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ゴーゴーストーリー  作者: 女良息子
第五章 腕鳴らしとマクガフィン
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121「14人目」

 帝国の街の作りは複雑だ。

 それは、特有の建築様式や、元は国境周辺だった土地に新たな街を建設したからという理由があるが、その中でも特に大きな理由として挙げられるのは、教国からの侵入者が国境から中枢へ一直線に向かうのを防ぐためだ。有事の際には、街を構成する建造物そのものが、外敵の侵攻を食い止める砦のような役割を果たすのである。

 故に、帝国の道はジグザクに入り組んでいる。

 そんな蜘蛛の巣じみた路地の一角に、傭兵団のメンバー、トリガーは佇んでいた。

 彼女の両手からは百を超える糸が展開されている。その糸は少し離れた広場にある噴水の水飛沫の一滴一滴まで感知できるほどに繊細だ。トリガーはこれによって、周辺の状況や地理を把握していた。

『マクガフィン』回収任務を請け負った際に彼女は予め、帝国の地理を頭に叩き込んでいた。なので、こんな曲芸じみた真似をしなくとも、どのルートを通れば『マクガフィン』へ最短最速で辿り着けるか知っている。だが、地図上で得る情報と、現地に立って得られる情報には雲泥の差がある。おまけに、今の帝国は戦禍の真っただ中だ。地図で見られた道が今も正常に機能しているかどうかも怪しいし、どこに敵が潜んでいるかも分からない。

 糸で周囲の道を、熱を、光を、音を、気流を、気配を確認する。

 南方から熱波を感じる。先ほどまでそちらで燃え盛っていた炎の影響か。それにより気流に乱れが生じているが、糸の探知に大きな影響を与えるほどではない。微調整を重ねながら、探知を続ける。感じられる気配の殆どが、避難する一般住民、あるいはそれを先導する軍人たちである。バレルとトリガーの手に掛かれば秒で掃除できる群衆だ。極端な話、トリガーが今探知用に張り巡らしている糸を攻撃の意思を持って動かせば、それだけで人間の輪切りが大量に生産されるのだ。とはいえ、トリガーは傭兵であっても快楽殺人鬼ではない。無益な殺生は好まないレディだし、無駄なトラブルは避けたいと思っている。

 なので、糸使いの淑女は、なるべく面倒事を回避できるようなルートはないかと、改めて糸を動かそうとした。

 その時だった、展開していた糸の何本かが、まったく同時に反応をなくしたのは。


「……ッ⁉」


 声を出さず、呼吸と表情だけで驚愕を表現する。

 一瞬、何が起きたのか分からなかったが、どうやら糸を斬られたらしい。

『らしい』というのは、確証が持てなかったからだ。それまで探知に引っかかりすらしていなかった存在が、糸を切断したなんて信じられない。まだ、自分が糸の操作を誤ったと考えた方が『自然』だ。しかし、指先から伝わる感触は、『不自然』の方が現実であると物語っていた。

 不可視かつ強靭な糸の切断──いったいどれほどの技量を持っていれば、そのような神業が可能となるのだろうか。

 真っ先に頭に浮かんだのは味方のバヨネットだ。触れた物を切断する異能の持ち主である彼女にかかれば、トリガーの糸は煮過ぎたパスタよりも脆い存在と化す。しかし、見知った彼女がそこにいたのなら、糸で触れるよりも前に、気配を感じ取れたはずだ。

 次に思いつくのは、帝国の幹部のひとりにして剣の達人と名高いガトーだ。だが、それはあり得ないだろう。将である彼女が、中枢を離れて市民街に姿を現しているとは思えない。

 なら、他に誰が──? 

 人型の剣に触れてしまったとでもいうのだろうか? 

 切断されたことで生じた糸の空白地帯に慌てて糸を張り巡らせたが、そこにはとっくに誰も居なかった。


「…………」


 透明人間のように得体のしれない何者かを想像する。いくつもの戦場を体験してきたトリガーだが、こんな相手は初めてだ。冷汗が頬を伝う。

 更に探索する範囲を広げ、その正体を探ろうとする。そんな彼女の肩を、バレルが掴んだ。


「その様子だと、何かヤバイものを見付けてしまったようだね」


「…………」


 無言で頷く。

 バレルはふむと、顎に手を当てて、


「君ほどのプレイヤーが糸越しに感じただけで青褪めるような怪物だ。深入りすべきじゃあない。俺たちの目的は別に、この地に集った猛者の鏖殺じゃあないんだからね」


 避けられる戦いは避けるべきだ、とバレル。


「それに、君が向こうの存在を感知したように、向こうも君の存在をとっくに認知しているはずだ。十分な警戒を抱いていることだろう。だったら、どれだけ糸の探索を繰り返したところで、そいつを発見するのは難しいんじゃないかな。下手に追跡を続けたら、こちらに牙を剥く可能性だってある」


 バレルたちは快楽殺人鬼ではないし、ましてや戦闘狂でもない。

 得体のしれない強敵に胸が高鳴り、戦闘欲求が押さえなくなるという少年バトル漫画の熱血主人公みたいな性格とは無縁なのだ。

 スルーできる障害はスルーする。戦いを仕事とする傭兵らしいドライな考え方だ。

 しかし、トリガーに全容を掴ませないまま、一方的に糸を切断するほどの強者が、同じ土地にいる以上、それを『ないもの』として扱うのは不可能だ。『マクガフィン』へと向かう過程で、それと衝突するかもしれない。

 バレルはそんな可能性を考慮すると、トリガーに、


「先に、バヨネットたちの探索を急いでくれ。一刻も早く合流しよう」


 と促した。


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