めるハウダニット』。

 物騒な名前のわりに直接的な戦闘能力はないのだが、『「ハウダニット」以外で持ち主に与えられる攻撃を、どんなものでも無効化する』という異能は、実に面倒なものだった。

 加えて、その持ち主はとある国の騎士団長であり、剣士としての実力は申し分ない。こちらの攻撃の悉くを無効化する敵との戦いは、悪夢のようだった。

 戦いの最中で『ハウダニット』の性質の致命的な欠陥に気付かなかったら、今頃自分は生きていないだろう。


 頭の中を駆け巡る、いくつもの戦いの記憶。

 そのどれもが壮絶であり、死線に満ちていた。

 その末に、自分は立っている。

 “魔剣狩り“として、魔剣ならぬ剣を握っている。

 これまで戦ってきたアヴァロンの剣の所有者は、多かれ少なかれ、事前に得ていた情報があった。“魔剣狩り”という攻める側の立場であれば、獲物の情報を出来る限り調べるのは当然である(ちなみに、今回スプリ帝国に出向く際にも『マクガフィン』について調べはしたのだが、その情報は異常なまでに少なかった)。

 しかし、此度対峙する相手である、魔剣どころか武器すら持っていない少女──彼女は名前や所属どころか、何もかもが一切合切不明だった。

 正体不明にして、詳細不明。

 謎の存在である。

 そんな相手との戦いに、タタラはこれまでにないほど高揚していた。仕事に私情をあまり挟まないタイプであるはずの自分が、そんな気分になるのは、我ながら驚きだった。しかし、高ぶる気持ちは収まらず、武器を握る手に力が籠る。

 そもそも、ふたりの出会いを思い返してみると、タタラからバヨネットに突っかかっていたのだ。思えば、あの時点から、彼女に惹かれる何かを感じていたのかもしれない──自分に少女性愛の趣味は無かったはずだが……。


「──ははっ」


「何を笑っているのかしら。自分の死期を悟って、頭がおかしくなったの?」


 必殺の間合いにて、バヨネットの髪が揺らめいた。その一本一本が、斬撃を孕んでいることは、学習済みである。

 銀色に輝く毛先が肌に触れるまであと数センチとなったところで、タタラは己が手の内にある鉄器を『変成』させる。

 小ぶりなサイズで両者の間に収まっていた短剣は、一瞬にして伸長する。もしも、この場に異世界からの転移者、サトー・ロータローがいたら、『西遊記』に描かれる孫悟空の武器、如意棒を連想していただろう。普通の人間が食らえば体に穴が開く威力だったが、体の硬度が極めて高いバヨネットは、それを真正面から受けても吹き飛ばされるだけだった。

 彼女の背後に建っていた家屋は魔人の衝突を受け、賽の目に切断される。

 細切れになった瓦礫が崩れる中、倒れているバヨネットに向かって、タタラが一直線に飛び掛かった。その手には、棍棒状の鑢が握られていた。

 現状、バヨネットに効く攻撃は、『削る』だけだ。しかし、それを大人しく食らってくれるバヨネットではない。なので、タタラはまず、『変成』させた鉄器の数々で翻弄し、その最中で隙を見つけて本命の攻撃を仕掛ける、という方向で“狩り”の計画を固めたのだ。

 振り落ちる鑢。狙うは頭。しかしバヨネットは首を動かし、脳天ではなく肩で受け止める。ぞぎり。体中に響く、嫌な音。バヨネットは苦痛に顔を歪めながら、カウンターとして蹴りを放ったが、タタラはバックステップで器用に避けた。


「……仕方ない」


 バヨネットは荒い息を吐きながら立ち上がり、


「本当なら、こんな所で使うつもりじゃなかったけど、バレルたちに早く追いつかなきゃいけないし──奥の手を使うわ」


 胴体部分を覆っていた、残り全ての装備を脱ぎ捨てた。


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