100「世界を救うのがアヴァロンの場合」
取り出された二本の剣は、形状が違えば長さも違っていた。
ひゅん。
少年は短い方を投げる。剣というよりも矢に近い形をしている両刃の武器だった。
くるくると車輪じみた動きで回りながら迫り来る短剣を認めたオーロラは、両者の間の空間に刃を走らせる。すると、暗闇が軌跡をなぞって現れた。
触れるもの全てを飲み込む暗闇。
それは最強の矛にして、最強の盾である。
隼のように飛んできた短剣は暗闇に向かってまっすぐに突っ込んで行った。そして、それに飲み込まれた瞬間、刃が風を切る音は途切れた。
「突然目から火を噴いて武器を取り出したのには驚かされたわ。……何かの寵愛かしら? でも、折角出した武器がこうして消えたら意味がないわよね」
オーロラは闇を挟んで少年を見下した。その次の瞬間には、刃の輝きが闇の向こうから顔を見せていた。
ひゅん。ひゅん。ひゅん。
その形は、先ほど闇の彼方に葬った短剣と同じものである。──それが三本。
『ミッシングページ』が生み出した暗闇を避けるような軌道で飛来し、二本はオーロラの左足と右肩に突き刺さり、残りの一本は脇腹を切り裂いて後方に消えていった。
予期せぬ痛みに神経が悲鳴を上げる。
いったいどういうことだ? あの短剣は消えたはずでは?
「まさか、一本だけしかないように見せかけておいて、実は同じものを何本も用意していたの? 卑劣なトリックを……!」
「違うよ。それじゃあただの手品だ。そんな物は美しくないし、この剣に相応しくない」
オーロラは背後から風を切る音を聞いた。
背後。自分の体を裂いた短剣が飛んで行った方向だ。どういう理屈かは知らないが、どうやらまだあの剣はまだ飛行を続けているらしい。
咄嗟に横に跳んで回避を試みる。見慣れた刃が頬の真横を掠めた。──そして、二本の剣が背中に突き刺さった。
「あ、ぎぃっ⁉」
次は我慢できずに悶えてしまった。
何故だ。
何故また増えた。
背後から飛んできたのだから、少年が隠し持っていたということはないはずだ。仮にあの剣にブーメランのような機能が付いていたとしても、戻ってくる際にその数が増えるのはおかしいだろう。常識的に考えてあり得ない。
そんな摩訶不思議な能力を持つ剣なんて──
「凄いだろう? 『集い蠢くアンソロジー』──かつてアヴァロンがゴブリンの大群に困っていた南の小国に齎した剣だ」
少年の声は淡々としているものの、その表情には隠し切れない誇らしさが滲み出ていた。先ほどまで漂わせていた凛とした態度からは程遠い。
自慢の収集物を紹介するコレクターの顔をしながら、少年は続けた。
「『刀剣作成』の寵愛で与えられた異能は『自己増殖』。剣自体の殺傷力はそこまでないんだけど、所有者の手から離れたら鳥のように勝手に動いて、敵の体に刺さるまで増え続けるんだ──こんな風に」
ひゅん。ひゅん。ひゅん。ひゅん。ひゅん。ひゅん。ひゅん。
ひゅん。 ひゅん。ひゅん。ひゅん。 ひゅん。 ひゅん。ひゅん。
ひゅん。ひゅん。ひゅん。 ひゅん。ひゅん。 ひゅん。ひゅん。ひゅん。
ひゅん。 ひゅん。ひゅん。ひゅん。ひゅん。 ひゅん。 ひゅん。ひゅん。
夥しい数の風切り音が周囲を埋め尽くす。視界に映る『アンソロジー』の影は、まるで羽虫の群れみたいだった。
大量の短剣は暫しの滞空を挟んだ後、オーロラ目掛けて一斉に飛んだ。
四面楚歌極まる絶望的な状況だが、彼女はそれでも諦めず『ミッシングページ』を振った。
ここで諦めない。諦めるわけにはいかない。父の想いを継ぐため、国王の座を再び取り戻さなくてはならないのだ。こんなところで名前も知らない相手にやられるわけにはいかない。だから、剣を振る。ひたすらに、振り続ける。
『アンソロジー』の何本かは闇に飲まれたが、それ以外はオーロラの体にざくざくと音を立てて突き刺さる。数の差は残酷だ。
オーロラは最初は獣のような勢いで剣を振っていたが、流血の量に反比例して力が弱まっていき、ついには膝を着いた。倒れると同時に『ミッシングページ』を取り落とす。黒い刃は地面を滑って離れていった。
騒々しかった羽虫たちはいつの間にか姿を消し、一本だけになって少年の手に戻っていた。彼はそれを右目の炎の中に放り込むと、『ミッシングページ』に向かって近づいていく。
その手には『アンソロジー』と共に取り出していた長くて真っすぐな剣身の片手剣が握られていた。
「『絶ち終わるピリオド』」
拙い。
この剣が触れたら、『欠け落ちるミッシングページ』は破壊される。
せっかく手に入れた国宝の代理品が、終わってしまう。
振り上げられた片手剣の力を直感的に理解したオーロラは、魔剣を庇おうとした──が、ハチの巣のようになっている体では、その程度の行動すら不可能になっていた。
腕よりはマシに動く口を開く。せめてもの抵抗だ。
「この剣は国宝の代わりに顕現したのよ? その経緯がなくても、これは伝説に語られるアヴァロンの剣なんでしょう?」
「ええ、そうですとも。貴方に説かれずとも、僕はこの剣の貴重性を十分理解していますよ」
「なら、どうして……こんな素晴らしい剣をこの世から永遠に失わせるなんて……」
「……ああ、それなら心配しなくていいですよ」
にっこりと目を細めて笑う。幼い頃から人を安心させる術を心得ている美男子のみが作れる表情だ。
「たしかに物体としての『欠け落ちるミッシングページ』はこの世から消え失せるけど、その『記録』までは無くならない。ちゃんと記録しているからね」
くりくりとした目が再び開かれる──その右。
踊る火炎の中には、いくつもの剣が収納されているように見えた。剣だけではない。多種多様な人や物、果ては風景さえも、眼球ひとつ分の炎の中にあった。
炎の中に記録されていた。
「録天使の『視界記録』──右目で見たものを記録できる寵愛だ。さっきやったように、記録したものの複製品を具現化することだってできる」
その時、オーロラは見た。
少年の炎眼の中に、『ミッシングページ』とそっくりな……というより『ミッシングページ』そのものな剣が、記録されているのを。
「たとえこの世界で壊れたとしても、僕の中ではずっと記録され続けるんだ。だから、心配することはない」
言って、少年は『ピリオド』を振り下ろした。
刃先で軽く叩かれただけのように見えたが、たったそれだけで『ミッシングページ』は粉々に砕け散り、細かな粒となって消滅した。まるで、『ピリオド』に触れることそのものが、『ミッシングページ』という存在の幕引きであるかのようだった。
「な、なんなの貴方は……」震える舌で問いかける。「アヴァロンの剣を破壊したかと思ったら、その複製品を作るなんて……いったい何の目的があってこんなことを……」
「……ここまでしておいて、理由さえ教えないのは酷か。──僕はね、世界を救いたいんだよ」
少年は特に隠す様子もなく明かした。
「アヴァロンの剣は強い。本来の用途だった魔王との戦いが終わった後も世界に残り、決して無視できない脅威として君臨し続けている程にだ。その結果、世界はどうなった? 答えは色々とあるだろうけど、僕の師匠の場合はこうだ。『弱く、醜くなってしまった』」
「師匠?」
「アヴァロンだよ」
思いがけない名前に、オーロラは息を呑んだ。
「魔王という明確な敵がいなくなった今、行き過ぎた力は人を堕落させ、僅かに残った同族同士で争いを起こさせることさえあった。チェーンと王権を争っていた君だって、その例外ではないだろう?」少年はオーロラに視線を向けた。「そんな風に落ちぶれる世界を見て、師匠は心底嘆いていたよ。もちろん、嘆くだけじゃなくてどうにかしようと行動していたけど、魔王との戦いで摩耗していた体では、大したことができなかった。──だから、代わりに僕がやることにしたんだ」
強い意志が込められた声で言った。
「弱くて醜い奴らがアヴァロンの剣に呑まれるというのなら、強くて美しい者だけの世界を作ればいいと思わないかい? そしたら師匠だって報われる。幾つもの剣を作ったあの人の生涯が、決して無駄ではなかったと証明できるはずだ」
「そんなこと簡単に出来るわけが……」
「できるさ」
はっきりと言い切った。
「一度世界をまっさらにして、その後で僕の目にある『強くて美しい記録』で上書きすればいい。そうすれば、師匠が求めていた強く美しい『理想郷』の完成だ」
「…………!」
褒められた性格をしていないオーロラですら絶句するほどに、少年の理想は狂っていた。
あまりにも真っすぐで、眩しくて、それでいて悍ましい。
救済というにはあまりにも革命的で、創立というにはあまりにも破壊的な計画である。
そもそも『強くて美しい記録』で上書きするまえに、世界をまっさらにするなんて出来──いや、できるか。
できてしまうのだ。
オーロラは実際に見たことは無いが、アヴァロンの剣の中には、世界を白紙に塗り替えるほどの代物があったっておかしくない。なにせ、それは元を辿れば、世界を脅かしていた軍勢と渡り合うために作られた武器なのだから。世界級の脅威をもっていることも十分にありえるだろう。なんなら『欠け落ちるミッシングページ』ですら、使い方によっては世界を暗闇の向こう側に放逐することが可能なのだ。
「僕は成し遂げてみせる、師匠の理想を。そのためにはまずは記録の蒐集が必要だ──だから」
多量の出血と魔剣を失ったショックにより、限界を迎えつつあったオーロラの意識は遠のきかけていた。
完全に途切れる直前まで視界に焼き付いていたのは、少年の右目で輝く赤だった。
「僕がこの目に映すのは、美しいものだけ。この目で捉えるのは、戦うべき強者だけだ」




