124「有終悲惨次元隊の終わり」
“直閃”のサムの戦法は、極太の槍を抱えて全速力で走るという非常にシンプルなものである。そこには小賢しい戦法や、細かなテクニックなんてものは一切ない。
しかし、そんな単なる膂力のごり押しも、山と見まがう程に筋肉を付けた巨漢が行えば、圧倒的な脅威と化すのである。その上、『教会』所属の炎使い・クルミにとって、サムはもうひとつ別の意味でやりにくい相手だった。
五十メートルほど離れた位置に立つサムが、こちらに槍を突き付ける。先端がぎらりと閃いた瞬間には、地面が剥がれるくらいの勢いで走り出していた。
クルミは両者の間に『永遠燃焼』で炎を展開する。槍使いは速度を一切緩めないまま、紅蓮のカーテンへと飛び込んで行った。
普通なら、これでサムの命はおしまいである。『永遠燃焼』の炎から出てきた頃には、全身が永久不滅の炎に包まれているだろう。そうなれば、確実に戦闘不能だ。
しかし現実は、その予想を裏切った。
炎の中から姿を現したサムは火達磨になっていなかった。火傷を負っていないどころか、身に着けている衣服すら焦げていない。
彼はそのまま重機関車の如き速度で地面を駆け抜け、敵対者を貫かんとする。
「!かたま……」
クルミは舌打ちを鳴らしながら、紙一重で躱した。サムの軌道は二つ名の通り直線的であり、回避自体はさほど難しくはない。
問題はその後だ。
大質量の巨漢が高速で通り過ぎると同時に、周囲に凄まじい突風が発生し、回避直後で体幹が不安定なクルミを襲う。足腰に力を込めて踏ん張ろうとしたが耐えきれず、彼女は宙を舞った。地面に叩きつけられる直前、手足を生かして上手い具合に着地する。その瞬間を狙って何処かから弾丸が飛んできたが、高熱の炎で消し飛ばした。
おそらく、サムが炎の浸食を防いでいるのは、この突風が原因なのだろう。
巨大な槍で空気の壁を突き破りながら移動することで発生する風。これが炎を散らしているのだ。
たとえ相手が幾重もの防衛線を築いていようと、重厚な鎧を身に着けていようと、クルミは丸ごと焼き払えるだけの力を持っている。しかし、風という不可視の壁は、超えることが出来なかった。
「ふむ。どうやら、オレとお前の相性は最悪みたいだな」
得意げに笑うサム。勝利を確信した者のみが浮かべられる表情だ。
彼は槍をクルミが立つ方向へと突き付けた。
代わり映えのない、単純な技──だからこそ、恐ろしい。
「たっか良」
「ああん? 何て言ってるのか全然分かんねえな。すまねえが、遺言を聞けそうにねえや!」
サムはそう言い捨てると、音に匹敵するほどの速度で走り出した。今度こそ、恐れ多くも帝国に弓を引いた敵を滅するために。
「だんたっ言てったっか良てれ知を点弱の分自、に前る入這に陣本の敵」
先ほどと全く同じようにこちらへと迫るサムに対し、クルミもまた、先ほどと全く同じように炎の幕を下ろす。
馬鹿め──サムは心中でほくそ笑む。
──寵愛保持者が陥りがちなパターンだな。頼りにしていた力が無効化されても、それ以外の戦い方を知らねえから使い続けてしまう。やれやれ、みっともねえなあ。
同じことを何度繰り返したところで、永遠不滅の炎が、猛進する槍使いの肌を撫でることはないのだ。
もしも、サムが炎のど真ん中で足を止めれば話は別だが、そんな自殺同然の行いをするはずが──ずこっ。
サムは炎の真ん中で転んだ。
バランスを崩した拍子に槍を手放してしまい、顔から地面にダイブする。その瞬間、今まで前方に走る為に使用していたエネルギーすべてが、自分目掛けて襲い掛かった。途轍もない勢いで地面と接触した肌は、がりがりと削れ、中の肉を露わにする。
しかしこの程度の負傷、大したことはない──『永遠に燃える火』が体についてしまったことに比べれば。
転ぶと同時にスピードが緩み、風の鎧が消えてしまう。そうなれば、炎を退ける障害はもうどこにも存在しない。サムは地面に伏せたまま、炎熱から一方的な浸食を受けた。
「ふぎゃああああああああああああああああああああ⁉」
多種多様な痛みへの反応として、悲鳴を上げる。開かれた口から炎が這入り、肺を焼いた。
大きな体を転がして、火を消そうとする。彼の動きに合わせて大地が揺れた。しかし、どれだけ必死になっても、火が消えることは無かった。
苦悶と共にサムの脳内にあったのは、疑問だった。
どうして自分は転んでしまったのだ? 足が絡まった? いや、まさか。そんなことはあり得ない。
激痛で意識が朦朧とする中、サムは自分が走ってきた道に目を向ける。見ると、地面の一部が凹んでいた。
まるでそこで爆発が──爆炎が生じたみたいだった。
サムはそこに足を引っ掛けて転んでしまったのである。
──そ、んな……。
クルミはただ無策に、炎のカーテンを展開したわけではない。
それで覆い隠された裏側で、サムが通るルート──直線なので分かりやすいことこの上ない──にあたる地面を爆炎で抉っていたのだ。
己の敗因を知ったサムは、後悔を抱きながら黒焦げになり、最終的に骨も残さず灰になった。
◆
『有終悲惨次元隊』のひとりであるネモフィは、『教会』所属の氷使い・ミルクに向かって斬りかかっていた。
無論、ミルクもただやられっぱなしではない。空中に生み出した氷柱をミサイルのように落下させる。しかし、ネモフィは上下左右前後に自由自在な剣舞によってそれらを容易く躱してみせた。見ているだけで距離感が狂いそうになるその動きは、とても魅力的であり、思わず引き込まれてしまいそうだ。されど忘れることなかれ、これは見る者を楽しませる舞踏ではなく、敵対者の命を奪う武闘の剣である。
ミルクは眼前に迫る刃をギリギリで躱す。中~遠距離でこそ高い威力を発する『永遠氷結』にとって、超近距離戦を仕掛けてくるネモフィはやりにくいことこの上なかった。
一応、周囲の空気を、少しでも呼吸すれば肺が凍てつく程度には低温にしているのだが、三次剣の動きは一向に衰えない。どうやら自ら呼吸を制限しているらしい。
ならば、と全身を丸ごと氷漬けにすべく、意識を集中させる。しかし、殺気か空気の変化からそれを察したのか、ネモフィは自身に纏わりつこうとした冷気を切り刻みながら、凄まじい勢いで後退した。
「どうだい? 帝国最強のガトー様には遠く及ばないけど、ボクの剣だって中々のものだろ?」
自己愛がたっぷり籠った表情で自慢するネモフィ。
「まあ、キミの力もかなりの物だと思うけどね」すぐそばの地面に突き刺さっていた氷柱をノックするように軽く叩く。「永遠の氷を生み出す寵愛なんだろ? いいね。ボクの美しさを氷の中に永遠に保存できるのかと思うと、それを食らってみるのも悪くない気がするよ」
「だったら大人しく死んでくれない?」
鼻につくネモフィの態度に対して冷たく言い放つミルク。
気が付けば、先ほどまで曲がり角に居たはずの狙撃手・アリッサは姿を消していた。
まさかミルクに与えた掠り傷ひとつだけで満足して帰ったということはあるまい。自分に攻撃の手が届かないように、別の場所に身を移しただけだろう。スナイパーらしい姑息な戦法である。
その証拠に、不定期に飛んでくる弾丸の雨は、今もなお途絶えていなかった──空気中に生み出した氷の結晶で、銃弾を弾く。
どうやらミルクたちと正面から戦うのはあくまで剣士と槍使いのふたりであり、アリッサはその支援を担当しているらしい。美麗なる剣技に集中しすぎて、他への注意が疎かになっていたところを弾丸でズドン……という作戦なのだろう。やはり姑息だ。
「さて、どう倒せばいいんだろう……?」
「倒し方よりも、生き残り方を考えた方が良いんじゃあないか? このままだと、キミを待ち受ける未来は挽肉一択だぜ」
「?……あ、なにか勘違いしているのかな」
なに? とネモフィは聞き返そうとしたが、彼の口が言葉を紡ぐことは叶わなかった。
なぜなら、どこかから飛んできた弾丸に、顔面を撃ち抜かれたからである──彼の自慢の美貌に、赤黒い穴が開く。
予想不可能の銃撃だった。
「は……?」
「私が倒し方で悩んでいたのは、貴方じゃない。どこにいるのかも分からないスナイパーの方」
飛び込んできた弾丸に頭の中身をぐちゃぐちゃにかき回されたネモフィは、倒れながら思考する。
弾丸の出所として真っ先に思いつくのは、アリッサだった。
まさか、彼(彼女)は帝国を裏切り、教国へと寝返ったのか?
いや、それはありえない。
ネモフィにとってアリッサは、『有終悲惨次元隊』としてフレイタワードに忠誠を誓い、激しい訓練を共にした仲間だ。そんな彼(彼女)に感じる絆は、血の繋がった身内に匹敵する。
ならば、氷使いのミルクが、ここで急に宗旨替えをして銃使いになったのかというと、そんなことはあるまい。
ネモフィはミルクの一挙一動に注目していたが、彼女は銃を取り出すどころか、懐に手を入れてさえいなかった。ネモフィの視界が捉えた直近のミルクの行動と言えば、アリッサが放った弾丸を、空気中に生み出した氷の結晶で弾いたくらいで……。
「まさか……嘘だろ?」
一度気が付くと次々に分かってくるものであり、よく目を凝らすと、ミルクの周囲の空気中には小さな輝きがいくつも漂っていた──氷の結晶だ。
彼女はこれらで弾丸を跳弾させたのだ。
氷使いが銃弾を使うはずがない、という思い込みの隙を突く攻撃である。今までミルクの攻撃をいくつも無力化させてきたネモフィですら、これを躱すことは不可能だった。
顔から零れる血の勢いは一向に衰えない。
ネモフィはそのまま、苦痛に歪んだ醜い形相を晒して死んだ。
◆
「拙いです。殺人的に拙いですよ。まさか、あのふたりが倒されたなんて」
狙撃と移動を繰り返した末に辿り着いた場所にて、アリッサは呟いた。その手に握られている銃器は、遠距離の狙撃に適したスナイパーライフルに変わっている。
スコープ越しに灰となったサムと血の海に沈んだネモフィを見つめた後、侵入者二名に視線を移す。
彼女たちは五体満足の健康体だった。軽い怪我を負ってはいるものの、進軍の妨げにはならないだろう。
「ああ、どうしましょう。残るは私だけですか。サムとネモフィを倒したふたりを相手に、たったひとりで戦えと──殺人的にぞっとするシチュエーションですね」
そう言いながらも、アリッサの声音は絶望に沈んではいなかった。
何故なら彼(彼女)には策があったからだ。
「ここで自棄になって弾丸を撃ち放つなんて殺人的な愚行を、私はしませんよ。ただ、待つだけです。じっくりと。その結果、あの少女たちを中枢まで行かせてしまうことになるかもしれませんが、それでも待ち続けてみせますとも」
狙撃手の考えどころか所在すら知らないミルクたちにとって、敵が『待ち』の選択をしたなんて分かるはずがない。
今にも弾丸が飛んでくるかも……次の瞬間には……という警戒心を抱きながら、これからの道程を進み続けることになるのだ。
「それは酷いストレスになるでしょうね。殺人的なストレスだ。果たして貴方たちは、それにどれだけの時間耐えられるのでしょうか? 中枢までの道中ならともかく、そこを防衛するガトー殿との戦いの最中にまで私の存在を警戒し続けられますかね? それとも先に、私を潰しに来ますか? それも良いでしょう。殺人的に良い。貴方たちが何処にいるかも分からない私を探している間に、きっとフレイタワード様が第二、第三の策を講じてくれるでしょうから」
一瞬。
ほんの一瞬でいい。
ミルクたちの警戒に隙が生じた瞬間に、そこへ弾丸を滑り込ませれば、アリッサの勝ちである。
散っていった同胞二人の分まで勝利を掴んでみせると意気込みながら、狙撃手は今一度、スコープ越しに標的を見つめた。髪を左に結んでいる少女が、髪を右に結んでいる少女に何か耳打ちをしている。相談をしているのだろうか? なにを話したところで無駄だと思うが。
現在のアリッサとミルクたちの位置はかなり離れている。炎も氷も飛んでくるとは思えない。ここまで距離があっては、国の半分を更地にするくらいの範囲攻撃をしない限り、アリッサを焼くことも凍らせることもできないのだ。帝国の領土を奪わんとしている教国の尖兵が、そのような蛮行を犯すはずがない。
火の手が届かない安全地帯に座す狙撃手は、余裕綽々といった態度で、スコープのレンズを覗き込み──目を焼かれた。
「はひゃっ、ひやああああああああああああああああああああああ⁉」
先ほどまで双子の戦士を映していたはずの片眼が真っ白に染まり、次の瞬間には帳を下ろしたかのように真っ暗になる。眼球の毛細血管の一本一本に至るまで熱湯を流し込んだかのような激痛が、アリッサを襲った。
アリッサが考えた、「相手が限界を迎えるまでひたすら待ち続ける」という策は、たしかに正解だった。『有終悲惨次元隊』の最後のひとりの位置も顔も知らないミルクたちは、何処の誰を攻撃すればいいのかすら分からなかったのだから。
東と西のどちらに狙いを定めればいいのかさえ不明──しかし、『どこにいるかもわからない狙撃手』が『どこの誰』に狙いを定めているのかは分かり切っていたし、そんな相手にどう対処すれば良いのかも、また明白だった。
ミルクの指示でクルミは太陽の如く眩しい炎を生み出し、その閃光でもって、スコープでこちらを見つめる目を焼いたのである──狙撃に対する光刺激での攻撃だ。
「ぐふ、ううぅ……ま、まだです。片眼が潰れても、もう片方が残っています。彼女たちを殺人的に狙撃するには、それでじゅうぶ──」
アリッサは再び狙撃銃を握ろうとしたが、その手は空を切った。
「……?」
もう一度手を伸ばそうとするも、つんのめってそのまま転んでしまう。
視界が歪んでいた。
視覚を襲った強烈な刺激に、脳がぐわんぐわんと揺れている。空間の認識が完全に狂ってしまっていた。その不快感から胃の内容物が逆流し、地面に吐しゃ物を撒き散らしてしまう。最悪の気分だ。
ただでさえ目に悪い強烈な光を、集中した状態で見てしまったのである。アリッサの脳が受けたダメージは甚大なものだった。
片方だけとはいえ目を潰され、フラッシュで脳にショックを受けた以上、彼(彼女)の戦士生命はここで終わったも同然だ。
こうして、『有終悲惨次元隊』はあっけなく終わりを迎えたのであった。




