109「舐め盗る」
『鞘』の構成員のひとりであるヴラッドは半吸血鬼だ。
と言っても彼の場合、サトー・ロータローのような中途半端な吸血鬼ではなく、文字通り吸血鬼のハーフ──吸血鬼と人間の間に誕生した子どもである。
そんな異なる二種族の愛の結晶は、ガトーの呼びかけに応じ、帝国の軍事施設の一室を訪れていた。
日没はとうに過ぎ、夜空には月と星々が鎮座している。闇を生きる種族が活動するにはうってつけの時間だった。
「帝国の英雄ともあろう御方が真っ先に俺ちゃんを御指名なんて、嬉しくて涙が出るねえ。しかも珍しいことに、今日は『鞘』が全員勢揃いと来た! ぎゃはは!」
ヴラッドは椅子に腰かけて目の前のテーブルの上に足を放り出すという行儀の悪い格好で、下品な笑い声をあげた。大きく開かれた口からは、鋸のような歯が覗く。得物に噛みつき、命を屠ることに特化した吸血鬼の歯だ。血よりも赤い瞳で、室内にいる『鞘』のメンバーを見渡す。
舐め回すようなその視線を受け、ガトーは平然としたままであり、フレイタワードは眉を少し顰めるだけに留める。しかし、『鞘』の四人目──サーミィは、射貫かれたように体をぶるりと震わせた。
「あっ、あァ~……こっちをジロジロ見るのはやめてください。前にも言いましたけど、アタシって、こう、人の視線が苦手なんですよ。浴びてるうちに肌に斑点が浮かび上がりそうでキモいじゃないですか──とほほ、せっかくあまり人がいない特殊部隊に配属して貰えたっていうのに、これじゃあ意味がありませんよ」
彼女は表面が卵の殻のように白く、つるりとしている仮面を被っており、その奥に潜む表情が窺えない。しかしながら、オーバーに動かされる手と響く声音は彼女が感じている嫌悪感をこれ以上なく表現していた。
しかしヴラッドは下品に笑うのを続けながら、
「人の視線が苦手って、相変わらず難儀な性格してんなあ、サーミィ! でも安心しな! 俺ちゃんは半分人で半分吸血鬼だからよ! なら半分はセーフだろ!」
「それは言葉の綾ってヤツですよ……」
サーミィの声には明らかに苛立ちが混ざっていたが、ヴラッドはそれを気にしていなかった。
そこで、ガトーが口を開いた。
「今日貴様を呼んだのは、ひとつ頼みたい仕事があるからでな。やってくれるか」
「おう、任せな」
ヴラッドは仕事の詳細も聞かないまま、首を縦に振った。気軽な仕草だった。
すると、卓上に布袋が音を立てて置かれた。その口から覗く内容物を見て、ヴラッドは「ワォ」と声を漏らす。
「てっきり『マクガフィン』を嗅ぎつけた奴らの暗殺かと思ってたが……どうやら、既に殺っちまってるようだな」
「私は貴様の戦闘能力を高く評価しているが、かといって貴様は戦闘以外にもやれることが山ほどあるだろう?」
その通り。
ただ戦いが出来る人員なら、帝国軍にはいくらでもいる。その中で更に、『マクガフィン』の防衛に適したスキルを持つと判断された人材が、『鞘』の構成員に抜擢されたのだ。そう言う意味では、多種多様な異能を持つ吸血鬼にルーツを持つヴラッドは、まさに適任と言えるだろう。
「この鼠が西の出身であることと、躰天使の契約者であることは判明している。それ以外の情報が欲しい」
「ははあ、なるほど」
ヴラッドは自分が頼まれた仕事を理解すると、生首を手に取る。皮膚の感触は触り心地がいいとは言えず、不気味だった。心臓から切り離されて久しい顔はとっくに蒼白に染まっている。
ヴラッドはしばらくの間、ボール遊びでもするように生首を手の中で転がしていたが、やがて両手の親指をそれの正中線に添えると。
ぐいっと。
指を食い込ませ、そのまま左右に開いた。
半吸血鬼の膂力によって熟れた果実のように裂かれる首。その断面からは、脳漿に混じり血が滴っていた。
ヴラッドはそれを指で掬い上げると、舌へと運ぶ。
「うっへぇ、やっぱ死んでから時間が経ってるとマジぃな。出来の悪いワインみてえだ……」
顔を歪め、不快感を露わにする。そのまま暫く口の中で舌を動かしていると、彼は味以外の情報を獲得した。
「名前はバーニチャウラ。アンタが言う通り、西の小国の出身で、十五の時に躰天使から『肉体伸長』の寵愛を得ている」
吸血鬼の固有能力のひとつに、血を舐め取ることでその人物の健康状態や思考といった情報を知ることが出来る、というものがある。ヴラッドはこのスキルが秀でており、たとえ対象が死骸であっても、その血を一滴呑むだけで詳細なプロフィールを把握することが出来るのだ。
「傭兵団に所属していて、そこで与えられたコードネームはスコープ……はあ⁉ オイオイ、嘘だろ⁉ 信じらんねえ!」
「? どうした?」
「いや、だってよぉ、その傭兵団のボスは──」
ヴラッドは鼻息を荒くしながら、自分が得た情報を口にした。それを聞いたガトー達は驚愕する。
「まさか、『彼女』が生きていて、傭兵団を設立していたなんて、優秀な僕でも驚きを隠せません。どうして『マクガフィン』を狙うのでしょう……なんて、愚問ですね」
自嘲気味に笑うフレイタワード。
アヴァロンの剣とは、それだけで危険を冒してでも手に入れる理由になるのだ。傭兵団という強大な戦力が必要とされる武闘派組織なら、是が非でも欲しいに決まってる。
「あ、あぁ~……じゃあ、もしかしていつか、その、『ソイツ』がこの島にやって来るんじゃ……」
「いや、そりゃねえな。(この生首野郎が本当のことを教えられている、というのが前提になるが)『ヤツ』が率いる別部隊は、遠く離れた島で起きている巨竜と大国の戦争に介入中だ。傭兵団としてはそっちがメインの仕事らしい。それが終わるまでは、こっちに来たくても来れないだろうよ」
サーミィが口にした危惧を、ヴラッドは否定する。
「生首野郎と一緒に仕事を任されていたのは、たったの三人だ。そして、俺はその情報を知っている」
とんとん、と自身のこめかみを指差しながら、ヴラッドは得意げな顔をする。
「ほくろの位置から日常の些細なクセに至るまで……ってわけじゃあねえが、同じ任務で行動するにあたって、それなりに情報を共有していたようだな」
言いながら、ヴラッドは『物質創造』で紙を具現化する。その表面には、軽薄そうな男、帽子を被った少女、コート女の姿が念写されていた。横にはプロフィールが羅列されている。彼の手の上で鯵の開きのようになっているスコープが知るバレル、トリガー、バヨネットの情報だった。
それらの中には、精鋭揃いの『鞘』のメンバーであっても驚くようなものがあったが、ヴラッドは余裕のある態度を保っていた。
「顔と能力が知れた敵なんて怖くねえ。これで教国との戦いに専念できるってもんだぜ。ぎゃははは!」
静謐な夜の空気の中に、半吸血鬼の哄笑が木霊した。




