118「もうひとりの永遠」
『教会』所属のエージェントであるクルミが『永遠燃焼』で国境警備隊の基地を火の海に沈めた頃、そこから南に離れた十五部隊の基地に、『教会』の残りふたりである神父とミルクが姿を現していた。
白昼堂々、正面から行われた侵略行為だが、それを妨げるものはいない。なぜなら、本来なら侵攻してきた彼らふたりに銃を向けるはずの兵士たちは、ミルクが氷天使から授かった寵愛によって無力化されたからだ。
寵愛の名は『永遠氷結』。
ミルクが一度生み出した氷は、彼女が溶かそうと思わない限り、絶対に溶けない。
無限大の時を残り続けるのだ。
この能力による蹂躙を受けた結果、ある兵士は氷に飲み込まれ、またある兵士は空から落下してきた氷塊に押し潰されていた。あちこちに樹氷が生えている光景は、まるで世界が氷河期を迎えたみたいだった。
妹のクルミの『永遠燃焼』と同じく、非常に強力な能力である。
しかも、これらふたつの寵愛は、炎と氷という真逆の能力でありながら、どちらも溶けず消えずの永遠性を保有しているため、たとえ同じ戦場で共闘したとしても、互いが互いの邪魔とならず、スムーズな連携が可能となるのだ。そんな姉妹のコンビネーションプレイは教国最強と名高く、だからこそ彼女たちは『マクガフィン』の奪取という最重要任務のメンバーへと抜擢されたのである。仮に、彼女たちが作戦の都合で一時的に別行動を取っていなかったら、帝国が受けていた被害はより一層酷くなっていただろう。
「クーちゃん……ちゃんとやれてるかなあ」
ミルクが溢した呟きは、双子の妹とは違って逆さまではないちゃんとした喋り方だった。身内の動向を不安に思うその態度は姉妹愛に溢れており、とてもではないが、多くの人間を一瞬にして氷漬けにした張本人とは思えない。
「大丈夫ですよ、ミルク。クルミの強さは君も知っているでしょう? 誇り高い教国の戦士である彼女が、帝国の弱兵相手に後れを取るはずがありません──と、僕の中の天使様は仰っています」
神父は超俗的な口調でそう言った。信仰深さから罪天使の寵愛を獲得している彼は、ある意味己の中に天使の因子を有していると言えるのかもしれないが、それにしても、まるで自分が話す言葉は全て天使の代弁なのだと言わんばかりの話し方は、奇妙極まりない。
神父とミルクはクルミと別行動をとり、彼女が他所で暴れている間に十五部隊の基地を襲撃するという作戦を決行し、そして成功させていた。あとはこのまま『マクガフィン』を目指すだけである
しかし、その行動は『鞘』所属の司令塔、フレイタワードの予想の範疇だった。
「他に襲われる可能性があるとしたら十五部隊だろう」と考えていた彼は、しっかりと対策を取っていたのだ。
氷に覆われた地面を踏み越え、先に進もうとする『教会』のふたり。その行く手を、ひとつの影が遮った。
陶器のようにつるりとした白い仮面を被っており、どんな顔をしているかは分からない。しかし、軍服で包まれている体の起伏から、性別が女だと判別できた。
『鞘』所属の戦士、サーミィの登場だ。
「あっ、あァ~……ふたっ、ふたりもいるじゃないですか。目玉がよっつもあるじゃないですかぁ~! うへぁ……勘弁してくださいよぅ……襲撃犯なら単独でやって来てくださいよぅ……」
声が震えているサーミィは、まるで人前でのスピーチであがってしまっている発表者みたいだった。
自分がいくつもの視線に晒されているという事実に怯えてしまっている。
戦士どころか、そこらの一般人にすら劣る軟弱な雰囲気だが、だからといって油断する『教会』ではない。他に誰も引き連れずにたったひとりで現れたことから、目の前の白仮面がかなりの手練れであることを、神父とミルクは察していた。
「神父様、ここは私に任せてください」
ミルクは一歩踏み出し、神父とサーミィに挟まれるような位置に立った。
「貴方様のような御方が、こんな所で足止めされるわけにはいきません。一刻でも早く、『マクガフィン』の元に向かってください。私もすぐ追いついてみせますから」
「ありがとうございます、ミルク。では、ここは君に任せるとしましょう──と、僕の中の天使様が仰っています」
神父はそう言って、サーミィの横を通り過ぎるようなコースを通って行った。その間、サーミィは何もしなかった。走り去って行く神父の背中を目で追おうとすらしていない。
「……邪魔しないんだ」
仮に邪魔をしようとしたところで、邪魔の邪魔をするつもりだったが、相手が何のアクションも起こさずに神父を素通りさせたというのは意外だった。
「邪魔なんてしませんよ。むしろ、視線が減ってくれて嬉しいくらいです──それに」
仮面の奥で、声が続く。
「ガトーさんの元に向かわせちゃいけないのは、どう考えてもあっちの神父さんの方ですからね。だってほら、あなたと神父さんなら、多分あっちの方が強いでしょ?」
「ええ、もちろんそう──は?」
それが分かっているのなら、どうして素通りさせたんだ?
サーミィの意味不明な発言に、ミルクは疑問を抱く。
もう話すことはないのか、それともこれ以上は対面して話したくないのか、サーミィは臨戦態勢を取った。手の甲から短剣が伸びている。袖に仕込んでいた暗器だ。
「あァ~……もう無理。無理無理。限界です。これ以上見られたら頭がおかしくなっちゃいそうなんで、目玉を抉り取らせてもらいますね」
猟奇的な宣言と同時にサーミィの体は跳ね、ひと呼吸の間にミルクの眼前まで接近した。




