117「不始末」
『永遠燃焼』による炎上、およびヴラッドの爆散による被害の拡大のどさくさに紛れて戦場から脱出したメェケンは、その際に傭兵団のメンバーであるバヨネットを回収していた。『着火していない方の手』で『バヨネットの肌ではなく服の袖』を引っ掴むという、普段の彼女からは信じられない繊細さのある行動だった。
「仲間意識が働いて救出した……ってことはなさそうね」
火災現場から少し離れた場所で足を止めたバヨネットは、小さく呟くと、鋭く睨みつけた。
メェケンは火が付いた方の手を挙げる。着火した瞬間は指先までしか覆っていなかった炎は、今となっては肘まで到達していた。このままでは、あと三十秒もしない内に彼女は火達磨になってしまうだろう。
「その辺の適当な刃物で斬り落とすって案もあったんだけど、自分の片腕をもう片方の腕だけで切断するのってちょー難しそーじゃん? その点、お前なら一撫でするだけでイケるでしょ?」
島の長の豪邸で痛い目に会い、魔剣狩りと魔人の戦いを見ていたメェケンは、バヨネットに触れたものを切断する能力があることを知っていた。だから、逃げる際に彼女を捕まえたのだ。言ってしまえば、『たまたま近くに便利アイテムが落ちていたから拾った』程度の感覚である。他人のことを自分の役に立つか否かでしか評価できないメェケンらしい動機だ。
「折角助けてやったんだからさア、このくらいはやってよね」
「あそこまで炎を広げた主犯のくせに、よくもまあ『助けてやった』なんて恩着せがましいことを言えるわね」
そもそも、たとえメェケンに捕まえられずとも、バヨネットならひとりであの場から脱出できた。傭兵といういくつもの死線を潜り抜けてきたプロのプレイヤーである彼女にとって、『消えない火が燃え広がっている戦場』なんて窮地にすらならないのだ。
──……きっと、あのいけすかない男も無事なのよね。
タタラの顔を思い浮かべ、歯噛みする。
たったひとりの人間にあそこまで苦戦させられたのは、傭兵団のボスに勧誘された時以来だ。巨大な鑢で刻まれた傷は、今も彼女の腕に残っている。痛みはするものの、体の動作に大きな支障はない。いつかまた相対する時があれば、その時は確実に切り刻んでやる。バヨネットは心に誓った。
「ねー、まだー? ほらほらア。さっさとサクゥーとやっちゃってよ。サクーッとさ。──あれ? もっ、もしかしてさあ……ここで私を見捨てたりしないよね? ねっ? まさか、偉大な傭兵団の一員ともあろうものが、仲間を見捨てるなんてことないよね? ねっ? ほら、もう二の腕あたりまで火がアツツアツアチャチャチャチャアアアアアアアアア⁉」
「あー、はいはい、分かった分かった」
バヨネットは煩わしそうに言うと、メェケンの肩を指先で軽く突いた。まるで汚物に対してするような、最小限の接触だった。たったそれだけでメェケンの肩は肉切り包丁を落とされたように切断される。胴体側のピンク色の断面は瞬く間に閉じ、そこから腕が生えた。
バヨネット個人の意見を言うなら、メェケンのような奴はここで死んでもらって一向に構わないのだが、スコープの代役をメェケンにするというバレルの選択を個人的な感情で破算させるほど、彼女は我儘ではない。
メェケンは手をぐーぱーと動かして新しい腕の調子を確認して満足げな表情になると、斬り落とされた旧い腕のまだギリギリ燃えていない部分を掴み、付近にあった適当な民家目掛けてそれを投擲した。民家はたちまちの内に炎上し、住民の悲鳴が木霊した。
「はぁ!? あ、アンタ……なにしてるの⁉」
「ナニって放火だけど」
浴びせられた批判に対し、メェケンは「なにいってんだこいつ」と言いたげな顔で見つめ返す。バヨネットが問いたかったのは、メェケンがした行動の名前ではなく、その理由である。
「増やせる被害は出来るだけ増やしといたほうがいいよね。そうすれば海上憲兵は私を追いにくくなるし、『マクガフィン』ってヤツを守ってる帝国だって国内のあちこちで火災が起きちゃったら、防衛体勢にどうしても穴が出来ちゃうでしょ? ヤバっ! いいコトづくしじゃん! くっふふっふう!
バヨネットは絶句した。
バレルが調べたという事前情報と、実際に行動を共にしてから見聞きした言動からメェケンが相当な人でなしであったことは知っていたが、まさかここまでだったとは。
嫌悪感を強めたものの、抱えている任務を早急に進めなくてはならないバヨネットは、本調子に戻ったメェケンと共に、第二の火災現場を後にした。
◆
「いやあ、厄介なことになりましたね」
タタラは隣の占星術師に向かってそう言うと、溜息を吐いた。
『永遠燃焼』の炎は、対象が燃え尽きるまで永遠に燃え続ける。その結果が、目の前の更地だった。
「魔王軍に進行された土地を思い出しますね」
タタラが溢した台詞に、占星術師は無言で同意した。二十年以上前、魔王軍の手に落ちた土地は、一切の例外なく、生命の存在が許されない死地へと変えられた。目の前に広がる灰色の世界はそれとそっくりである。
「まったく……厄介な寵愛を与えてくれたものだよ火天使は★」
相手に届かない悪態を吐く占星術師。
そこで気持ちを切り替えた彼は視線を下ろす。そこにはひとりの男が転がっていた。
メェケンの『肉体破壊』で粉々になったはずのヴラッドだ。
彼は半吸血鬼の生命力によって、飛び散った肉片のひとつから再生したのである。そこまでしても、永続の炎が消えることはなかった。
「これだけ時間が経っても死なないとなると……再生系の寵愛ですかね?」
「いやあ、どうだろう☆ もし寵愛持ちだったら、これだけ長時間燃え続けないんじゃないかな☆ メンタルが余程イカれてない限り、体が燃える苦しみに耐えかねて『寵愛の解除』を選ぶと思うよ☆ おそらく、こいつの再生能力は、解除なんてできない生まれつきの体質だ☆」
「となると吸血鬼? ……いや、こんな昼間から外に出ていたなら、半吸血鬼って可能性の方が有力ですかね」
「だろーね☆」
冷静に考察を語り合う占星術師とタタラの足元でヴラッドが苦悶の声を叫ぶ。焼ける痛みに筋肉が反射し、身動ぎしそうになったが、全身のあらゆる箇所を杭で貫かれ、地面に磔にされているため、それは不可能だった。まるで昆虫標本みたいな格好だ。タタラが近くにあった鉄類を加工して作り上げた、半吸血鬼の力にも耐える即席の拘束具である。
こうでもしなければ、自由になったヴラッドが熱と痛みで朦朧とした頭で動き回ってしまい、あちこちに火をつけてしまうのだ。『マクガフィン』を狙っている間に、島がまるごと火の海なっていました、なんて事態は海上憲兵にとっても好ましくない。
「ここに配達員がいれば、このファイアマンを空の彼方まで送って、問題を解決できたんだけどなー☆ 調律師でも解決できるかも☆ まあ、どちらもこの場にいないから、無意味な仮定の話にしかならないんだけどさ☆」
「今の所は固定できてますけど、杭にまで火が付いてますね。その内解放されてしまうかもしれません」
「だからと言って、コイツを拘束し続けるために君をこの場に留まらせ続けるわけにはいかないよ☆ その仕事は残らせた部下たちにやらせればいい☆」
先の火災の所為で、元から少なかった部下は更に減っている。しかし、そんな時だからこそ、最高戦力であるタタラと占星術師がこんなところで止まっていてはいけないのである。『マクガフィン』どころか、メェケンの件すら片付いていないのだから。
何人かの部下たちを残らせると、堕天使と魔剣狩りはその場を後にした。
……そういえば、と占星術師は考える。
一連の騒動の原因であるサイドテールの少女はどこに消えたのだろう。
まさか、あの火災で自分が燃えてしまうなんてうっかりは起こしていないと思うが。




