103「ふたりの関係」
今回の後日談。
数日経ったチェレンの街は未だ混乱から抜け出せていないものの、チェーンが暴走した直後と比べればだいぶマシ程度までには落ち着いていた。世界の新たな秩序組織として名が知られている海上憲兵が事態の鎮静化に向かって迅速に動いていなければ、こうはなっていなかっただろう。それに解決に動いた憲兵の中に、配達員こと伝天使もいたのは、大きな一助となっていた。
伝天使。
伝達を、伝送を、伝搬を司る天使。
それが送り届けるのは、物品に留まらない。
形の無い声や思考さえも、その能力の対象である。
そんなチートじみた力があるからこそ、復興を並外れた速度で進めることが出来たのだ。
しかし、それはあくまで国の中央に近い地域の話であり、辺境の復興はまだ不十分である。
というわけで今日は東部に着手することになった配達員は、資材を確認すべく、仮設基地の傍に併設された簡易的な倉庫を訪れていた。
配達員は資材の管理から運搬まで自分ひとりでこなせるので、同行者はいない。中で他の憲兵が作業しているということもなかった。
「だからここで待ち伏せていたんですか。『シットローズ号』のサトー・ロータロー」
倉庫内の一角に目を向ける。すると、そこからひとりの少年が姿を現した。その顔にはバツの悪そうな表情を浮かべている。
「その様子だと、あれだけ負っていた傷は治っているようですね。──『シットローズ号』の方はどうなのです? 港にあった船はひとつ残さずチェーンに撃たれたと聞いていますが」
「……撃たれた直後にキロリッターが外装の殆どを直したから無事だ」
「そうですか。相変わらずトンデモない吸血鬼ですね、彼女は」
「とはいっても、専門知識がないと再現できない動力部分だけはどうにもならなかったらしくてよ。そっちは機関長が急ピッチで直してるところさ」
だから、『シットローズ号』は海上憲兵が在留している島から離れることが出来ずにいるのである。憲兵側がチェレン王国の方で忙しくなければ、今頃ちょっとした小競り合い程度の衝突がおきていたかもしれない。
「海上憲兵と敵対関係にある『シットローズ号』の船員が、いったい何の用です? 僕を暗殺しにきたんですか? それとも倉庫を破壊して、海上憲兵の活動を妨害するつもりでも?」
追及するように話す配達員だが、「それはないだろう」と思っていた。何かしらの害意を持ってこの場に現れたにしては、風格という者がなさすぎる。この場にいるだけで心臓が破裂しそうなくらいに緊張しているのが丸わかりだ。それに、隠れるつもりならもっと分かりにくい隠れ方がいくらでもあっただろう。これではまるで、元から配達員と会う為にここで待っていたみたいではないか。
もしもこれが全て演技の賜物だというのなら大したものである。演天使でも裸足で逃げ出すほどの名演だ。
「たとえ害意が無くても呆れますけどね。海上憲兵の基地に無断で侵入するなんて、それだけで捕まっても文句の言えない行為ですよ。まあ、かつてスピア国にてヒヒオゥ大佐の基地を襲撃したあなたにとっては今更すぎる話なのかもしれませんが」
「げっ、そこまで知られていたのか……」
そういえば、とロータローは配達員が『フールブック号』で初めて対面した時から自分が半吸血鬼であることを知っていたことを思い出した。スピア国の海上憲兵あたりから、情報を収集していたのかもしれない。
「ちょっと聞きたいことがあって来ただけだよ」
「…………」
配達員は顎に手を当てて、沈思黙考する。
ここでロータローを牢獄に放り込むのは、逃げた兎を捕まえるよりも簡単だ。輪を使えば一瞬である。
しかし、彼はお尋ね者の身であると同時に、此度のチェレン王国の一件で海上憲兵に代わって働いた立役者でもある。そんな人物をぞんざいに扱うほど、配達員は厚顔無恥ではない。
それに『シットローズ号』にキロリッター・トングラム・センチメンタルが乗っていると分かった今、その船員との迂闊な接触は避けるべきだ。どんな行動が虎の尾を踏む結果になるか分からないからである。かつて魔王と勇者の戦争において、実質的な第三勢力と認識されていた彼女を敵に回すのは、せっかく安定に向かい出した世界のバランスを大きく崩しかねない。
配達員はため息を吐いて、赤い髪を揺らした。
「単身でここまで来た度胸に免じて、話を聞いてあげましょう」
「ありがとう。助かるぜ」
と言っても、配達員はここでロータローが海上憲兵の機密に関わるような質問を投げかけてきたらすぐさまワープホールに放り込んで適当な場所に捨てようと思っていた。
果たしてロータローが聞きたいこととは、
「チェーンは無事か?」
という予想外の質問だった。
身構えていた配達員は面食らいながらも、次のように答えた。
「命がある、という意味では無事と言えます。もっとも、未だに意識は戻っていませんし、たとえ戻ったとしても暫くはベッドの上での生活が続くでしょう──まあ、あのキロリッターと戦って命があっただけでも幸運ですね。それに、彼女は此度の件の重要人物ですし、必ず復活させてみせますよ」
「そうか……それは良かった。ありがとう」
感謝を述べるロータローは、心の底からチェーンが無事なことに安堵していた。
一方、配達員はまだ驚きから醒めずにいた、まさか、ロータローは本当にチェーンの無事を確認するためだけに、自分に会いに来たのか?
最初に見つけたのが自分だったから良かったものの、もし他の憲兵だったら発砲されてもおかしくないんだぞ。
とんだ命知らずである。……ああ、そうだ。サトー・ロータローは不死身の半吸血鬼だから、命なんて知らないようなものなのか。だとしても、馬鹿なことをやったものだと呆れるが。
「この程度のことを知りたかったのなら、わざわざ僕の前に姿を現す必要はなかったんじゃないですか? チェーンの元に向かえば良かったでしょうに」
「いや、それはダメだ。俺はもうアイツと会わない方がいい──会っちゃいけないんだと思う」
そう語るロータローの態度は、チェーンを畏れて逃げているように思えたが、同時に繊細な何かを壊すのを避けているようにも思えた。
それを見て、配達員は違和感を抱く。
「奇妙ですね」
「え? 何が?」
「貴方のその態度がですよ。貴方はチェーンが起こした一連の騒動で痛い目を見たようですし、てっきり恨みのひとつでも抱えているのかと思っていたのですが……どうやら違うようだ」
「あー……」
そこでロータローは指で頬をぽりぽりと掻いた。
「たしかに、あの日は本当に死ぬところだった。会わなきゃ良かったとさえ思っているよ。それでも……」
アイツを恨む気にはなれねえなあ、と。
まるで、小さな子供がした悪戯を許すような顔で言った。
あまりにもあっさりと言うものだから、配達員は己が耳を疑った。伝天使ともあろうものが、音の伝達をミスしてしまったのではないかとさえ思った。
しかし、聞き間違いでもなければ、言い間違いでもなかった。実際にロータローはチェーンに対して、被害者が持つべき悪感情を有していないのである。
なんと信じ難いことだろう。
いったい彼と女王の間に、どんな関係があれば、そんな結論を出せるのか。
配達員のその疑問は、胸に抱いた次の瞬間には口から滑り出ていた。
問われたロータローは暫く考えた後、
「関係なんかないさ。『俺』と『アイツ』は無関係だ」
今までで一番はっきりとした声で、そう答えた。




