115「さかさま」
チャンスだ、とメェケンはほくそ笑んだ。
すぐそばでは斬撃の魔人のバヨネットと魔剣狩りのタタラが大立ち回りを演じている。互いに斬り合う様は激しく、大立ち回りというよりも大太刀回りという表現が似合いそうなくらいだ。
散る火花と鳴る金属音が騒々しい。現在彼ら二人は、遠くで燃え盛る火災と並んで、周囲の耳目を集める存在となっていた。
「『だったらこの隙に逃げてやろう。かつて、周りの視線がアトランティスとシャングリラに注がれている間に近くの戦艦にこっそりと潜り込んだように』──と思っているのかな★」
占星術師が行く手を遮った。立ちはだかるその体躯は、大型犬すら止められなさそうなほどに小さい。腰付近に浮いている奇妙な輪と、瞳の中で輝く十字の光を除けば、普通の子どもと変わりない見た目だ。
「どけよ……って言っても、どいてくれそうにないねぇ~」
「あったりまえでしょ★ ようやく見つけたんだし、簡単に逃がしてたまるかよ★」
メェケンが知る限り、占星術師は戦場で活躍するタイプではない。海上憲兵における彼の仕事は、もっぱら星見をおこなって、海上憲兵の利となる情報を得ることだ。戦士としての噂は一度も聞いたことが無かった。
その事を思い出すと、メェケンの心中に希望めいたものがグングンと湧いてきた。漂わせている風格の所為でびびっていたが、よく考えれば堕天使なんて存在が人とは違う雰囲気を持っていない方がおかしいのである。臆さず戦えば、ひょっとすると勝てるのかもしれない。というか、どの道行く手を阻まれた以上、これから先に待ち受ける未来は何もせずに捕縛されるか、戦うかの二択なのだ。ならばせめて、先手を取っておきたい。
そう考えたメェケンは早速、一歩詰めようとした。そこで占星術師は制するように手を掲げた。
「おっと★ 動かない方がいいよ★」
「はぁ~? バッカじゃないのオ~? 敵から動くなって言われて足を止める奴がどこに──」
「だって、動くと内臓が飛び散るからね★」
ずるり、と何かが音を立てて足元に落ちた。見ると、そこには腸が転がっていた。視線を辿る。真っ赤な内臓の出所は、メェケンの腹にいつの間にか開いていた穴だった。
「はああああああああああああああああああああああああああああああああ⁉」
喉から絶叫が飛び出す。体に穴が開いたという事実を認識した瞬間に、とてつもない激痛が神経を襲った。メェケンは傷口を押さえ、その場で倒れた。
「ぐげええええええ、ぽんぽん痛ああああアアアアァァ! なんで、えっ、えぇ、なんでぇえええええ⁉」
占星術師の動きには細心の注意を払っていたはずだ。何か銃器のようなもので撃たれたとは思えない。ならば、どういうことだ? なにかしらの異能で腹を穿たれたということになるのか?
「ぐううう、いっだぁあああ……くっそぉ、なんだよその力ぁ……」
「知らないのに突っ込んでくるなんて、そっちこそバカだねえ★ まあ、そのおかげでさくっと無力化できたんだし、こちらとしてはラッキーなんだけど★」
メェケンは負けじと『肉体再生』で腹の穴を塞いだ。
次の瞬間、彼女の下半身は消えた。それと同時に衝撃が発生し、残った上半身が吹き飛ばされる。地面を転がる彼女の脳内の大半は、困惑と悶絶が占めていた。
「ぎぃっ、ひっ、にあああああああああああああああああああああああああ⁉」
「『肉体再生』か★ 躰天使ったらよくもまあ、こんな面倒な寵愛を面倒な奴に与えてくれたものだよねえ★ とはいえ、どれだけ肉体を再生させたところで、それを上回るスピードで破壊されたら、意味がないよね★ ──こんな風に★」
三発目は右肩だった。分断された腕が、血飛沫を撒き散らしながら宙を舞う。
その後も絶え間なくメェケンの肉体は蹂躙され続ける。占星術師が用いる攻撃のトリックは全然分からない。得られる情報といえば、ダメージと同時に物凄い衝撃が発生していることくらいだが、それが分かったところで逆転の糸口に繋がるとは思えなかった。──視界が数秒潰れた。頭が消し飛ばされていたようだ。脳が無くなり苦痛を感じる時間が減った分、こっちの方が少しマシだと思った。
このまま抵抗の意思どころか思考能力すら失いそうになりかけた、その時。
炎が飛び込んできた。
いくつもの建物を薙ぎ払いながら現れたそれは、一緒にやって来た突風によってメェケンたちを吹き飛ばす。戦っていたバヨネットたちは灼熱から逃れるべく一時的に戦闘を中止した。周囲に待機していた憲兵たちや混乱の最中にあった市民たちの中には、炎から身を守れなかった者がおり、彼らは一瞬で炭化した。凄まじい熱量である。
なぜここで炎が? と誰もが思った。
教国から攻撃を受けていた国境警備隊の基地からこの場所までは結構な距離がある。『基地にたまたまあった大量の火薬に引火した』というスラップスティックコメディじみた理由でもない限り、火の手が一瞬でこちらに伸びてくるなんてことは普通ならありえない。
そう──普通ならありえない。
ならばそこには、普通ではない原因があると見るべきなのである。
その場にいた何人かの猛者が、そこまで推し量った時、彼らの思考はとある悲鳴によって中断させられた。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!」
悲鳴の主は男だった。炎に乗せられてここまで運ばれてきたのか、全身が燃えている。全身を襲う痛みに悶絶しながら身動ぎする姿は、まるで芋虫のようだった。
普通ならこの時点でショック死していてもおかしくないのだが、不思議なことに彼は依然として元気いっぱいに悶絶の声を上げていた。
指先が炭化した次の瞬間には元通りに生え揃い、皮膚が爛れた直後には再生し、肉が焦げた一瞬後には回復している。
彼が人外の生命力を有しているのは、誰の目にも明らかだった。
しかし、体に付いた火の勢いが一向に収まらないため、再生と燃焼のいたちごっこが続くことになる。奇しくも先ほどのメェケンと似たような状況だ。もっとも、常に炎で焼かれる痛みがある分、こちらの方が苦しそうだが。
「クソッ、くそ熱ぃ! くそがぁっ! どうして消えないんだよおおおおっ! ふざけんじゃねえぞ、あの逆さま女ぁ!」
スプリ帝国特殊部隊『鞘』に所属する不死身の半吸血鬼、ヴラッドは怒声を発した。
そんな彼の後方──炎で建築物が消し飛ばされたことで出来上がった通り道から、人影が現れた。
それは、頭の右側にサイドテールを作っている十代中頃の少女だった。
彼女は燃え盛る半吸血鬼を認め、続けて占星術師、タタラ、バヨネット、メェケンを順に観察する。彼ら全員が尋常ではない猛者であることをたちまちのうちに察すると、手から拳サイズの火を出し、口を開いた。
「ねくしろよ」
「ねくし……ろよ?」
奇妙な第一声に、誰かが思わず聞き返した。
少女は続けて、
「ねくしろよ。ようらもてっなに灰員全はら奴るす魔邪、どけだ然突。だ員成構の『会教』。ミルクは名の私。かうおらもてせら乗名はずま、とええ」
と言った。
戦況に渾沌を齎す乱入者に相応しい、奇妙な喋り方だった。




