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血の継承【改訂版】  作者: Salhi smail
第三章 任務始動編

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マヤの失踪

最初の数時間、道は不審なほど穏やかだった。


アルマザは少しずつ遠ざかり、やがて高い塔も地平線の上に浮かぶ細い影となった。


その先には、東へ続く街道が静かに伸びている。


広い大地。


まばらに立つ木々。


風に揺れる短い草。


時折すれ違う荷車の御者たちは、ラカンに軽く頭を下げ、そのまま先へ進んでいった。


すべてが自然に見えた。


だからこそ、ラカンの警戒は解けなかった。


彼は一定の歩調で先頭を進んでいた。封印された書状は胸元の鞄に収められ、街道図は懐に折り畳まれている。


地図を何度も開く必要はなかった。


道は、紙に引かれた線だけで読めるものではない。


その後ろでは、マヤが左側、シグランが右側を歩き、ヤザンは二人の間で半歩ほど遅れていた。


シグランは隊列を見回して言った。


「俺たちは任務中なのか? それとも子供の行列か?」


ラカンは振り向かずに答えた。


「任務中だ」


「なら、どうしてこんな並び方をする?」


「城壁の外へ出たからといって、無秩序が勇気に変わるわけじゃない」


シグランは小さく息を吐いたが、自分の位置を崩さなかった。


ラカンが続ける。


「マヤ、左側だ。特に木々の間の動きを見ろ。シグランは右。ヤザン、地面ばかり見るな。前も後ろも任務の一部だ」


ヤザンはすぐに顔を上げた。


「はい」


マヤの視線が、木々と街道の間を行き来する。


シグランは興味がなさそうに見えたが、近づいてくる荷車があれば、すれ違う前から必ず目を向けていた。


一行は歩き続けた。


ラカンは、物音がするたびに振り返るわけではない。


だが、どんな音も聞き流さず、頭の中で正しい位置へ置いていった。


風に擦れる草。


遠くで軋む車輪。


枝から枝へ移る鳥。


近づいてきた蹄の音が、分かれ道で別の方向へ消えていく。


荷車とすれ違うときには、御者の顔、手の位置、積み荷、そしてこちらを見る目まで確かめていた。


道は静かだった。


だが、何もないわけではなかった。


しばらく進んだところで、ラカンが言った。


「街道での第一の規則だ。互いに距離を取りすぎるな。だが、固まりすぎてもいけない。離れた者は一人の獲物になり、集まりすぎれば班全体が一つの標的になる」


「分かりました」


マヤが答え、ヤザンもうなずいた。


シグランが尋ねる。


「四日間ずっと、歩き方を習うのか?」


「道の歩き方を知らない者は、戦いに着く前に死ぬ」


シグランは一瞬ラカンを見た後、右側へ視線を戻した。


何も言い返さなかった。


だが、彼と仲間たちとの距離は、いつの間にか正確に保たれていた。


          ◇


正午が近づくにつれ、日差しが街道の上に重くのしかかり始めた。


焼けつくような暑さではない。


それでも距離は実際より長く感じられ、小さな丘を上るたびに、見た目以上に呼吸を奪われた。


マヤは呼吸を整えながら一定の歩調を保ち、ラカンに命じられたとおり木々を観察していた。


シグランは疲れなど感じていないように歩いていたが、肩の動きに少しずつ退屈が表れている。


ヤザンは、何も見せまいとしていた。


最初は、走るより歩くほうが楽だと思っていた。


ケメンは必要ない。


正体も分からない扉を開く必要もない。


誰かに何かを証明する必要もない。


だが数時間が過ぎると、肋骨の下に鈍い重さが溜まり始めた。


鋭い痛みではない。


坂を上るたび、静かな圧迫感が少しずつ強くなっていく。


ラカンに教えられたとおり呼吸を変えると、いくらか軽くなった。


だが、すぐに戻ってくる。


アナスの言葉が頭をよぎった。


『道端の石にまで、自分を証明しようとするな』


自分はそんなことをしていない。


ヤザンはそう言い聞かせた。


それでも、休みたいとは言わなかった。


最初の休憩が、自分のためになるのが嫌だった。


気づかないうちに、歩調が落ちていく。


シグランがそれに気づいた。


ヤザンを直接見ることなく、自分の歩調を落とし、隣へ並ぶ。


そして低い声で言った。


「ここで倒れたら、ラカンに責任についての説教を聞かされる。俺の一日をこれ以上悪くするな」


ヤザンは呼吸を整えながら答えた。


「大丈夫だよ」


「聞いてない」


ヤザンはシグランを見た。


その顔に分かりやすい心配はない。


だが、歩く速さは先ほどよりも明らかに落ちていた。


ヤザンは、言葉にされなかったものを理解した。


だから何も返さなかった。


マヤは視界の端で二人の様子を捉えた。


唇に小さな笑みが浮かんだが、すぐに木々へ視線を戻す。


数分後、ラカンが足を止めた。


まるで、初めからその場所で休むつもりだったかのように。


「短い休憩を取る」


ヤザンが顔を上げる。


「でも、まだ歩けます」


「歩けるかどうかは聞いていない」


ヤザンは黙った。


ラカンは、街道から少し離れた場所に立つ大きな木を示した。


「あそこだ。街道を見失わず、こちらも丸見えにならない」


一行は木陰へ移動した。


マヤは鞄を下ろし、腰に留めていた水筒を外してヤザンへ差し出す。


「飲んで」


ヤザンは自分の水筒を少し持ち上げた。


「僕も持ってるよ」


「知ってる。どちらでもいいから、ちゃんと飲んで」


ヤザンの顔に、気恥ずかしそうな笑みが浮かんだ。


自分の水筒を開き、数口飲む。


シグランは近くの岩に腰を下ろした。


偶然そこを選んだように見えたが、街道を見渡せる位置で、木々へ背を向けてもいなかった。


ラカンは膝の上で地図を開き、東へ伸びる線を指でなぞる。


マヤが尋ねた。


「東槍駐屯地まで、あとどれくらいですか?」


「この歩調を保てば、およそ四日だ。天候や道の状態次第では、少し延びる」


シグランが言う。


「もっと速く着けるはずだ」


ラカンは彼を見た。


「一番速い者だけなら、もっと早く着ける」


地図を折り畳む。


「だが俺が選んだのは、最も速い一人が着く道じゃない。班全員が着く道だ」


静かな声だった。


それでも、その言葉は全員に届いた。


ヤザンは手の中の水筒へ目を落とした。


ラカンが続ける。


「速さだけが必要なら、班を送る理由はない。任務は、担い手が報告書を書くより先に、その人間についての報告を書き上げる」


マヤが首を傾げた。


「どういう意味ですか?」


ラカンは三人を見た。


「どう歩くか。どう休むか。どう周囲を見るか。そして、何も起きていないときにどう振る舞うかだ」


ヤザンが聞き返す。


「何も起きていないとき?」


「多くの失敗は、何も起きないと安心した瞬間に生まれる」


軽い風が枝の間を抜けた。


ラカンの目が、遠くの枝で止まる。


小さな黒い鳥が一羽、そこにとまっていた。


それ自体は不自然ではない。


朝から何羽もの鳥が街道を横切っている。


だが、その鳥は地面にも餌にも目を向けず、じっとこちらを見ていた。


ラカンも黙って見返す。


やがて鳥は翼を広げ、丘の向こうへ飛び去った。


マヤが尋ねた。


「何かありましたか?」


ラカンは地図へ視線を戻した。


「証明できるものは、まだ何もない」


安心できる答えではなかった。


それでも、マヤは聞き返さなかった。


遠く離れた丘の上では、ひとりの男が草の間に身を伏せ、彼らを観察していた。


ラカンが休憩場所を選ぶ様子。


街道を視界に残したまま、こちらの姿を隠したこと。


他の者より早く黒い鳥に気づいたこと。


男は胸の内で呟いた。


『教官は、ただ一緒に歩いているわけじゃない』


そして、丘の陰へゆっくりと身を引く。


『周囲の道を、すべて閉じながら歩いている』


          ◇


日が西へ傾き始めると、ラカンは野営に適した場所を探した。


二か所を通り過ぎた後、ようやく足を止める。


乾いた地面。


一方向を守る低い岩。


視界を遮らない程度に間隔の空いた木々。


街道に近すぎず、それでいて荷車の音が聞こえなくなるほど遠くもない。


マヤは周囲を確認した。


「岩が一方向を塞いでいます。木々の間隔も広くて、近くに背の高い草もありません」


ラカンがうなずく。


「いい。他には?」


マヤは足元を見る。


「ここなら風が抜けます。煙が野営地に溜まりません」


「いい判断だ」


シグランは岩のそばに鞄を置いた。


「寝る場所を選ぶだけで、ここまで試されるとは思わなかった」


「だからお前には選ばせなかった」


シグランはラカンを見たが、何も言い返さなかった。


四人は野営の準備を始めた。


ヤザンは近くから小さな薪を集め、マヤは乾いた枝を運ぶ。


シグランは火を起こす場所から草と、熱で割れそうな石を取り除いた。


ラカンが一つひとつ指示する必要はなかった。


三人の動きを見守り、間違いに近づいたときだけ口を出した。


やがて野営地の中央に火が灯った。


橙色の光が、四人の顔の上で揺れる。


彼らは火を囲み、保存食を口にした。


シグランは手の中の一切れを眺める。


「これが見習い騎士への褒美なら、長生きできない者が多いのも納得だ」


マヤが言う。


「そこまで悪くないわ」


ヤザンも小さな一切れを口にした。


「アイン・アルワールでは、これより硬いものも食べてたよ」


短い沈黙が生まれた。


ヤザン自身は、以前より自然に故郷の名を口にしたことに気づいていない。


だが、マヤは気づいた。


ラカンも、横目で彼を見ていた。


シグランが言う。


「お前が何でも食べられる理由が分かった」


ヤザンは眉を上げる。


「何でもは食べないよ」


「地面に落ちたパンを救出していたのを見たぞ」


マヤが口を挟む。


「食べ物を粗末にしなかっただけよ」


シグランは二人を見比べた。


「お前たちは、パン一切れからでも道徳の授業を始められるんだな」


ヤザンが短く笑い、その直後に軽く咳き込んだ。


マヤの手が止まる。


ヤザンは彼女が何か言うより先に、片手を上げた。


「煙が喉に入っただけ」


ラカンは少しの間、彼を見ていた。


呼吸がすぐに落ち着くのを確認すると、何も言わなかった。


この小さな時間を、続くままにしておきたかった。


道が、いつもこうした時間を与えてくれるとは限らない。


食事の後、ラカンは小枝を手に取り、野営地の周囲の土へ円を描いた。


「次は夜番だ」


三人の表情が引き締まる。


ラカンは周囲の闇を示した。


「夜番は、ただ目を開けていることじゃない。何を見るべきか分からない者は、起きたまま死ぬ」


小枝の先を木々へ向ける。


「すべての音を追うな。まず、今聞こえている音を覚えろ。その後で、どの音が消えたかに気づけ。風は見ろ。だが、揺れる葉を一枚ずつ追う必要はない。風がないのに動いた葉を探せ」


マヤは真剣にうなずいた。


ラカンが続ける。


「すべての影を追うな。だが、同じ場所へ戻る影は見逃すな」


シグランが尋ねた。


「順番は?」


ラカンはマヤを見る。


「最初の夜番はマヤだ。真夜中まで。火もまだ強く、周囲も見やすい。一番楽な時間だから、まずお前がやれ」


「分かりました」


次にシグランへ目を向ける。


「次はシグラン。真夜中から夜明け前までだ」


「一番悪い時間を俺に選んだな」


「最も忍耐が必要な時間を選んだ」


答えに満足した様子はなかったが、シグランはうなずいた。


「最後の夜番は俺が引き受ける」


ヤザンは、自分の番を待った。


ラカンが続ける。


「ヤザンは、夜明け前に俺と半刻ほど夜番に立つ。訓練としてだ。一人では任せない」


ヤザンの顔に、小さな落胆が浮かんだ。


「もっと長くできます」


「身体が戻れば、そうさせる」


ヤザンは目を伏せた。


決定が気に入ったわけではない。


それでも今回は、逆らおうとはしなかった。


「分かりました」


ラカンは小枝で描いた円を示す。


「夜番の者は、ずっと火のそばにいるな。だが、野営地の境界からも出るな。時々場所を変え、闇に自分の位置を覚えさせるな」


マヤが立ち上がった。


「始めます」


火から数歩離れる。


背後にぬくもりを残しながらも、炎の明かりで闇が見えなくならない位置だった。


シグランは岩のそばに寝床を作った。野営地の円から遠くない場所だ。


ヤザンは小さな天幕へ入り、ラカンは木の幹に背を預けた。


夜番に立っているのはマヤひとりだった。


だが、自分だけが起きているとは感じなかった。


背後では火が呼吸している。


右手ではシグランが横になっていたが、まだ眠りには落ちていない。


天幕の中から聞こえるヤザンの呼吸は、しばらく不規則だったが、やがて静かになった。


ラカンは半分だけ目を閉じる。


完全な眠りではない。


夜へ背中を預けるほど、道を信用していない男の休息だった。


マヤの目が、岩と木々の間をゆっくりと動く。


虫の声。


草の揺れ。


薪の弾ける音。


枝を抜ける風。


ラカンに教えられたとおり、一つずつ音を覚えていった。


          ◇


野営地から離れた小さな斜面の陰で、監視者が草の中に身を低くしていた。


ラカンに気づかれるほど近くはない。


だが、見失うほど遠くもなかった。


シグランを見る。


あの名を背負う少年。


強く、鋭い。


だが、判断より先に怒りが動く。


次にマヤへ視線を移す。


彼女が弱いから、班の弱点になるのではない。


あの少女という糸を引けば、他の者たちが動くからだ。


男の目が、ヤザンの天幕へ移る。


三人目の生徒。


負傷し、歩みは遅く、必要以上に守られている。


ラカンが彼を守るのは、足手まといだからか。


それとも、試験で起きたことが、教官にも答えのない問いを残したからか。


だが、ヤザンは標的ではない。


標的はシグランだ。


本当の問題は、木の幹に背を預けている男だった。


ラカンは目を閉じても、身体を街道へ向けたままだ。


野営地を慎重に選び、間隔を整え、標的を自分の守りの外へ出していない。


監視者は胸の内で呟いた。


『教官は、閉ざされた扉だ』


腰の小袋へ手を伸ばし、薄い黒色の欠片を取り出す。


燃えた紙に似ていた。


だが、灰にはなっていない。


今度は、袋へ戻さなかった。


二本の指で挟み、細いケメンを流し込む。


欠片が震えた。


次の瞬間、自ら折り畳まれるように縮み、空中に開いた小さな穴に呑み込まれたかのように消えた。


男は囁く。


「教官が問題なら……まずは、引き離す」


野営地の東側。


少し離れた場所で、乱れたケメンの気配が一度だけ脈打った。


マヤが顔を上げる。


重なった枝の間で、影が動いた。


そして消える。


マヤは待った。


しばらくすると、同じ影がほとんど同じ場所へ戻ってきた。


彼女はゆっくりと手を上げる。


夜気の湿り気が集まり、小さな水滴が指先に浮かんだ。


落ちない。


ただ、震えている。


次の瞬間、虫の声が消えた。


マヤが囁く。


「先生……」


ラカンは同時に目を開いた。


何があったとは聞かなかった。


彼もまた、その気配を感じていた。


シグランが目を覚まし、東へ顔を向ける。


指の間に、赤い炎が細く灯った。


天幕の中では、ヤザンが浅い眠りの中で身じろぎする。


ラカンは音もなく立ち上がった。


「円の中にいろ」


シグランが言う。


「俺も行く」


「駄目だ」


鋭く、迷いのない声だった。


ラカンはマヤとシグランを見る。


「何を聞いても、ここから出るな」


乱れた気配のある東へ、足音を立てずに進んでいく。


走りはしない。


遠くまで離れもしなかった。


だが、やがて木々が彼の身体を半分隠した。


ケメンの気配が弱まる。


そして、さらに遠くで現れた。


ラカンは足を止めた。


目が細くなる。


気配は逃げているのではない。


自分を導いている。


すぐに振り返った。


その瞬間、マヤの背後で空間がずれた。


音はなかった。


木々の間から、何かが飛び出したわけでもない。


ただ、彼女を取り巻く空間そのものが、野営地から切り離された。距離も、音も、光さえも、あるべき場所から外れていた。


マヤは後ろへ下がろうとする。


だが、足は予想していた地面へ届かなかった。


背後の石は、本来よりも近い。


一度まばたきをしただけなのに、炎は先ほどより遠く見える。


マヤは素早く振り向いた。


手の周囲に水が立ち上がり、透明な刃のような形を作る。


先ほどまで誰もいなかった場所に、男が立っていた。


静かに。


微動だにせず。


闇に身を隠していたのではない。


闇が彼のために小さな扉を開き、背後で閉じたかのようだった。


マヤが口を開く。


「シグ――」


声の行く手で、空気が折れ曲がった。


言葉は誰にも届かないまま消えた。


マヤは前へ手を突き出す。


水の槍が男の胸へ向かって放たれた。


だが、二人を結ぶ距離が横へ傾く。


槍は軌道を外れ、本来なら通り道にないはずの岩へ激突した。


マヤの目が見開かれる。


男は静かに言った。


「速いな」


マヤはもう一方の手を上げる。


その手首の周囲に、細い黒い線が現れた。


皮膚を締めつけているのではない。


動きそのものを縛っている。


マヤは抗った。


両足を地面へ押しつけ、どうにか一本の指だけを動かす。


細い水の糸が土の上を這い、野営地の火へ向かって伸びていった。


男はそれを見た。


だが、止めなかった。


「痕跡は残しておけ。その糸があれば、餌はもっと本物らしくなる」


闇が二人の周囲で折り畳まれた。


マヤの腰から水筒が落ち、火のそばの石へぶつかった。


そして、動かなくなった。


次の息を吸うよりも早く――


マヤは、そこから消えていた。

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