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血の継承【改訂版】  作者: Salhi smail
第一章 アルマザ学院編

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 徽章なき少年


その夜、イザンはほとんど眠れなかった。


旅で身体は疲れ切っていた。


それでも頭だけは目覚め続けていた。


目を閉じれば、再び黒きナツメヤシの園で目覚めてしまうのではないかと恐れているかのように。


眠ろうとするたびに、記憶が戻ってきた。


砂へ落ちたマルワンの手。


自分を理解できなかった水。


そして、アルマザの門。


あの門が開いたのは、自分が何者なのかを知っていたからではない。


隣を歩く男を知っていたからだ。


ファドゥース。


心の中で、その姓を繰り返した。


自分の名ではない。


自分はイザンだ。


ファドゥースという姓は、身体には大きすぎる外套のようだった。


自分が何のためにこの都市へ来たのかを知る前に、アルマザに呑み込まれないため、身につけなければならないもの。


夜明けが近づいた頃。


シャーミルの声が聞こえた。


「起きろ」


イザンは目を開けた。


二人は、アルマザの一角にある静かな宿の小部屋に泊まっていた。


壁は清潔で、寝床もアイン・アルワールで眠っていたどの寝床より上等だった。


それでも、家の中にいるとは感じられなかった。


身体を起こし、目を擦る。


「もう時間?」


シャーミルは扉のそばに立ち、暗い外套をまとっていた。


長い白髪は後ろで束ねられている。


道を共にした旅人の姿には、もうあまり見えなかった。


自分がよく知る場所へ戻ってきた男。


そして、その場所を思い出したくはない男のように見えた。


「ああ」


イザンは冷たい水で顔を洗った。


小さな器に映る自分を見る。


細い顔。


疲れた目。


どれほど手で整えようとしても、もう言うことを聞かない黒髪。


シャーミルが、折り畳んだ衣服を差し出した。


「これを着ろ」


イザンは布を開いた。


青みを帯びた濃い灰色の制服だった。


丈夫な布で作られ、動きやすそうだった。


簡素な帯。


膝まで届く短い上衣。


だが、イザンの目を最も引いたのは、胸元に残された小さな空白だった。


そこへ触れる。


「これは?」


「徽章をつける場所だ」


「何の徽章?」


「氏族の徽章だ」


イザンは黙った。


それから尋ねる。


「僕は?」


シャーミルが彼を見る。


「まだ持っていない」


「氏族がないから?」


答えが返るまで、わずかな間があった。


「お前を見た時、何を見るべきなのか、まだ誰も決めていないからだ」


イザンには、その答えのすべては理解できなかった。


だが、安心させる言葉ではないことだけは分かった。


制服を着る。


昨日、都市へ入ってきたアイン・アルワールの少年とは、別人のように見えた。


それでも、胸にある空白だけは、制服のどの部分よりも目立っていた。


     ◆


日の出から間もなく、二人は宿を出た。


アルマザは、すでに目覚めていた。


石畳の道には、同じ方向へ歩く生徒たちがあふれている。


笑っている者。


自信に満ちた声で話す者。


家族に囲まれている者。


使用人に荷物を持たせている者。


彼らの胸や肩には、それぞれ異なる徽章があった。


赤い炎。


青い波。


銀色の羽。


茶色い岩。


黄色い稲妻。


白い氷。


黒い影。


そして、金色の光。


誰もが、自分がどこから来たのかを世界へ示す印を持っていた。


イザンが持っているのは、シャーミルから与えられた姓だけだった。


学院の門を前にして、足が止まった。


巨大な石の城壁。


その中央に据えられた、暗い金属の門。


奥には訓練場と塔が広がり、上空ではアルマザの旗を囲むように、八氏族の紋章が翻っていた。


学院には見えなかった。


都市の中に築かれた、もう一つの都市。


入った者を受け入れ、別の人間へ作り変えるための場所に見えた。


門の前では、家族が子供たちを見送っていた。


息子の肩に手を置く父。


娘の衣服を直す母。


主人がほかの生徒を見回している横で、箱を持ち上げる使用人。


まるで競争は、門をくぐる前から始まっているかのようだった。


イザンの肩に、誰かの手はなかった。


それでもシャーミルが隣を歩いていた。


彼がいるだけで、周囲の人々が二人の進む道を空けた。


一人の門衛が前へ出る。


「名前と徽章を」


イザンが答えるより先に、シャーミルはガスカン氏族の暗い徽章を見せた。


門衛の表情が変わった。


すぐに姿勢を正す。


「シャーミル将軍」


そして、それ以上何も聞かずに道を開けた。


イザンは門衛の前を通り過ぎた。


安心するべきだったのかもしれない。


だが、できなかった。


自分が認められたから入れたのではない。


影の将軍を止める勇気が、門衛になかったから入れただけだった。


     ◆


中には、石で舗装された広大な広場があった。


一本の長い道が、白い柱の並ぶ中央の建物へ続いている。


入口には、登録用の板を抱えた一人の女が立っていた。


髪は整然と結ばれ、表情は厳しい。


その目は、相手が口を開くより先に細部を捉えるほど素早かった。


顔を上げないまま言う。


「新規志願者は東側の広場へ。保護者の方は、こちらで――」


顔を上げた。


シャーミルを見る。


手にしていた板が、わずかに下がった。


「影の将軍……」


シャーミルが彼女を見る。


「アマル」


その顔に、敬意と警戒が入り混じった。


「学院へお越しになるとは伺っておりませんでした」


「知っていれば、準備しただろう」


「もちろんです」


シャーミルは言った。


「だから知らせなかった」


アマルの目がイザンへ移る。


「この少年は?」


「学院長に会わせる」


それ以上は尋ねなかった。


二人についてくるよう、手で示した。


     ◆


長い廊下を進んだ。


壁には、さまざまな時代の戦士たちの肖像が飾られていた。


男たち。


女たち。


炎。


水。


雷。


氷。


影。


それぞれの肖像の下には、長い名前と称号が記されている。


イザンは無言で、その間を歩いた。


壁の中に、自分と似た者はいなかった。


やがて、大きな木の扉へたどり着いた。


アマルが二度、扉を叩く。


中から男の声がした。


「入れ」


扉が開かれた。


部屋は広かった。


だが、過度に豪華ではない。


本棚。


壁に掛けられた地図。


大きな石の机。


その背後には、訓練場を見渡す窓。


机の向こうには、壮年を過ぎた男が座っていた。


髪には灰色が混じり、表情は穏やかだった。


その目はシャーミルのように冷たくはない。


だが、相手の言葉を聞くより先に人を読むことへ慣れた男の警戒心を宿していた。


顔を上げる。


シャーミルを見ると、立ち上がった。


「シャーミル」


影の将軍とは呼ばなかった。


役職につく前から彼を知っている者の呼び方だった。


シャーミルが言う。


「学院長」


男の顔に、小さな笑みが浮かんだ。


「相変わらず、肩書きが嫌いらしい」


「お前も相変わらず、机を盾のように使っている」


笑みはしばらく残った。


それから学院長はイザンを見る。


「この少年は?」


イザンは、シャーミルの言葉を思い出した。


尋ねられた時だけ話せ。


シャーミルが答える。


「死んだ妹の息子だ」


学院長は長いあいだイザンを見つめた。


その答えを完全には信じていない。


そして、シャーミルも信じさせるために来たわけではないことが明らかだった。


「妹の息子?」


「ああ」


「お前に妹がいたとは知らなかった」


シャーミルは言った。


「お前が知らないことは多い」


短い沈黙。


アマルは何も聞いていないかのように、手元の板へ視線を落とした。


学院長が尋ねる。


「名前は?」


シャーミルがイザンを見る。


イザンは緊張した声で答えた。


「イザン」


そして続ける。


「登録する姓は……ファドゥースです」


学院長の眉が上がった。


「ファドゥース?」


空いた徽章の場所を見る。


それからシャーミルへ視線を戻す。


「どの氏族だ?」


イザンは答えなかった。


シャーミルが言う。


「まだ確定していない」


学院長は両手を机の上へ置いた。


「学院の規則を知っているだろう。八氏族のいずれかとの血統を証明できない者に、入学は認められない」


シャーミルが答える。


「この子が平民だと言ったか?」


「そうは言っていない。だが徽章も、明確な記録も、氏族からの推薦もない」


「俺の推薦がある」


学院長は黙った。


シャーミルの推薦は、無視できるものではない。


それでも、譲らなかった。


「お前の推薦でも、制度そのものを消すことはできない。学院は孤児を引き取る施設ではない」


シャーミルの目が冷えた。


声は上げなかった。


「言葉を選べ」


学院長の顔が一瞬変わった。


それから、声を低くする。


「入学試験もなく受け入れれば、氏族が異議を唱えるという意味だ。お前も分かっているだろう」


シャーミルが言った。


「なら、試験なしで入れるな」


「入学試験を受けさせるつもりか?」


「ああ」


学院長はイザンを見る。


細い少年。


新しい制服。


胸には、何の紋章もない。


氏族の子供たちが持つ自信も。


傲慢さも。


訓練され、隠されている恐怖さえも持っていなかった。


この部屋へたどり着くために、必要以上に長い道を歩いてきた子供のようだった。


学院長が尋ねる。


「失敗したら?」


シャーミルは迷わなかった。


「俺の手で外へ出す」


その言葉は、石のようにイザンへ落ちた。


学院長に拒絶されることと。


シャーミルが瞬きもせず、そう言ったこと。


どちらが怖いのか、分からなかった。


学院長はアマルを見る。


「試験開始は?」


「一時間もありません」


「名簿は?」


「すでに埋まっています」


学院長はシャーミルへ戻った。


「空きはない」


シャーミルが言う。


「作れ」


「それは学院を運営する方法ではない」


シャーミルは机へ一歩近づいた。


気配を解放したわけではない。


それでも、部屋の空気が狭くなった。


「試せ。資格がなければ去る。資格があるなら、開くべき門を閉ざしたのはお前になる」


長い沈黙。


学院長は知っていた。


シャーミルを拒めば、問題になる。


徽章のない少年を受け入れても、別の問題になる。


そして、自分が規則の中へ押し込められるほうの問題を選んだ。


「試験は一度だけだ。特別扱いも、保護もない。失敗すれば退場させる」


シャーミルが答える。


「それでいい」


学院長はアマルへ合図した。


「仮登録しろ」


アマルが記録簿を開く。


「名前は?」


「イザン」


「姓は?」


「ファドゥース」


書き込む。


そして、次の欄で手が止まった。


「氏族は?」


沈黙が流れた。


学院長が言う。


「審査中と書け」


ペンが紙の上を走った。


氏族――審査中。


なぜか、イザンは恥ずかしくなった。


紙そのものに、自分には明確な居場所がないことを見抜かれたようだった。


アマルは記録簿を閉じる。


「ついてきなさい」


イザンは扉へ向かった。


だが途中で止まり、シャーミルを見る。


一緒に来るのかと尋ねたかった。


だが、口を開く前に答えが返ってきた。


「ここからは、一人で歩け」


イザンの身体が固まった。


「一人で?」


「ああ」


「待っててくれる?」


シャーミルはすぐには答えなかった。


やがて言う。


「しばらく、俺の姿は見えない」


イザンの目が大きく開いた。


数日のうちに、シャーミルは彼の世界で最後に残った変わらない存在になっていた。


温かくはない。


優しくもない。


それでも、そこにいた。


そして今、その男までいなくなる。


イザンの顔で、小さな何かが動いた。


泣き始める前に引き返そうとする涙のようだった。


シャーミルはそれを見た。


近づき、イザンにしか聞こえない高さまで身を屈める。


「奴らの前で、弱さを見せるな」


手を伸ばし、落ちる前の小さな涙を拭った。


「それを見せるのは、価値のある者だけにしろ」


イザンは声を飲み込んだ。


「できなかったら?」


「できる」


「どうして分かるの?」


シャーミルが少年を見る。


「お前は、まだ立っているからだ」


イザンの足に、少しだけ力が戻った。


アマルは扉のそばで待っていた。


イザンは彼女の後を追い、廊下へ出た。


一歩進むたびに、シャーミルから遠ざかる距離が重くなった。


振り返りたかった。


だが、振り返らなかった。


     ◆


アマルは、志願者と係員たちの声が響く学院の東側へイザンを連れていった。


登録所の前で、長い名簿を持つ男が二人を止める。


「名簿は締め切りました。今から志願者を加えることはできません」


アマルが答える。


「学院長の命令です」


男はイザンを調べるように見る。


胸に徽章がない。


「学院長の命令でも、試合の組み合わせに空きはありません」


アマルが答えるより先に、別の係員が駆け込んできた。


「参加者の一人が倒れました。試合には出られません」


短い沈黙。


最初の係員は、再びイザンを見た。


次にアマルを見る。


迷った末に言う。


「その代わりに入れる」


名簿へ目を落とす。


「名前は?」


アマルが答えた。


「イザン。登録姓はファドゥース」


男は名前を書いた。


見慣れない姓のところで、ペンが一瞬止まった。


だが、何も尋ねなかった。


「参加者控室へ」


アマルが扉を開く。


イザンが入る直前、彼女は言った。


「ここからは、あなたを連れてきた者の名は役に立たない」


イザンは彼女を見る。


「役に立つのは、闘技場であなたが何をするかだけよ」


そして、彼を中へ入れた。


     ◆


参加者控室は広かった。


両側に石の長椅子が並んでいる。


試験を待つ志願者たちが座っていた。


手首へ布を巻いている者。


仲間と笑っている者。


沈黙の裏へ緊張を隠そうとしている者。


彼らはイザンに気づいた。


次に、胸に徽章がないことへ気づく。


囁きが始まった。


「誰だ?」


「徽章がない」


「平民か?」


「どうやって入った?」


イザンは答えなかった。


部屋の端へ座り、小さな袋を自分の隣へ引き寄せた。


その時、窓の近くに座る少女が目に入った。


髪は綺麗に整えられている。


風に乱される前の水のように、静かな眼差し。


胸には、波を描いた青い徽章があった。


少女がイザンを見る。


その瞳に侮蔑はなかった。


ただ、好奇心があるだけだった。


イザンはすぐに目を伏せた。


なぜ恥ずかしくなったのか、自分でも分からなかった。


一人の志願者が囁いた。


「あれは、マヤ・タラインだ」


その名は、意図せずイザンの頭へ残った。


マヤ・タライン。


部屋を満たす声よりも、静かな名に感じられた。


反対側では、一人の少年が壁のそばに立っていた。


イザンより、わずかに年上に見えた。


鋭い顔立ち。


試験を待つ志願者とは思えない立ち方。


むしろ、試験のほうが自分を待っていると信じている者の姿だった。


胸には、そこにいる者なら誰もが知る徽章がある。


イザンには、その紋章の意味が分からなかった。


少年がイザンを見る。


笑わなかった。


ただ、わずかに眉を上げた。


イザンの存在が、部屋の並びに生じた小さな間違いであるかのように。


一人の志願者が低い声で言った。


「シグラン・ザランだ」


その名は、火花のように部屋を走った。


イザンには、彼が何者なのか分からない。


だが、周囲の者たちの沈黙が教えていた。


普通の少年ではない。


扉が開いた。


係員が入ってきて叫ぶ。


「志願者は闘技場へ!」


全員が立ち上がった。


イザンも立った。


心臓の音が速くなる。


マルワンを思い出した。


ラヒールを。


そして、学院長の部屋の扉で言われたシャーミルの言葉。


お前は、まだ立っている。


次に、自分が背負わなければならない姓を思い出した。


ファドゥース。


志願者たちと共に、光の中へ出た。


闘技場の扉が開く。


観客席の歓声が、一度に身体へ打ちつけた。


目の前には、円形の戦場。


その周囲には、まだ自分の名を知らない何千もの目。


だが、そのすべてが自分を裁く準備をしていた。


係員が中央へ立つ。


名簿を掲げた。


「第一の志願者――イザン! 登録姓、ファドゥース!」


観客席に囁きが広がった。


係員が反対側へ手を向ける。


鋭い目を持つ少年が前へ出た。


「そして、入学試験の対戦相手は――」


一瞬、言葉を止める。


「シグラン・ザラン!」


歓声が爆発した。


イザンは、徽章のない胸のまま、円の中へ立っていた。


学院で最初に彼を待っていたのは、授業ではなかった。


敵だった。

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