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ゴーゴーストーリー  作者: 女良息子
第五章 腕鳴らしとマクガフィン
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108「毒天使・サマエル」

「ぐすっ……ひぐぅ……わ、分かったよぅ……アヴァロンだろうとマカロンだろうと、なんでも奪ってやるよぅ……ずびびび……邪魔する奴がいたら何人だってぶっ殺してあげるよぅ……先に死んだって言うスコープって間抜けの代わりに働いてやるよぅ……うう、えぐっ……」


 乾坤一擲で伸ばした手が不発に終わり、更に強く縛られたメェケンは、傭兵たちの誘いを受け入れた。物事が自分の思い通りにならないという理不尽に涙を流しているその態度は、どう考えても納得しているように見えないが、今の彼女にはその台詞を口にする以外の選択は無かったのだ。

 どういう術理を用いたか分からないが彼女の手を切り刻んだと見られるバヨネットは、塵を見るような目で泣きじゃくる成人女性を見下していた。メェケンの脳内にある『いつか殺すリスト』の上位に彼女の名が刻まれた。

 こうして傭兵団に半ば無理やり加入させられたメェケンは、自身の理想郷だった家から連れ出されたのである。

 拘束を解除されていない蓑虫状態のままトリガーに運ばれている時にも、メェケンはやかましく叫んでいた。

 それはもうぎゃーぎゃーぴーぴーえんえんと。

 病院に連れて行かれる子供の方がまだ大人しく見えるほどである。

 バレルが「仕方ないなあ」と言いながらメェケンの口元に手を当てる。すると次の瞬間、彼女は意識を失った。


 目を覚ますと、目に映る光景は島から小さな船室へと変わっていた。

 移動速度と隠密性に重点を置いている、流線形の小船である。

 窓から見える景色は、夜の闇に染まっていた。海上を移動したことで多少の時差はあるかもしれないが、メェケンは自分が島から運び出されてからかなり長い時間を夢の中で過ごしていたことを知る。


「おや目覚めたか──ようこそメェケンさん。『隠れ狙うシャドウフラワー号』へ」


 バレルは窓のそばに立っており、彼の足元ではバヨネットが雑魚寝していた。起きている時はあんな生意気な顔をしているというのに、寝顔には年相応の幼さがあった。背後にも気配がひとつある。おそらくトリガーのものだろう。

 『シャドウフラワー号』は商船や輸送船の類ではないため、内部に詰め込まれている荷物は非常に少なかった。驚くべきことに、傭兵団の船だというのに、武器の類はまったく見当たらなかった。


「他の奴らはともかく、今ここにいる俺たちは船で運ぶような武器を持たないからね。思えばスコープの得物も自分の体と寵愛だけだったし、ボスは俺たちのそういった身軽さが潜入任務に適していると思って、このチームを作ったのかもしれないな」


 バレルの解説を聞いたメェケンは、なるほどと手を打つことが出来なかった。首から下を糸でグルグル巻きにされたまま、床に転がされているからである。村の長の豪邸からここに運び出されるまでの間に、拘束を解除されなかったのだ。そういえば、拘束が強化されたことで分かったのだが、糸の色は白だった。ピアノ線だろうか?


「あのさア。私はさっき、お前らに協力するって言ったよね?」


「言ったね。すごく不本意そうだったけど、確かに言った」


「だったら、この扱いってナイんじゃナイ? ナイよね? ナイナイ! お前たち傭兵団は、仲間にこういう扱いをする組織なのかなぁ~⁉」


 心の中ではバレルたちに対する仲間意識なんて持っていないくせに、よくもまあこんなことを声高に叫べるものである。『解放されたらお前ら全員殺して逃げてやる』と顔に書かれていた。

 メェケンの訴えに、バレルは暫く黙り込むと、


「うん、そうだね。仕事を頼む以上、流石にずっとこのまま縛りっぱなしってわけにはいかないし、ここらで解放した方が良いだろう」


「ほんと⁉ やったぁ!」


「その前に──『毒薬作成』」


 バレルの言葉がそこで切れるのと、解放される喜びで大きく開かれていたメェケンの口に彼の指が突っ込まれたのは、まったく同じタイミングだった。


「んむぉっ⁉」


 突然の出来事に、メェケンは目を白黒させる。抵抗すべく歯を上下に動かすが、口内への侵入者はちっとも引いてくれない。その指先は舌と擦れてじゅぶぶと音を鳴らしながら、喉奥にまで這入っており、呼吸を著しく阻害した。息苦しい。視界が歪む。くぐもった声を漏らすたびに口の端から涎が流れた。酸素を求める体が四肢をばたつかせようとするが、拘束された状態ではそれすら不可能である。

 あまりの苦しみで、この拷問紛いの行為は永遠に続くのかと思わされたが、実際はたった数秒で終わった。


「げっほ! ごほごほっ! ……クッソォ~! なにすんだい!」


 指が引き抜かれた後、メェケンは涙目でせき込み、バレルを睨みつけた。

 彼は唾でテラついている指をハンカチで拭きながら、先ほどと変わらない調子で話を続けた。


「毒を呑ませたんだよ──ほら、さっき自分で言っていただろ? 何でも呑むって」


「え」


 言われてみて気が付いたが、指が口の奥に侵入した際に、涎とは違うドロリとした液体が喉を流れて行った気がする。まさかアレが? 毒?


「そ。『毒薬作成』──それが、俺が毒天使サマエルから受け取った寵愛だ」


 その効果は名前を見れば分かる通り、多種多様な毒薬の作成である。無論、作成の際には、毒物に対する知識が必要とされるが、その条件を満たした人物が振るえば、どんな毒も思いのままに作ることが可能なのだ。傭兵という荒事専門の職業にはぴったりな寵愛である。


「と言っても、今キミに呑ませた毒は、即効性のものじゃあない。効果が出るまで二日はかかるように調整してある。期限内に解毒剤を呑めば大事にはならないさ」


 まあ、その解毒剤を作れるのは俺だけなんだけどね──と、バレルは悪戯っぽく笑った。

 つまり、たとえば逃走するなり、バレルを殺害するなりして解毒剤を呑まないままタイムリミットを過ぎてしまうと、メェケンを待ち受けるのは服毒死なのである。


「言っておくけど、切断した腕が一瞬で元通りになる『肉体再生』の寵愛を持っているからって俺の毒も無効化できるとは思わない方が良い。『毒物作成』は天使の力なんだからね。天使の再生力には天使の毒だ。実際、数時間前にキミに嗅がせた麻酔はちゃーんと効いただろ? おまけに、この毒はかつての大戦でとある吸血鬼を三日三晩の悶絶の末に自死させた代物に極めて近い効果を持っている。君にマゾヒズムのケが無い限り、無謀な行動はオススメしないな」


「こんの……外道がア……!」


 自分のことは棚に上げて相手の性格を批難するメェケンだった。

 気付けば、それまで体をキツく縛っていた糸が解けている。もう必要が無くなったので解除したのだろう。なんてったって、今のメェケンは糸が比にならないほどの拘束をかけられているのだから。久方ぶりに自由になった腕を動かしながら起き上がる。その心には黒い靄のような不安が漂うばかりだった。

 それからメェケンはバレルから、向かう先の島の事情を聞いた。

 ふたつの国の国境付近が残った島。スプリ帝国。タム天使教国。帝国が手に入れたアヴァロンの剣。名を『マクガフィン』。それの護衛の為に新設されたという特殊部隊。偵察に向かっていたスコープの死。

 ざっくりとした説明だったが、無駄がない分、メェケンの苛立った頭でも十分に理解できた。


「朝には目的地に着く。スコープとの接触で帝国側の警戒は高まっているだろうし、これ以上防衛を強化されると厄介だ。教国だっていつ動き出すか分からない。だったら、さっさとケリをつけるべきだろう──キミもそう思わないか?」


 同意を求めるように、バレルは言う。

 メェケンは胃の中に佇む劇毒の存在を意識しながら、苦虫を噛み潰すような顔で頷いた。


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