126「糸」
逃げたサーミィを追いかけたバレルたちが、その先で見つけたのは、メェケンとバヨネットのふたりだった。
正確にはそれに、あたり一面に散らばっている元人間と思しき肉片を加えた三人である。
血塗れのメェケンはこちらの姿を認めると、
「あぁ~⁉」
と声を上げて、バレルの顔を行儀悪く指さした。
「船が沈没した後でどこをほっつき歩いてるのかと思ってたけど、こんな所にいたのお前らア⁉ ったく、どこで油売ってたのさ」
再会した相手に向かって開口一番に出てくるのが文句という性格の悪さを披露すると、メェケンはやれやれと肩を竦めた。
「こちとら大変だったんだよ? 島に上陸して早々、海上憲兵のヤベえ奴に遭遇して、体中がチーズみたいに穴だらけにされてさあ──あっ、今もちょうど、海上憲兵と出会ったんだよね」
すぐ殺したけど──と言って、元海上憲兵のヤベえ奴は自分の足元を見下ろした。
そこに広がる血の海には、名も知らない誰かの肉片が転がっていた。今となってはどんな顔をしていたかさえも定かではない。
こうなっては蘇生することは不可能だし、尋問にかけて情報を引き出すなんてことはもっと無理だ。
「いやー、焦ったよね。曲がり角から飛び出てきたのが、海上憲兵だったなんてさ。この私にぶつかってきた罪と合わせてソッコーぶち殺し確定だったよ」
自慢げに語るメェケンの背後には、彼女に冷たい視線を送っているバヨネットが立っていた。
バレルとしては生け捕りが望ましかったが、取り逃がしてしまうことに比べれば、死なせてしまったほうがマシだろう。そう思うことにした。
それに、こうしてメェケンとバヨネットのふたりと合流できたのは僥倖である。混沌渦巻く戦場において、一度分かれた味方との再会なんて、たとえトリガーの糸による探索があっても、非常に可能性が低いことだからだ。
バレルたちはそのまま簡単な情報交換を済ませると、『マクガフィン』が眠る帝国の中枢へと足を進めた。
◆
「そういえばさ」
堅牢にして巨大な基地の姿が見えてきたころ、メェケンは言った。
「私って、先に死んだスコープって奴のリザーバーとしてお前らに拉致されたけど、具体的にはそいつの代わりにいつ、どこで、どんな役割をすることを求められてるの?」
それは今更すぎる質問かもしれないが、これまでそんなことを聞く機会も余裕もなかった以上、仕方のないことだった。
別に、メェケンは自分が任される職務に対して興味津々なわけではない。そんな真面目が欠落しているのが、彼女という人間である。
メェケンがそのような疑問を投げかけたのは、単に、自分の体内に居座る毒物を解除する条件をしっかりと把握しておきたいという保身が理由だ。
「『マクガフィン』を守る『鞘』の中でも、群を抜いて強い奴がいる──ガトーだ」
バレルは答えた。
「彼女の強さは常人を超越した剣術はもちろん、将としての求心力もある。だが、それ以上に恐ろしいのは、戦士としてのしぶとさだ」
事前に調査をおこなっていたのか、詳らかな情報が、川を流れる水のように溢れ出る。
「かつて勇者一行に所属していた“不死鳥”を思わせる耐久性に、これまで多くの敵が散っていったという。彼女に対して生半可な攻撃をしても通用しない。逆に、カウンターとして放たれた剣であっさり冥府へ送られるだろう。おまけに、戦士として見習いだった頃には、世界各地を転々として、様々な毒への抗体も獲得したらしい。正直、俺の寵愛でも勝てるかどうかは五分五分だ。効く毒を模索している間に、首を刎ねられるかもしれないね」
体の内外ともに、強固な防壁を築いているのだ。人の形をした城塞という表現がぴったりな戦士である。
頑丈な体を持つ、強靭な敵──そんなものを相手に、どう戦えばいいのか?
「簡単だ。体が頑丈っていうなら、体そのものに干渉して、めちゃくちゃに弄ってしまえばいい。例えば、主要な臓器が機能不全を起こすように首や胴体を伸長させたり、あるいは──粉々に破壊したり」
「…………」
ずいぶん乱暴で、単純で、明快な回答だった。
しかし、だからこそやりやすいし、破綻の余地もなさそうに見える──この場合、破綻の可能性があるとすれば、『肉体破壊』の寵愛保持者のメェケンが、傭兵団に謀反することくらいか?
……ありえないとは断言し難い展開だ。
ともあれ、やるべきことが手で触れるだけとは、簡単すぎる仕事である。拍子抜けだ。
まあ、バレルは最初から『「躰天使」の契約者にしかできない仕事』と言っていたので、それで触れるだけで終わらない仕事を期待されていても、困っていたけれど。
「いやア~、楽な仕事で終わりそうで何よりだよ。これで、毒の心配はもうしなくていいかな。今はそれよりも、この辺にウジャウジャいる海上憲兵どもをどうするか考えたほうがいいか」 メェケンの背中から血しぶきが噴出した。 「もねっ!」
背中を襲う痛みに倒れながら、メェケンは見た。自分の背後に、海上憲兵所属の剣士、“魔剣狩り”のタタラがいたことを。
彼は続けてトリガーの心臓に鋭い突きを叩き込み、彼女は遥か後方に向かって飛んで行った。
「ほんぎゃっ!」
メェケンは地面に倒れ、顔面を強かに打ち付ける。
「肉体再生』の寵愛を持つ彼女にとって、背中をちょっと引っかかれた程度の傷は致命傷に入らない。それを理解しているタタラは、先端を銛のように変成させた剣で、彼女の頭を貫こうとし──バヨネットによって防がれた。
幼女の手と黒光りする刃物が交差し、咲いた火花が彼らの表情を照らす。
「またアンタ……? アタシの邪魔しかできないの?」
心底苛立たしそうな口調で吐き捨てるバヨネットに対し、タタラは続けて二度、三度の斬撃を浴びせた。
本来なら一撃一撃が致命になる攻撃をそよ風のように受け流し、反撃としていつの間にか籠手を脱ぎ捨てていた腕で、ラッシュを放つ。タタラはそれを器用に躱してみせた。
「ここは私が引き受ける。バレルはそこで転がってる馬鹿を連れて、先に向かいなさい」
別に、自己犠牲の精神が発露されたわけではない。
むしろその逆──極めて私的な理由。かつて痛い目に合わされた相手を次こそきっちり殺すために、バヨネットはタタラの相手をすることにした。
彼女の指示を受けたバレルは、急いでメェケンを起こすと、もう目と鼻の先まで来ている帝国の中枢に向かって、去っていった。
「させるか☆」
きらきらと輝く声で叫んだのは、タタラではなく、彼の背後に隠れるようにして立っていた黒髪の少年、占星術師だった。『マクガフィン』の確保、およびメェケンの逮捕のために、タタラと同行していたのだ。
彼の言葉と同時に、メェケンの上空を『何か』が通り過ぎ──直後、彼女の真横の地面が陥没した。肝心の狙いである逃亡犯には、傷一つついていない。
「? どういうことだ……☆」
クレーターを形成するだけでも十分凄いが、占星術師がしたかったのは力の誇示ではない。本来なら凹んでいたのは地面ではなく、メェケンの体である。しかし、その狙いは逸れた──逸らされた。
「トリガー」
タタラと目にも止まらぬ攻防を繰り広げながら、バヨネットは言う。
「そろそろ起き上がったらどうかしら? 私の戦いに加勢しろなんて言うつもりはないし、むしろそんな、水を差すような真似はしてほしくないんだけど、あの屑を助けるなら、そのついでにこの子供の足止めもしてくれない?」
心臓を突かれた仲間は返事をしない──いや、そもそも口数がないトリガーが、返事をするはずがなかった。
人体の中央に位置する部分に重い一撃を食らった彼女は、しかし、何事もなかったかのように起き上がり、指先を滑らかに動かした。まるで、ピアノの演奏者のような動作だった。
同時、何十本もの糸が、空間内に張り巡らされる。
その刹那、占星術師は見た。トリガーの胸元──突き破られた暖色系のコートの内側に、編まれた糸があることを。まるで防弾チョッキのようなそれは、傷ひとつついておらず、糸使いがそれでもって、魔剣狩りの一撃を受け止めたことは明白であった。
糸の大群が殺到し、占星術師の体を締め上げる。
「ぐっ☆ ……こいつ……まさか……☆」
圧迫感に苦しみながら、占星術師は理解する。
自由自在な糸の操作、それに使われている糸の色から、トリガーの正体を看破する。
「蜘人か☆」




