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血の継承【改訂版】  作者: Salhi smail
第四章 アイン・アルワル編

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マルワンとラヒールの墓

広場での出来事が終わっても、ヤザンは客舎へ戻らなかった。


古い井戸のそばに立ったまま、行き先を身体に問いかけているかのように動かなかった。


住民たちは、ゆっくりと彼の周囲から離れていく。


近づいてくる者はいない。


目が合えば顔を伏せ、言葉になりかけた囁きは、口から出る前に消えた。


アイン・アルワルの人々は、ヤザンがアルマザから来た見知らぬ騎士ではないと知った。


だが、知ったからといって、そこに温かさが生まれたわけではない。


生まれたのは、沈黙だった。


そのほうが正直だった。


背後からラカンの声がした。


「ヤザン」


ヤザンが僅かに振り返る。


ラカンは、彼を圧迫しない距離に立っていた。


近くにはマヤとシグラン、アシールもいる。サーリム、ヌーリヤ、ジャラールは広場の端でマスウードとともに、井戸と古い水路を監視する範囲を地図へ記していた。


ラカンが尋ねる。


「どこへ行きたい?」


大丈夫かとは聞かなかった。


客舎へ戻れとも言わない。


ヤザンは、広場からナツメヤシの外れへ続く細い道を見た。


小屋へ続く道。


二つの墓へ続く道。


「マルワンのところへ」


ラカンは頷いた。


「行ってこい」


マヤが一歩踏み出しかけ、止まった。


シグランは片手を握ったまま、何も言わない。


アマニの言葉を聞いてから、彼の怒りは炎よりも重いものへ変わっていた。


どこへ向ければいいのか、自分でも分からないようだった。


やがて、シグランがぶっきらぼうに言う。


「呼んだ時は、すぐ戻れ」


ヤザンは彼を見る。


命令というより、遠くへは行かないと伝えるための、シグランなりの言葉だった。


「分かった」


そう答え、歩き出した。


     *


ヤザンは、日差しに色を奪われた石膏の壁の間にある、細い砂の道を進んだ。


壁の下部には、昔流れていた水が残した暗い線があり、その先は砂の中へ消えている。


閉ざされた家の前を通る。


傾いたナツメヤシを過ぎる。


砂に半分埋もれた細い水路の角を曲がる。


道を考える必要はなかった。


頭より先に、身体が覚えていた。


日が暮れる前、マルワンに呼ばれて走った場所。


転んで膝を傷つけ、そのまま小屋へ戻った場所。


転んだ時には泣かなかった。


だが、傷を見たマルワンが「大丈夫だ」と言った瞬間、涙が出た。


低い壁の近くでは、村の子供たちが遊ぶ姿を遠くから眺めていた。


誰かに見つかる前に、いつも引き返した。


アイン・アルワルは大きな村ではない。


それでも、一人で歩く子供には、あまりにも広かった。


広場から離れるほど、人々の声は遠ざかる。


残ったのは、乾いた葉を揺らす風と、古い水路の奥に残る、僅かな水の音だけだった。


遠くでは、禁じられたナツメヤシ園が静まり返っている。


夜明けに起きたすべてが、身体に傷だけを残した悪い夢だったかのように。


やがて、マルワンの小屋が見えた。


記憶の中と同じ姿ではない。


屋根は片側へ沈み、左の壁には長い亀裂が走っていた。木の扉も、年月と砂埃によって黒ずんでいる。


それでも、小屋は残っていた。


貧しく、不器用な意地を張るように。


どこか、持ち主に似ていた。


ヤザンは扉の前で立ち止まる。


中へは入らなかった。


小屋の裏へ回る。


古いナツメヤシの近くで、地面が僅かに高くなっている。


二つの墓が、そこにあった。


マルワンの墓。


ラヒールの墓。


飾りも、紋章もない。


砂が崩れないよう周囲を小石で固め、頭の位置に簡素な墓石が一つずつ置かれていた。


端には、風に耐えた乾いた草が僅かに残っている。


ヤザンはマルワンの墓の前へ膝をついた。


言葉は、すぐには出なかった。


身体には疲労が残っている。


衣服は砂にまみれ、両掌には乾いた血がついていた。


それでも膝が地面へ触れた瞬間、彼は再び七歳になった。


だが今度は、逃げてはいない。


「戻ってきた」


風は答えなかった。


ヤザンは手を伸ばし、墓の端へ触れる。


朝の陽を受けた砂は温かかった。


「今回は、逃げなかった」


言葉にすると、思っていた以上に重かった。


ナツメヤシ園のことだけを言ったのではない。


鉤爪。


水路。


村。


そして、子供だった自分には守る方法さえ分からなかった名前。


ヤザンは僅かに顔を伏せた。


「怖かった……でも、動けた」


手を砂の上へ置いたまま、長い沈黙が続く。


記憶の中で、マルワンは小屋の前へ座り、薪を束ねていた。


日差しに刻まれた皺。


疲れていても温かかった目。


――一歩で十分だ、ヤザン。


そう言ったのはマルワンではない。


ラカンだった。


それでも、マルワンなら理解しただろう。


そして、子供が何かを学んだと気づいた時のように、褒めることなく静かに頷いたはずだ。


ヤザンはゆっくりと、隣の墓へ移った。


ラヒールの墓。


呼吸が難しくなる。


マルワンへの悲しみには、形も声もあった。


硬い手。


パンとナツメヤシの実の香り。


小屋の入口で、自分の帰りを待つ影。


だが、ラヒールは不在そのものだった。


僅かに聞かされた名前。


何を話せばいいのか分からないまま訪れた墓。


記憶の中に一つも残っていない顔。


ヤザンは、頭側に置かれた小さな墓石を見る。


名前は、拙い文字で刻まれていた。


刻んだ者は、文字を美しくする方法を知らなかったのかもしれない。


それでも、消えないように残す方法は知っていた。


ラヒール。


ヤザンは指を伸ばした。


だが、石へ触れる直前で止まる。


マルワンの墓へ触れるのは難しくなかった。


マルワンは今も、自分の中にいる。


だが、この墓の前では、抱き方さえ知らない悲しみと向き合わなければならなかった。


やがて、彼は言った。


「あなたのことを知らない」


言葉は、思っていた以上に自分を傷つけた。


ヤザンは顔を伏せ、続ける。


「でも、会いたかった」


母さん、とは言えなかった。


その言葉は胸の中で止まっていた。


あまりにも近く。


そして、あまりにも遠かった。


     *


ラカンとマヤ、シグランは、数歩離れたナツメヤシの影で止まっていた。


最初に後を追ったのはラカンだった。


ヤザンの時間へ踏み込むためではない。


彼が抱えるものが、一人で立っていられないほど重くなった時、近くにいるためだった。


マヤが静かな足取りで続いた。


シグランも、何も言わずにやってきた。


それ以上は近づかない。


彼らの存在は侵入ではなく、守りだった。


マヤは墓石に刻まれた名を読んだ。


ラヒール。


その名前で、一瞬、視線が止まる。


そして、ヤザンの背中を見た。


理解した。


何も言わない。


動こうともしなかった。


ただ、彼が振り返った時に見つけられる場所へ立っていた。


シグランは二つの墓を見てから、ヤザンへ目を向けた。


マルワンを失った。


ラヒールについては、縋るための記憶さえ持っていない。


拳を握った。


だが、炎は出さなかった。


ここには、焼けるものなど何もなかった。


ラカンは、墓石に刻まれた名前を見つめていた。


ラヒール。


遠い場所で、一度聞いたことがあるような感覚が胸の奥を掠める。


顔は浮かばない。


答えもない。


ただ、その名前が完全に見知らぬものではないという、不快な感覚だけが残った。


ラカンは尋ねなかった。


今ではない。


彼女の墓の前でもない。


ヤザンは墓石を見つめたまま、さらに低い声で言う。


「あなたにとって、俺が何であるべきだったのか分からない」


一度、言葉を切る。


「あなたが、俺にとってどんな人になっていたのかも」


弱い風が、墓の端にある砂を動かした。


ヤザンはもう一度、手を伸ばす。


今度は、指先を石へ置いた。


何も起こらない。


記憶も戻らない。


声も聞こえない。


顔も見えない。


そこにあるのは、温かい石と、名前と、大きな空白だけだった。


それでも、ヤザンは手を離さなかった。


     *


小屋の裏から声がした。


「来ると思っていたよ」


ヤザンが振り返る。


ひび割れた壁のそばに、ターヒル老人が立っていた。


手には小さな水差しと、古い布を持っている。


ラカンたちへ一度だけ目を向け、すぐにヤザンへ視線を戻した。


ゆっくりと近づき、二つの墓のそばにある石へ腰を下ろす。


「マルワンはこう言っていた。子供は、自分を傷つけた場所に立てるようになった時、そこへ戻るものだと」


ヤザンは答えなかった。


ターヒル老人は水差しを置き、布の端を濡らした。


最初にマルワンの墓石を拭き、次にラヒールの墓石へ移る。


何度も繰り返してきたことが、その手の動きから分かった。


ヤザンが尋ねる。


「二人の墓を、手入れしてくれていたの?」


「できる時だけだ」


ターヒル老人は少し黙った。


「ラヒールの墓を守っていたのは、昔からわし一人ではない。マルワンも、生きている間は決して風任せにしなかった」


ヤザンはラヒールの墓を見る。


「夜明け前に来ることもあった。ここに座り、何も言わずに石を拭いて、砂を整える。それから、お前が目を覚ます前に戻っていた」


ヤザンの胸が締めつけられる。


マルワンは、一度もそのことを話さなかった。


ターヒル老人が続ける。


「あの男は、彼女を失った悲しみを一人で背負った。お前の背中へ載せないためにな」


ヤザンは目を伏せた。


「彼女のことを、あまり話してくれなかった」


「子供に、死を優しく伝える方法が分からなかったんだろう」


ターヒル老人は布を絞り、水差しのそばへ置いた。


「だが、忘れたわけではない。愛した者のことを話さない男もいる。口にすれば、いなくなったことがもっと大きくなるからだ」


ヤザンは二つの墓を見つめていた。


ターヒル老人が言う。


「時々、わしにこう言っていた。『あの子が大きくなったら、あの子に罪はないと伝えてくれ』」


砂の上に置かれたヤザンの指が止まった。


ラカンも、老人へ鋭く目を向ける。


ターヒル老人は少し間を置いてから続けた。


「お前の前では言わなかった。子供に罪はないと言えば……大人たちが、その子へ押しつける罪を探していたことまで気づかせてしまうからな」


ヤザンは拳を握った。


何も言わない。


だが、その沈黙は空ではなかった。


マヤが目を伏せる。


シグランは、ナツメヤシのほうへ顔を逸らした。


やがて、ヤザンが尋ねる。


「俺のことを、知っていた?」


ターヒル老人は、その問いの意味を理解した。


「ラヒールが?」


ヤザンが頷く。


老人は、すぐには答えなかった。


「お前を知るための時間を、十分には持てなかった」


静かで、残酷な言葉だった。


そのあとで、ターヒル老人は続ける。


「だが、最期の息まで、お前を抱いていた」


ヤザンが顔を上げる。


「マルワンは、彼女がなかなかお前を手放さなかったと言っていた。力が尽きかけてもな」


ヤザンは動かなかった。


短い言葉だった。


それでも、彼が初めて持つラヒールの姿を与えた。


二本の腕。


そして、自分を簡単には手放さなかった一人の女。


ヤザンは僅かに顔を伏せる。


泣かなかった。


指を墓石へ置いたまま、心のどこかで何かが、ほんの一瞬だけ逃げるのをやめた。


     *


道の端に、アマニが現れた。


両手に藁人形を抱き、ゆっくりと歩いてくる。


母親は少し離れた石膏の壁の影に残っていた。


前へは出ない。


娘を止めることもしなかった。


最初に気づいたのはシグランだった。


だが、何も言わない。


アマニは二つの墓へ近づき、すぐそばへ入る前に立ち止まった。


ターヒル老人を見る。


老人は静かに頷いた。


アマニが小さな声で尋ねる。


「……いい?」


ヤザンは顔を上げる。


藁人形を見る。


それから、アマニへ目を向けた。


何を意味しているのかは聞かなかった。


ただ頷いた。


アマニは前へ進み、マルワンの墓の近くへ膝をつく。


そして、どちらか一方の上ではなく、二つの墓の間へ藁人形を置いた。


「今度は……なくしたくないの」


ヤザンは、人形を長く見つめた。


藁と糸。


古い布の切れ端。


それでも、その人形には、彼の幼い日の一日が残っていた。


誰にも見られていないと思っていた日。


誰の記憶にも残らず、消えたと思っていた日。


ヤザンは手を伸ばし、人形を慎重に持ち上げる。


あまりにも軽かった。


その中に残るすべてを抱えるには、軽すぎた。


アマニが言う。


「ここに置いてもいいし……持っていってもいい。もし、いらなかったら……」


最後までは言えなかった。


ヤザンがゆっくりと首を横へ振る。


「捨てない」


アマニの表情が僅かに緩んだ。


完全な笑みではない。


だが、目の奥にあった小さな重みが消えた。


しばらくして、ヤザンが言う。


「ずいぶん小さかったのに」


アマニが答える。


「小さかった。でも、あなたのことは見てた」


ヤザンは返す言葉を見つけられなかった。


それで十分だった。


少し離れた場所で、アマニの母親が顔を上げる。


ヤザンの手にある人形を見る。


次に、ラヒールの墓へ視線を移した。


そして、再び目を伏せた。


近づいてはこない。


謝罪もしない。


一言では元に戻せないものを、無理に直そうともしなかった。


それでも、アマニを引き離すことはなかった。


ターヒル老人は、腰を下ろしていた石へ手をつき、ゆっくりと立ち上がった。


「墓は、逝った者を連れ戻してはくれない。だが、あの者たちがここにいなかったと、自分に嘘をつくことを許さない」


ヤザンはマルワンの墓を見る。


それから、ラヒールの墓へ目を移す。


「戻ってくれば、何かはっきりしたものを感じると思ってた」


ターヒル老人は悲しげに笑った。


「村は、簡単には答えをくれない。特に、自分たちが傷つけた者にはな」


少し黙り、続ける。


「怒る権利まで、あいつらに奪わせるな。だが、その怒りに、残ったものまで奪わせるな」


ヤザンは答えなかった。


だが、その言葉は残った。


ラカンが小さく一歩退く。


マヤも黙って続いた。


シグランはもう一度、二つの墓を見た。


それから、二人のあとを追う。


彼らが離れる前に、道の向こうからアシールがやってきた。


会話のすべてを聞いたわけではない。


だが、ラカンがラヒールの名の前で立ち止まったことも、その目に残る問いも見ていた。


アシールは、彼にだけ聞こえる声で言う。


「墓の前で、何かを見つけたのね」


ラカンは彼女を見なかった。


視線は、マルワンとラヒールの墓の間に座り、藁人形を手にしたヤザンへ向いている。


「聞き覚えのある名前だった」


アシールが墓石を見る。


「どこで聞いたか、思い出したの?」


「いや」


ラカンは一度、言葉を切った。


「今は聞かない」


アシールは、それ以上追及しなかった。


ただ言う。


「問いは、開く場所を誤れば刃になるわ」


ラカンが答える。


「だから、ここでは開かない」


二人は、その場を離れた。


     *


その日の夕暮れになっても、アイン・アルワルが故郷へ変わることはなかった。


ヤザンへ両腕を広げることもない。


村人たちが突然、過去の仕打ちを忘れて家族になることもなかった。


それでも、古い小屋のそば。


ナツメヤシと水路の間で、ヤザンの傷は以前よりもはっきりとした形を持った。


マルワンの墓は、ただ記憶へ逃げ込むための場所ではなくなった。


ラヒールの墓も、触れ方さえ分からない遠い名前ではなくなった。


藁人形は、ヤザンの手の中に残った。


今度は、風にも奪われなかった。


アマニは、かつてのヤザンへ小さな証を与えた。


彼が、完全に誰の目にも映らない子供だったわけではないという証を。


その日、ヤザンはアイン・アルワルを許さなかった。


村が彼の故郷へ戻ったわけでもない。


だが、もう名前のない傷ではなかった。


その傷には、二つの墓があった。


一体の藁人形。


自分を見ていたと言った少女。


そして、砂が死者を呑み込むことを許さなかった一人の老人。


それは、ヤザン自身にもまだ名づけられない何かの、小さな始まりだった。

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