112「”魔剣狩り”のタタラ」
「戦いが起きた時、最後に生き残るのはどんな人物だと思います?」
帝国内にある宿の一室に、男は佇んでいた。
彼は寝ぐせだらけの髪も着崩した寝間着も直さないままベッドに腰かけている。そこらの下町で貧乏暮らしをしている苦労人の青年、といった佇まいだ。
随分と覇気がないが、手元にある刃物の煌きが、その雰囲気に剣呑な要素を付与していた。男はまるで子猫にそうするように、刃物の背を撫でる。持ち手の部分を含めて全体が鉄で構成されていること以外には何の変哲もないナイフだ。
男の向かいの位置には一人掛け用のソファがあり、そこにはひとりの人物が座っていた。所々に白髪が見られる黒髪という、星空のような髪色をした少年だった。周囲には薄い円盤状の輪が浮いており、ソファごと彼の体をすっぽりと囲っている。
少年は怪訝な目をしながら問いかけた。
「急にどうしたのさ☆」
「その人がどういう考えで戦う人物なのかが一発で分かる質問だから、一緒に仕事をする相手には毎回聞くようにしているんです」
男は物腰柔らかな態度で答えた。
「それに今回は、元々俺ひとりの仕事だったところに、占星術師殿が同行をお申し出になって、急造コンビでの仕事になりましたからね。作戦を実行する前に、出来るだけ貴方のことを知っておきたいんですよ」
それは聞き方次第では「余計な邪魔をしやがって」と言ったと捉えられかねない台詞だったが、男の表情と態度にはそのような嫌味ったらしさは無かった。
占星術師と呼ばれた少年は、暫く考えこんだ後、次のように答えた。
「……『他を圧倒する強大な力を持っている奴』になるかな☆」
「ははは、なるほど。流石は元天使。スケールの大きい考えをお持ちですね」
「そう言う君はどんな考えを持っているんだい☆」
別に占星術師は男の答えに並々ならぬ興味を抱いているわけではないが、会話の流れに沿って問い返す。
すると、男はナイフの先端を摘み、
「『状況に応じた変化が出来る者』ですね」
ぐいっと引っ張った。
すると、その動きに合わせてナイフは刃と柄を伸長させ、最終的には刀のようなサイズにまでなった。
次に男は先ほどとは逆に刃物の先端を押す、すると刀は縮み、やがて先ほどと同程度のサイズまで戻った。鉄を炉に掛け、型に流し、固めるという変成の工程を、粘土細工を弄るように一瞬でやってのけたのだ。
「別に鉄天使から賜ったこの寵愛が理由ではありません。ずっと前からこんな考え方なんですよ、俺は。だからこれまで、魔王軍との戦いを生き延び、『大いなる死』を乗り越え、いくつもの戦いを突破し、数多の死線を潜り抜けることが出来たんです。もちろん、今回もそうするつもりですよ」
「さっすがぁ~☆ “魔剣狩り”が言うと説得力が違うね~☆」
手を叩いて称賛する占星術師。それは決して大げさな持ち上げや世辞ではなかった。
なにせ、目の前に佇むこの男──”魔剣狩り”のタタラは、海上憲兵が抱える幾つもの特殊部隊のひとつ『蒐集団体』に配属されて以来、驚異の任務達成率を誇る凄腕のエージェントなのだから。
『蒐集団体』──あるいは『集団』と呼ばれるそれは、海上憲兵にとって有益となる武器や人材の補充を目的として結成された部隊である。
なんて言い方をすると、まるで武器商人やスカウトマンのような仕事をしているのかと思われるが、力あるところに戦いがあるのが世の常である以上、荒事に巻き込まれることが殆どである。なので『集団』の構成員は、基本的に大佐以上の実力を持つ軍人が配属されていた。
「それにしても、今回のような騒動は中々経験したことがありませんけどね。二国間の戦争に加え、噂では外部から何らかの勢力が手を伸ばしているとも聞きます」
彼が帝国を訪れた理由は、当然ながらマクガフィンの蒐集であった。
「それに、貴方が追っているというメェケン逃亡犯も、近い内にこの島に現れるという星見が出たのでしょう? ここまで来ると、まるで運命を司る天使が作り上げた舞台に立たされているような気がしてきますよ」
占星術師がこの場にいるのは、『マクガフィン』争奪戦への乱入がメインではない。海上憲兵総帥アトランティスから直々に言い渡されたメェケンの捜索だ。
星見の結果、メェケンが現れるのがこの火薬庫の如き島だと知った時、占星術師は頭を抱えた。しかし、それと同時に、「これまで散々海上憲兵に被害をもたらしてきたトラブルメーカーにはうってつけの土地だろう」という奇妙な納得もした。
本当なら、他にも戦力になる憲兵を連れてきたかったが、足代わりの配達員が別件で忙しく、また戦争中で敏感になっている国を下手に刺激することが出来ないという都合上、各地から精鋭を大量に招集するというのは難しかった。
部下の憲兵たちを何人か、いつでも出動させられるよう付近に待機させている。しかし、この島でもっとも頼りになる戦力はタタラだろう。
なので、占星術師は彼に対し、「そちらの仕事を手伝うからこちらの仕事も手伝え」という酷くシンプルな申し出をしたのだ。
「かの元大佐が貴方の星見通りにこの島を訪れるのなら、事態が大きく進むのはきっとその時になるでしょうね」
タタラはそんな推測を口にすると立ち上がり、寝間着を脱ぐ。続けて身に纏うのは海上憲兵の証である白い軍服ではない。潜入任務の最中である彼は、どこにでもいる普通の服装に着替えた。
群衆に紛れ込めば一瞬で見失いそうなくらいに無個性な格好と、たった一本のナイフ。
それが魔剣狩りの装備だった。




