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血の継承【改訂版】  作者: Salhi smail
第四章 アイン・アルワル編

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帰郷

日が沈む頃、アイン・アルワルの家々が戸を閉ざすのは、夜を恐れているからではなかった。


夜とともに現れるものを、恐れていたからだ。


ビスカラ南部の外れにあるその村は、砂の海にしがみつく小さなオアシスだった。幾重ものナツメヤシの列に囲まれ、土と石で造られた家々のあいだを細い水路が縫っている。


路地にはナツメヤシの実の甘い匂いと、かまどの煙、昼の熱を残した土の匂いが混じり合っていた。


旅商人は、ナツメヤシを目印にアイン・アルワルを知る。


旅人は、水のある場所としてこの村を知る。


だが村人たちは今、日暮れを戸に掛けられる閂の音で知るようになっていた。


ここ数日、女たちは夕暮れ時に子供を水汲みへ行かせなくなった。男たちも家の前に腰を下ろし、収穫や北から来る隊商について語ろうとはしない。


三日前、ビスカラの都から三人の若い騎士が、正式な命を受けて村へ派遣されていた。


サーリム。


ヌーリヤ。


そして、ジャラール。


国際騎士試験でビスカラ代表を務めた三人だ。


しかし、ここで彼らに指揮権はない。アイン・アルワルの兵に取って代わるために来たわけでもなかった。


禁じられたナツメヤシ園を前に、幾晩も立ち続けて疲弊した守備隊を補うための援軍だった。


東の入口では、守備隊長が石造りの防柵に立ち、ナツメヤシの幹のあいだから最後の光が消えていくのを見つめていた。


片手を上げる。


「家々へ続く道を塞げ。命令なしに持ち場を離れるな」


兵たちが素早く散った。


ジャラールは彼らの横につき、大盾を構え、槍を肩に預けた。サーリムは左手に立って剣を握り、ヌーリヤは古い水路の縁に身を低くして、短刀の切っ先を砂へ触れさせる。


守備兵の一人が、声を抑えて言った。


「今夜も出てくるでしょうか」


守備隊長は振り返らなかった。


「分かっているなら、こうして待ちはしない」


ナツメヤシ園から、弱い風が吹いた。


冷たくはない。


だが、腐った泥と澱んだ水の臭いを運んできた。


まるでナツメヤシの根の下に埋もれていた何かが、息を吹き返したかのようだった。


ヌーリヤが動きを止める。


短刀を通して、わずかな震えが指先まで上がってきた。


勢いよく顔を上げる。


「何かいる」


サーリムが彼女を見た。


「どこだ?」


「砂の下……今、消えた」


守備隊長が拳を上げた。


一帯から音が消える。


ナツメヤシの奥で、乾いた葉が擦れた。


続いて、水路の近くの湿った砂を、爪が引っ掻く音。


最初の一体が姿を現した。


細長い体は歪んだワニを思わせたが、脚は異様に高く、皮膚は固まった黒い泥の層に覆われている。病んだ黄色の目が光り、口から垂れた粘つく唾液が、砂の上に落ちた。


その背後に、二つ目の影。


さらに三つ目。


ナツメヤシの幹のあいだで、もう二体が動いた。


五体。


守備隊長が叫ぶ。


「持ち場を守れ! 防柵を越えさせるな!」


一体目が突進した。


サーリムが正面から迎え撃つ。


腕の経路を通してケメンを剣へ流し込む。力は周囲へ広がらず、空気の中にも散らない。


薄く研ぎ澄まされた層となって、刃にだけまとわりついた。


それがビスカラの戦い方だった。


余分な力を使わない。


無駄な動きをしない。


最初の一撃で捨てた力を、十撃目で必要とするかもしれないからだ。


魔物が爪を振るう。


サーリムが剣で受け止めると、刃と固い泥のあいだで火花が散った。両足が砂へ沈む。それでも退いたのは、わずか半歩だけだった。


ヌーリヤが短刀の先を地面へ突き立てる。


彼女のケメンが砂の下を静かに走り、魔物の脚へ絡みつくように、圧縮された砂の輪となってせり上がった。


拘束できたのは一瞬。


だが、その一瞬で充分だった。


サーリムが側面へ回り込み、魔物の首へ剣を振り下ろす。


重い体が防柵の前に崩れ落ちた。


二体目が水路側から飛び出す。頭を低くし、巨体には不釣り合いな速さで迫った。


ジャラールが盾を上げる。


激突。


足元から砂が跳ね上がったが、ジャラールは揺るがない。腕から盾へケメンを流し込み、全身で魔物を押し返す。


敵の体勢が崩れた。


槍が低く走り、固まった泥の隙間から脇腹を貫いた。


魔物は咆哮を上げ、水路の脇へ倒れ込んだ。


残る三体は散開した。


そのうち一体が隊列の右側へ向かう。そこにいた二人の守備兵は、連夜の警戒で疲れ切っていた。


魔物が二人へ届く前にサーリムが割って入ったが、振り回された爪に押され、後退を余儀なくされる。


「左!」


ヌーリヤの声。


サーリムが頭を下げた。


爪が髪の上を掠める。


同時に、ヌーリヤのケメンが砂を走り、魔物の後脚を短く打った。体勢を崩したところへ、守備兵二人の槍が突き込まれる。


三体目が倒れた。


残るは二体。


だが、二体は襲いかかってこなかった。


ナツメヤシの最前列で足を止め、地面に倒れた仲間へ顔を向ける。


そして、石同士を擦り合わせるような甲高い音を発した。


「追うな!」


守備隊長が命じた。


一歩踏み出していたサーリムが止まる。


二体は無秩序に逃げたのではなかった。


同時に身を翻すと、ナツメヤシの奥へ引き返し、影の中へ消えていった。


兵たちは持ち場を離れなかった。


誰も武器を下ろさない。


三体の黒い死骸が防柵の前に転がっている。それでも、戦いが終わったとは誰も思えなかった。


ジャラールが、二体の消えた方角を睨む。


「まだ戦えたはずだ」


サーリムが答えた。


「なのに、自分から戻った」


ヌーリヤがゆっくりと立ち上がった。


彼女はナツメヤシ園を見ていなかった。


水路の近くの砂を見つめていた。


「違う……」


サーリムが近づく。


「何だ?」


ヌーリヤが短刀で示した。


ナツメヤシの最前列で、砂が動いている。


風のせいではない。


その下に埋まっている何かが、脈打っているようだった。


守備隊長は防柵に二人を残し、サーリムたちとともに近づいた。


老いたナツメヤシの根元に、幅の広い黒い石が半分ほど砂へ埋まっていた。硬く乾いた指のような根が石を囲み、表面に刻まれた文様の大半は歳月に削られている。


石そのものは新しくない。


村の誰よりも長く、そこにあった。


だが今、その中央に細い亀裂が走っていた。


裂け目から漏れる灰色の光は、死に際の最後の息に似ていた。


ヌーリヤが石の前に身を低くする。


守備隊長が言った。


「触るな」


「触りません」


石から距離を取り、砂の上へ短刀を置く。


ごくわずかなケメンを流した。


力は地中を走り、石へ向かう。


だが石の縁へ届いた瞬間、激しく跳ね返された。


短刀がヌーリヤの手から弾かれ、脇へ落ちる。


彼女は痛みに指を強く縮めた。


サーリムが問う。


「何が起きた?」


ヌーリヤは石から目を離さない。


「ケメンを返された」


「封印なのか?」


一瞬、ためらう。


「分からない。でも、この流れはビスカラで学んだものとは違う」


背後から声がした。


「封印石……」


全員が振り返る。


アイン・アルワルの老人が、守備兵の向こうに立っていた。腰は曲がり、顔には深い皺が刻まれている。


だがその目に宿る恐怖は、今夜だけのものではなかった。


守備隊長が尋ねる。


「何を知っている?」


老人は一歩だけ近づき、黒い砂へ達する前に止まった。


「昔の者たちは言っていた。この園が眠っていられるのは、石があるからだと。石が、中にあるものを……中に閉じ込めているのだと」


ヌーリヤが訊く。


「誰が置いたの?」


老人は首を振った。


「誰も知らん。ただ、刻まれているものは、古きアルマザのものだと言われていた」


サーリムが灰色の亀裂を見つめる。


「アルマザ……?」


守備隊長が厳しい声を発した。


「これ以上、誰も石へ近づくな」


そして、部下たちを振り返る。


「この道を封鎖しろ。夜明けまで警備を倍にする。マスウード長老に、今夜中に都へ送る正式な報告書が必要だと伝えろ」


反対する者はいなかった。


もはや小さな村だけで決められる問題ではない。


三体の死骸を砂へ埋めれば、それで終わる脅威でもなかった。


          *


アイン・アルワルからの報告書は、宿場から宿場へと馬を替える早馬によって、隊商よりも速くビスカラの都へ運ばれた。


南部の任務を管轄する部署の会議室で、三人の役人が守備隊の証言に目を通した。その傍らには、経路と封印に詳しい老術師も同席していた。


一人目は魔物の数と負傷者を確認した。


二人目は石と文様についての記述を読んだ。


中央に座る最年長の男は、ケメンが跳ね返されたというヌーリヤの証言で手を止めた。


書面を持ち上げる。


「この記録を書いた娘は、騎士試験に出た者か?」


任務担当官が答えた。


「はい。ヌーリヤです。サーリム、ジャラールとともに、守備隊の増援として派遣されています」


「封印の知識は?」


「ビスカラ式の経路と、地中の水や力の流れを読む訓練は受けています。それ以上は」


石の文様を可能な限り写し取った革片が、卓上に広げられた。


老術師が身を乗り出し、文様に触れないよう、指先で線をなぞる。


しばらくして言った。


「これはビスカラの文字ではない」


指揮官の一人が尋ねる。


「我々の術師で扱えるか?」


老人が目を上げた。


「この封印に必要なのは、大量のケメンではありません。流れを一定に保ち、力を返されても揺らがぬ精神で制御することです」


写し取られた文様を指す。


「この線が正確なら、アルマザの古式に属するものです。我々の経路で無理に開けば、亀裂を広げかねない」


指揮官が眉を寄せた。


「アルマザの騎士を我が国へ入れろというのか?」


任務担当官は静かに答えた。


「一つの村を賭けて、我々の誇りを試すべきではありません」


「ビスカラには、自国の村を守る力がある」


「守っています。守備隊は出てきた魔物を倒し、都からの増援もすでに到着している。我々はアルマザに戦ってもらおうとしているのではありません」


報告書の上へ手を置く。


「この封印を閉じる方法を知る者を、求めているだけです」


沈黙が落ちた。


最年長の役人が老術師を見る。


「アルマザが最善か?」


「ケメンの安定性と純度を必要とする封印ならば、そうです」


「彼らの現行術式より古いものでも?」


「だからこそ、彼らを呼ぶ必要があります」


最年長の役人は、報告書を卓上へ戻した。


「アルマザ騎士庁へ、正式な有償依頼を送る。古代封印の専門家と護衛班を要請する」


任務担当官が訊く。


「ランクは?」


亀裂の記述と、魔物の数へ視線を落とす。


「正体が判明するまで、Bランクとする」


依頼書の下へ、ビスカラの正式な印章が押された。


それは救援を乞う書ではない。


二国間の契約だった。


ビスカラは、自らの地を守る。


アルマザは、文様を知る手を差し出す。


          *


アルマザ騎士庁で、調整官イドリースは依頼書を二度読んだ。


感情を表へ出す男ではない。


隊商の護衛、使者の随行、国境の警備、魔物の討伐。そうした依頼を見慣れていた。


だが今回の内容は、そのどれとも違った。


アイン・アルワル。


ビスカラ南部。


日没とともに現れる魔物。


禁じられたナツメヤシ園の近くでひび割れた封印石。


そして、古代アルマザの技術である可能性。


イドリースは、机の前に立つ書記へ目を向けた。


「現在動かせるBランク班は?」


書記が配置簿を開く。


「二班が東部国境へ出ています。第六護衛班はティルマラの使節団に随行中。封印専門の実働班は、北の峠からまだ戻っていません」


「特務班は?」


別の頁がめくられる。


「全班が都の外です。最も近い班でも、帰還に四日。その後、ビスカラへ向かう準備が必要です」


イドリースは依頼書を見た。


「四日は長い」


「Cランクの攻撃班に増援をつけて送ることはできます」


「攻撃力が欲しいわけではない」


「しかし、任務はBランクです」


イドリースは配置簿を閉じた。


「アシール・ガスカンを呼べ」


待ち時間は短かった。


扉が開き、派手な装飾のない暗色の衣をまとった女が入ってきた。髪は丁寧に後ろで束ねられ、静かな足取りとは対照的に、その目は他の者には見えない文様でも読むように室内の細部を捉えていた。


胸元へ片手を添え、短く礼をする。


「イドリース調整官」


報告書が差し出された。


「意見を聞きたい」


アシールは受け取り、読み始める。


表情はほとんど変わらなかった。


だが亀裂と、ケメンの反発についての記述で、その目が止まった。


報告書を閉じる。


「問題は魔物ではありません」


「私もそう見た」


「魔物は結果です。封印が、内側のものを通し始めています」


書記が訊く。


「修復できますか?」


アシールが彼を見る。


「封印は木の扉ではありません。手を置く場所を誤れば、崩れ方を教えることになります」


書記は、それ以上訊かなかった。


イドリースが言う。


「適任のBランク班は、すべて都の外だ」


「山を砕く班は必要ありません」


「任務そのものはBランクだ」


アシールは報告書を卓上へ戻した。


「封印に触れるのは私です。必要なのは、私の作業範囲へ踏み込まず、背後を守り、指示どおりに動く班です。石の上で勇敢さを証明しようとする者はいりません」


「Cランクでも構わないと?」


「指揮官が規律を守れる者なら」


そして、静かに付け加える。


「封印は、弱者より先に愚か者を罰します」


イドリースは再び班の記録を開いた。


その日の朝、昇格が承認されたばかりの頁で指を止める。


「ラカン班」


書記が記録を見る。


「アルマザ第三班ですか? Cランクへ上がったばかりです」


「昇格前に、評価以上の任務を生き延びた。指揮官は、戦うべき時、生徒を守るべき時、止まるべき時を知っている」


「ですが、まだ生徒です」


アシールが答えた。


「自分の力の音しか聞こえなくなった騎士より、生徒のほうが規律を学ぶのは早いものです」


イドリースは名簿を読み上げる。


「ラカン。シグラン・ザラン。マヤ・タライン。ヤザン・ファドゥース」


アシールは、名前には何も反応を示さなかった。


ただ言った。


「ラカンがあなたの言うとおりの男なら、その班で充分です」


イドリースは記録を閉じた。


「召集を出す」


          *


ヤザンが初めて訓練場でラカンの前に立ってから、二年が過ぎていた。


あの頃は、立ち方も、倒れ方も、どこから攻撃が来るのかも分からなかった。


今、ラカンの棒が右から顔を狙って走る。


ヤザンは半歩だけ横へ動き、肩を低くして、棒を頬のすぐそばへ通した。


体を返して離れようとする。


だが、足が遅れた。


棒の先が胸元で止まる。


傷の残る場所を押され、ヤザンの顔が一瞬だけ歪んだ。


傷はこの数日でかなり癒えていたが、消えたわけではない。素早く体を捻るたび、胸から背中へ痛みが走る。


まるで体だけが、彼の犯した失敗をすべて記録しているようだった。


ラカンは気づいた。


力は緩めたが、棒は引かなかった。


「半歩、遅い」


息を弾ませながら、ヤザンは額の汗を拭った。


「でも、去年より半歩ぶん減りました」


ラカンが棒を上げる。


「それを最後の成果にするな」


ヤザンはゆっくりと体を起こした。


訓練場の反対側では、マヤが薄い水の膜に包まれて立っていた。


街道での任務の直後のように、手首の辺りで膜が震えることはもうない。水は滑らかに体を巡り、攻撃を受ける場所だけ厚みを増しては、再び静かに戻る。


それでも一度だけ、指先が手首へ触れた。


すぐに手を下ろし、集中を戻す。


その正面には、皮膚のすぐ近くへ炎をまとったシグランが立っていた。


怒るたびに炎を叫ばせ、無意味に広げることはなくなった。


小さく。


より熱く。


空気へ逃がさず、押し込める。


二年間で、彼は炎へ命令する前に、炎を黙らせることを覚えた。


だが、〈黒の帳〉の首領と対峙したあの夜から、彼の目の奥で黙らないものがある。


――ザランの名が、お前を背負っている。


「シグラン。受ける瞬間にオーラを広げるな。必要な場所だけで受けろ」


シグランは奥歯を噛み、肩の周囲へ炎をさらに圧縮した。


「分かった」


以前のように、すべての指摘を侮辱として受け取ることはない。


それだけでも変化だった。


ラカンが褒めることはなかったが。


訓練を再開する前に、騎士庁の使者が訓練場へ入ってきた。


ラカンの前まで進み、頭を下げ、封をされた書状を差し出す。


ラカンはまず印章を確かめた。


書状を開き、内容へ目を通す。


マヤが訊いた。


「新しい任務ですか?」


ラカンは書状を折った。


「いい知らせだ」


マヤの目つきがすぐに変わる。


「どうして、いい知らせなのに痛い目に遭いそうな顔をしているんですか?」


ヤザンが言った。


「先生のことをよく分かってきたんだよ」


ラカンが彼を見る。


「訓練中に口を動かせるほど回復したらしいな」


ヤザンは口を閉じた。


「班のCランク昇格が正式に決まった」


マヤの目が大きくなる。


「本当ですか?」


「いい知らせを二度は言わん」


疲れていたヤザンの顔にも、笑みが浮かんだ。


氏族の子弟にとって、Cランクは大きな夢ではないのかもしれない。


だがヤザンにとっては、重い足を引きずって進んできた道が、同じ場所を回っていたわけではないという小さな証だった。


シグランは動かなかった。


だが、その目に鋭い光が走る。


上のランク。


より危険な任務。


より強い敵。


平静を装った声で言った。


「ようやくか」


「喜びすぎるな。ランクは褒美であると同時に、より大きな問題へ足を踏み入れる許可でもある」


ヤザンが呟く。


「知らせの裏に一発あると思っていました」


「任務がある」


笑みが消えた。


ラカンが書状をもう一度開く。


「ビスカラからの正式な依頼だ。ある村の近くで、数夜にわたって魔物が出現している。現地の兵は最初の襲撃を退けたが、問題が魔物だけではないと判明した」


マヤが訊く。


「何が見つかったんですか?」


「禁じられたナツメヤシ園の縁で、古い封印がひび割れ始めている。アルマザの術式である可能性が高い。そのため、騎士庁へ封印の専門家と護衛班を求めてきた」


シグランが訊いた。


「任務ランクは?」


ラカンは彼を見る。


「Bだ」


三人が黙った。


たった今与えられた自分たちのランクより、一段上。


マヤが言った。


「私たちは今、Cランクになったばかりです」


「分かっている」


シグランの目に、再び光が宿る。


「なら、なぜ俺たちが選ばれた?」


「適任の上位班は、すべて別の任務へ出ている。それに、アシール・ガスカンは、封印へ近づく攻撃班を望んでいない」


ガスカンという名を聞き、ヤザンの視線がわずかに上がった。


シャミルの名が、影のように胸の内を横切る。


「アシールはアルマザ学院の教官であり、古代の封印と術式を専門としている。封印石を扱うのは彼女だ。我々の役目は周囲の安全を確保し、彼女を守り、指示に従うこと」


シグランが問う。


「任務より下のランクの班で、彼女は納得したのか?」


「規律を守れる班を求めた」


ラカンは三人を見渡した。


「イドリースは、お前たちがそうだと思っているらしい」


ヤザンが言った。


「僕たちのことを、全部伝えたんでしょうか」


「危険を承知で選ぶには充分なことを伝えたのだろう」


マヤは笑いかけたが、任務の重さにそれを飲み込んだ。


「その村は、どこに?」


ラカンが書状へ目を落とす。


「ビスカラ南部」


名前を正確に確かめるように、一度だけ間を置いた。


そして言った。


「アイン・アルワルという村だ」


訓練場から音が消えた。


ラカンの指のあいだで紙が擦れる音も。


シグランの炎が弱まる音も。


マヤのオーラから離れた一滴の水が、土へ落ちる音も。


ヤザンには、何一つ聞こえなかった。


アイン・アルワル。


息が胸の途中で止まった。


指が固まり、地面が一瞬だけ傾く。


空気を吸おうとした。


だが訓練場の匂いは消えていた。


代わりに鼻を満たしたのは、古い水路のそばの湿った土。


小さな手の中にあった、乾いたナツメヤシの実。


風に揺れる、傾いた小屋の扉。


そして、もう届かない場所から自分を呼ぶマルワンの声。


夕暮れの下に並ぶ、マルワンとラヒールの二つの墓。


砂の上へ長く伸びる、黒いナツメヤシの影。


囁き声が、今この場で背後から浴びせられたかのように蘇る。


『呪われた女の息子』


『近づけるな』


『子供たちをあいつから離せ』


ヤザンは無意識に半歩退いた。


踵が土を擦る。


回避ではない。


二年前に閉じたはずの扉を、目の前で突然開かれた少年の動きだった。


最初に顔色の変化へ気づいたのはマヤだった。


「ヤザン?」


答えはない。


ヤザンはラカンを見ていた。


だが、その目にラカンは映っていなかった。


古い家の前に立ち、ナツメヤシの葉で編んだ籠を持つマルワンが見えた。


マルワンが振り返り、何かを言う。


唇が動く。


けれど、声は届かない。


やがて、ナツメヤシ園の影が彼を呑み込んだ。


「ヤザン」


今度のラカンの声は強かった。


ヤザンが瞬く。


訓練場が一度に戻ってきた。


ラカンの手にある棒。


マヤを巡る水。


シグランの皮膚のそばで揺れる炎。


そして、自分を見つめる三人の顔。


口を開いたが、言葉が喉に絡んだ。


マヤが一歩近づく。


手を伸ばしかけ、触れる前に止めた。


「大丈夫?」


すぐには答えられなかった。


シグランも黙って見ている。


傷ついたヤザンも、怯えたヤザンも、自分を遥かに上回る敵の前へ立ったヤザンも見たことがある。


だが、こんな顔は初めてだった。


たった一つの地名が、ヤザンから二年間で得たものすべてを奪ったように見えた。


ラカンが静かに訊く。


「その村を知っているのか?」


ヤザンは拳を握った。


答えようとするが、喉は乾き切っている。


「僕は……」


言葉が途切れる。


苦労して息を吸い、顔を上げた。


「アイン・アルワルは……僕が育った村です」


訓練場に沈黙が落ちた。


マヤの目が見開かれ、ヤザンと書状を行き来する。


シグランの眉がわずかに寄った。


ラカンは、顔色が変わった理由も、ナツメヤシ園についても、村で何と呼ばれていたのかも訊かなかった。


ただ言った。


「聞いていない」


ヤザンが目を伏せる。


「聞かれませんでしたから」


反抗ではなかった。


ただの事実だった。


ラカンは再び書状へ目を落とし、ゆっくり折り畳んだ。


「出発は今日ではない。戻れないなら、出発前にお前を班から外す」


その言葉を聞いた瞬間、ヤザンの中の何かが、受け入れろと叫んだ。


アルマザに残れ。


誰か別の者を、封印へ、ナツメヤシ園へ、古い家へ行かせればいい。


アイン・アルワルを、自分が耐えられる唯一の場所へ置いておけ。


背後に。


だが、マルワンの顔が記憶に浮かんだ。


ひび割れた石。


家々の近くへ現れた魔物。


自分に居場所を与えなかった村。


それでも、自分に家族を与えてくれた唯一の人が眠る場所。


指が一度だけ震えた。


そして、止まる。


「いいえ」


ラカンは待った。


ヤザンはゆっくり息を吸った。


「行きます」


声は強くなかった。


張り上げもしない。


だが今度は、足を退かなかった。


ラカンが問う。


「自信はあるか?」


ヤザンは、折り畳まれた書状を見た。


その向こうに、南へ戻る長い道が見えた。


「ありません」


マヤが驚いたように目を見開く。


ラカンの表情は変わらない。


ヤザンは続けた。


「それでも、戻ります」


しばし、沈黙が残った。


マヤは笑わなかった。


大丈夫だとも言わなかった。


ただ、彼のそばにいた。


シグランも、もう任務への高揚だけではない目でヤザンを見ていた。


ラカンは書状を衣服の内側へしまう。


そして、少しだけ声を落として言った。


「ならば、あそこでお前のことを少し知ることになりそうだ」


それが約束なのか。


後回しにされた問いなのか。


ただの事実なのか。


ヤザンには分からなかった。


だが、その言葉は重かった。


二年間、ラカンは攻撃が来る場所に留まるなと教えてきた。


今度の一撃は、避け方の分からない名前から放たれた。


アイン・アルワル。


疎まれた子供として去った村。


今度はアルマザの徽章を身につけ、身を守るオーラすら持たぬまま、帰ることになる。


村を去って以来、初めて。


アイン・アルワルは、もう彼の背後にはなかった。


行く手にあり――


彼の帰還を待っていた。

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