123「一、二、三」
ミルクとクルミは帝国の大通りに居た。
ふたり並んで歩くその姿は、ピクニックの真っ最中の仲睦まじい姉妹に見えるし、実際ミルクたちは仲睦まじい姉妹なのだけども、今の彼女たちを見てそんな微笑ましい感想を抱く者は皆無だろう。
というより、今この場に、彼女たちを観測している第三者は存在しない。
ミルクたちの背後の道は、焦土か凍土のどちらかへと変貌していた。その上には、人を核とした氷の結晶か焼死体が転がっている。
教国からの侵入者に対し、軍人たちは威勢よく立ち向かってきたが、炎と氷に蹂躙されるにつれ、段々と士気を失い、ついにはミルクたちの前には誰も現れなくなった。
簡単だった──ミルクは思う。
生前、神父は『ゆくゆくは教国の領土になるであろう土地を使い物にならなくしてしまう』と『ひどく目立ち、敵の集中砲火を浴びかねない』の二点から、姉妹に寵愛の使用を必要最低限にするよう呼び掛けていたが、そのリミッターを外し、正面から最大火力(氷力)で突撃すれば、帝国が用意した防壁程度は容易く崩せたのである。事は既に、ひとつの魔剣を目的とした暗躍では留まらなくなっていた。
これは最早戦争である。
いや、この規模を表現するなら、災害の方が適切か。
あとはこのまま中枢に向かい、全てを破壊するだけだ。帝国が築き上げた悪趣味な軍事施設を燃やして凍らせて破壊してやろうではないか。無論、その奥底に秘蔵されているという『マクガフィン』までうっかり破壊してしまう、なんて馬鹿な真似はしないよう、細心の注意を払うつもりだ。
そんな風に、ミルクが今後のプランを考えながら闊歩していると。
斬!
長剣が背後から叩きつけるようにして下ろされた。
ミルクとクルミはそれぞれ左右に飛ぶことで、斬撃を回避する。
続けて二度目、三度目の剣が振るわれる。その剣筋は上下左右は勿論のこと、前後の間合いすら自由自在。相対しているだけで、剣が見せる奥行の深さに飲み込まれそうになるものだった。ふたりは更に跳び、それぞれ道の両端まで退避した。
危なかった。背後に死体しかなかった所為で、無意識の内にそちらへの注意を疎かにしてしまっていた。あともう少しでも回避が遅かったら、ミルクたちは挽肉にされていただろう。
──神父様がいたら、こんな不注意は絶対に起きなかったよね。
それはあくまで『たられば』の話であり、実現することは未来永劫ないと知りながらも、考えずにはいられないミルクだった。
だが、そんな思考をしている暇はない。斬撃を放ってきた敵はまだ存命中だ──それに。
敵はひとりだけではなかった。
妹のクルミの背後の家屋の壁が、爆発のような勢いで吹き飛んだ。舞い上がる土煙と共に登場したのは、槍を抱えた大柄の男だった。槍と言えば、先刻ヴラッドが用いていたのも一対の黒い槍だったが、巨漢の手にある槍はそれとは桁違いのサイズだった。
太い──神殿を支える柱をそのまま持ってきたのではないかと思わされるほどに太い。
男はとてつもない速度で直進する。この場に異世界からの来訪者、サトー・ロータローがいれば、その暴力的な速度からカタパルトで射出される戦闘機を連想していただろう。
彼が握る槍で貫かれるのは勿論のこと、その巨躯を支える丸太のような両脚で撥ね飛ばされれば、それだけで華奢な少女の肉体なら四散してもおかしくない速度だ。
しかし壁を隔てた向こうから飛び出してきた所為で狙いが正確ではなかったのか、幸いなことに直撃することは無かった。
だが、猛烈な速度で動く物体が通過したことにより、周囲に突風が発生。その結果、クルミは吹き飛ばされることとなる。
「クーちゃん!」
妹を心配するミルク。そんな彼女の鼓膜を銃声が震わせた。
咄嗟に氷の防壁を展開する。一瞬後、夥しい数の弾丸が半透明の壁に食い込んだ。
「これほどまでに殺人的な弾幕を防いでみせますか。教国と雖も侮れませんね」
銃声と比べると酷く小さな声がした。男か女か、子供か老人かも判別しがたい奇妙な声だった。
その直後、更なる銃声が轟く。氷の壁の一点に罅が入り──『永遠氷結』が生み出す氷が持つ性質はあくまで『溶けない』であり『壊れない』ではない──瞬き程度の時間が経った頃にはそこから一発の弾丸が侵入し、ミルクの頬を掠めた。
それと同時に、彼女は視認した。氷の壁の向こう──大通りから裏路地へと続く曲がり角から、こちらに銃口を向ける狙撃手の姿を。
「おいおい、なにやってんだよアリッサ。あともう少しで殺れてただろ」
剣士が口を尖らせた。
先ほどは回避するのに必死だったのでよく見ていなかったが、その剣は柄や鍔の至る所に華美な装飾が施されていた。かと言って、高貴な雰囲気が漂っているのかというと、そうではなく、過度な飾りは見る者に毒々しい印象を与えている。
その持ち主もまた、剣に負けないほどにキラキラと輝く顔をしていた。軍服よりも衣装を着て、舞台の上で歌劇を演じている方が似合いそうな美男子である。
「もう少しで殺れていたのは貴方も同じじゃあないですか、ネモフィ」
裏路地の闇の中から不満げな声が飛ぶ。
──これまで蹴散らしてきた雑兵とは明らかに格が違う!
ミルクは突如として現れた三人に対してそう評価した。
突風で吹き飛ばされた妹が心配で、目を向ける。そこまで酷い怪我は負っていなかったらしく、すぐに立ち上がっていた。
「?だ者何、ちた前お……」
クルミが睨みつけながら発した言葉を、ミルクを除くその場の全員が聞き取れなかったが、その態度から彼女が何を考えているのか理解したのか、それまで口を開いていなかった槍使いが得物をドンと地面に突き立てると、
「”直閃”のサム」
続けて、声すら定かではない狙撃手が、
「”弾幕殺人”のアリッサ」
最後に剣士が微笑と共に、
「”三次剣”のネモフィ──ボクたちは『有終悲惨次元隊』。優秀なフレイタワード様直属の部隊だ。あの御方の命令に従い、キミたちをこれ以上先には進ませない。かと言って、踵を返して逃げるのも許さない。キミたちがこれから行けるのは、あの世だけさ」
と名乗った。
『有終悲惨次元隊』。
『鞘』のメンバーであるフレイタワードによる選りすぐりの中の選りすぐりな戦士たちである彼らは『鞘』にこそ在籍していないものの、その実力は帝国において屈指のものである。
元から名高い戦士だった彼らは、フレイタワードの教育を受けたことで、極めて高いレベルへと成長しており、彼ら三人が揃った際の脅威度は、ひとつの軍隊に匹敵するとまで言われている。
フレイタワードの秘中の秘。できることなら『マクガフィン』争奪戦ではなく、教国との全面戦争まで隠しておきたかった、とびっきりの奥の手である。
そんな強者たちが今、たったふたりの少女を足止めするために、立ちはだかっていた。




