122「魔剣」
「ヴラッドさんなら死にましたよ」
作戦室に帰還したサーミィの報告を聞き、フレイタワードは愕然とした。報連相が出来るのは大変素晴らしいことだが、できることならそんな悪夢みたいな報告は聞きたくなかった。
ヴラッドが死んだ?
ありえない。
半吸血鬼というのは高い生命力が売りの生き物ではなかったのか?
疑惑の思いを込めた視線で睨む。すると、視線嫌いのサーミィは、「ひぅ」と声を漏らし、机の下に潜り込んだ。
「あ、あァ~……今のは間違った表現でしたね。正確に言うと、戦闘不能になってました」
「戦闘不能?」
「はい。ヴラッドさんが向かった方面の火が急に消えたから、どうなったのか見に行ったんです。ほら、あのヒトって結構仕事が雑じゃないですか。消火の為に辺り一帯を吹き飛ばすくらいのことはやってもおかしくないですよね? その後処理を私に押し付けられても面倒なので、一応確認しておこうかな、と……」
その結果、サーミィが焼け野原で目にしたのは、鉄の杭で地面に繋がれている火達磨と化したヴラッドだった。
口頭だけ伝わる無惨な姿に、フレイタワードは言葉を失う。なるほど。たしかにそんな、普通の人間なら五回は死んでいるであろう目にあえば、不死身の半吸血鬼が戦闘不能になってもおかしくない。嫌でも納得させられる。
サーミィ曰く、その場に居たのはヴラッドだけではないらしく、白一色の軍服という見たことも無い格好をした集団が、彼を取り囲むようにして佇んでいたようだ。
「それはおそらく……海上憲兵でしょうね」
「カイジョーケンペー?」
「ここ十数年の間に勢力を伸ばしつつある軍事組織ですよ」
独自の軍隊を持つ帝国は、海上憲兵と協力関係を結んでいなかった。ちなみに、隣の教国も、閉鎖的な国交をしてるため、同じく海上憲兵と関係を持っていない。
そんな彼らが帝国を訪れる理由と言えば、それは『マクガフィン』に他ならない。
アヴァロンの剣を狙う勢力は教国以外にもいると考えていたが、まさか海を股に掛ける巨大組織が乗り込んでくるとは。
国境警備隊を襲い、ヴラッドを戦闘不能に陥れたのは彼らなのか? ──いや、断定するにはまだ早い。
あくまで彼らはその場に居合わせただけであり、火災の実行犯はまた別にいるという可能性だってあるだろう。色んな可能性を考慮しなくては、視野が狭くなるだけだ。
とはいえ、予想外の新勢力は一刻も早く叩き潰すべき対象である。
「燃えているヴラッドを確認できる距離まで近づいたのでしょう? だったら、彼を助けようとは思わなかったのですか?」
「あっ、なっ、な、なんて恐ろしいことを言うんですか⁉」
椅子の影から悲鳴のような声が上がった。
「それってつまり、カイジョーケンペーの中に飛び込めってことですよね⁉ ふたりや三人ならまだしも、あそこには十人近く居たんですよ⁉ そんなに沢山の視線を浴びるなんて……うえっぷ、想像するだけで吐いちゃいそうですぅ……」
白仮面の口に当たる部分を手で押さえるサーミィ。顔が露わになっていたら、その色はきっと、吐き気で青白くなっていただろう。
フレイタワードは溜息をつき、頭を抱えた。
「あっ……あァ~、あとっ、それに、あのヴラッドさんが抗うこともできずに燃やされ続けている炎ですよ? 普通は何かあると思うじゃないですか。そんな危ない物に近づきたくないですよ」
もっともな言い分だが、それが後から思いつかれた理由であることは明らかだった。
そうだ。
サーミィはこういうタイプだったのだ。
弱気な態度をしていながら、『大勢の他人から見られたくない』という一点においては頑固さを見せる社会不適合者なのである。
……まあ、いい。
サーミィが持ち帰ってきた情報は非常に重要なものだった。教国以外の勢力のひとつ(他にもまだあるかもしれない、と仮定するのは考えすぎではないだろう)である海上憲兵の存在を知られたのは大きい。
それに、サーミィの仕事の成果はそれだけではない。というより、こっちの方が本命だ。
作戦室の机の上には気味の悪い物体が転がっている。作戦室を訪れたサーミィが投げやりに置いたものだ。その殆どを構成する色である白とぐちゃぐちゃにすり潰された外見から、白身魚のすり身に見えなくもないが、それは教国の凄腕のエージェント、神父の両目だった。
事が起きた直後に有名な戦士を落とせたのは大きなアドバンテージである。サーミィ曰く、神父の他にいたのは戦いの経験が浅い少女ひとりだけだったという。もちろん、教国の陣営に属するプレイヤーが他にもいないとは限らないが、主力である神父の喪失が、向こうにとって大きな痛手となるのは確実だ。
「というわけで……あのォ~……もう部屋に戻って、引きこもってもいいですか? 久しぶりに色んな人から見られた所為で、もうクタクタで……」
「なにが「というわけで」ですか。駄目に決まってるでしょう」
他人から見られることが大前提の異能を持っているとは思えない視線嫌いの要求を却下する。サーミィにはまだやってもらうべき仕事があるのだ。
「貴方には性格的に集団を相手にした戦闘が不可能な代わりに、個人を狙った仕事をしてもらいますよ」
教国陣営のリーダーと思しき神父が落ちた今、最も警戒すべき相手は海上憲兵だ。彼らが秩序を持つ組織である以上、そこには当然、指導者あるいは中心人物がいるだろう。
もちろん神父亡き今でも、教国の残党は多大なる脅威となるかもしれないが、彼らへの対応に追われている間に、海上憲兵にこれ以上の好き勝手を許すわけにはいかない。残党の相手はフレイタワードの部下たちに任せることにする。『鞘』の面々には遠く及ばないが、帝国軍人である以上、彼らも非常に高いレベルの実力を持つのだ。残党に対して集団でかかれば、勝ちの目は十分にあるだろう。
サーミィの仕事は敵対勢力の個別撃破だ。
「ええ~……やれますかねえ。難しいんじゃあないですかね……」
と文句を垂れ流す無貌の暗殺者を無理やり部屋から追い出した。
それからしばらくして、ガトーが部屋を訪れた。
「サーミィから聞いたぞ。ヴラッドが落ちたようだな」
「ええ。優秀な僕ですら予想外できなかった展開ですよ」
やれやれと肩を竦める。
「おまけに海上憲兵まで目撃されましたし、この機会に乗じて帝国に乗り込もうとする襲撃者は他にもいるかもしれません」
『マクガフィン』の保有国、つまり攻められる側である帝国の辛い所だ。アヴァロンの剣を狙う者たちが手を組むことがあっても、こちらが誰かと手を組むことはできず、いくつあるかも分からない敵を相手に孤独な奮闘を強いられるのである。
「そう心配するな。相手がどれだけいようが、その狙いがマクガフィンと言うのなら、最終的には必ずこちらに──私の間合いに這入ってくるのだろう?」
いつの間に抜いていたのか、ガトーは腰に提げていた得物で空を三度斬った。
それは帝国軍人なら誰でも手に入る、特別な要素は何もないサーベルである。
しかしガトーは、そんな普通の武器を特別強く握りしめ、
「誰が来ようと、私の魔剣で迎え撃ってみせよう」




