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血の継承【改訂版】  作者: Salhi smail
第二章 騎士試験編

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31/38

その扉を開くな


イザンが石畳の道へ戻ってから、五日が過ぎた。


初日は、ほんの数歩しか走れなかった。


二日目は、円の半分ほどを歩けた。


三日目には、胸が苦しくなるまでに、以前より長い距離を軽く走れるようになった。


他人が見れば、大した進歩ではない。


だが、ラカンには見えていた。


イザンが以前ほど慎重に足を置かなくなったこと。


息が整うまでの時間が短くなっていること。


止まった時、手が震えることも減った。


それでも――


ラカンには、まだ一つ気になることがあった。


歩き方ではない。


イザンが、


**止まらない**


と決める、その瞬間だった。


ラカンは広場の端に立ち、両手を背中で組んでいた。


目の前では、三番の三人がそれぞれ別の場所で訓練している。


マヤは木々のそば。


シグランは訓練石の前。


そしてイザンは、石道の出発点。


太陽はまだ低い。


空気は冷たく、吐いた息が一瞬だけ白く見えた。


ラカンが言う。


「今日は少しだけ上限を上げる」


イザンが顔を上げた。


「一周全部?」


「身体が応じるならな」


イザンは、その答えが気に入らなかった。


「できる」か「できない」。


どちらかが欲しかった。


到達できる明確な線。


あるいは――


破れる線。


だが、


**身体が応じるなら**


という言葉は、判断を今のイザンが最も信用できないものへ預けてしまう。


自分の身体へ。


反対側からシグランが言った。


「道を見る顔じゃないな。家族でも侮辱されたのか?」


イザンが振り返る。


「君こそ、沈黙を理解してるみたいに喋らないで」


「お前よりは分かってる。お前は黙るだけで何でも悲劇にするからな」


手袋を締めながら、マヤが言った。


「二人が喧嘩を始める前に訓練していい?」


ラカンが答えた。


「今朝一番まともな提案だ」


そしてマヤを見る。


「防御用のオーラを続ける」


マヤがうなずく。


「昨日、お前は水を身体から離しすぎた」


「強くしようとしたんです」


「強さは、いつも大きく広げればいいわけじゃない」


次にシグランを見る。


「お前は必要以上の炎を出した」


シグランが片眉を上げた。


「成功した」


「訓練石を焼いた」


「なら石が弱かった」


ラカンが言う。


「触れるもの全部を焼くオーラを、防御とは呼ばない」


二人の位置を指した。


「始めろ」


マヤが両手を前へ出す。


ゆっくり息を吸った。


指先の周囲に淡い光が現れる。


やがて水が肌の近くへ集まった。


薄く透明な膜。


呼吸に合わせて、わずかに揺れる。


ラカンが言う。


「外へ押し出すな」


マヤは肩の力を抜いた。


水がさらに近づく。


静かに。


そして、密度を増していく。


反対側でシグランが腕を上げた。


前腕を赤い炎が包む。


最初は薄い。


だが、すぐに必要以上に高く燃え上がった。


「抑えろ」


ラカンが即座に言った。


炎が少し下がる。


「もっと」


シグランの目が細くなる。


「これでも抑えてる」


「お前の怒りと比べればな」


その瞬間だった。


赤い炎の中を――


細い青が走った。


ほんの一瞬。


だが、ラカンは見逃さなかった。


声が鋭くなる。


「青を消せ」


青い筋が消える。


シグランの表情が固まった。


「出そうとしたんじゃない」


「だから消せと言った」


ラカンはまっすぐ見た。


「今やっているのは制御の訓練だ」


一拍。


「自分でも理解していないものを出す訓練じゃない」


シグランは答えなかった。


炎をさらに低くする。


肌の近くまで。


ラカンが言った。


「よくなった」


シグランは顔をそらす。


「それを言うのに慣れるなよ」


ラカンはイザンへ視線を移した。


「歩け」


イザンが動き出す。


十歩。


そこから軽く走り始めた。


最初は身体が素直に動いた。


空気も自然に入る。


石が足元を流れていく。


胸の徽章が、一歩ごとに小さく揺れた。


マヤへ向けたラカンの声が聞こえる。


「オーラは、身体から遠く離れた壁じゃない」


「お前と一撃の間にある、最後の距離だ」


続いてシグランへ。


「必要以上に外へ出した力は、やがて出血になる」


イザンは走り続けた。


だが、その言葉が頭に残る。


**必要以上に外へ出した力は、出血になる。**


道へ視線を落とす。


自分には、外へ出せる力などない。


肌の近くへ押し込めるオーラもない。


今の自分の訓練は――


倒れずに動くこと。


それだけ。


四分の一を過ぎても、呼吸は安定していた。


半分まで来ると、胸が少し重くなる。


速度を落とす。


だが止まらない。


心の中で言った。


**昨日よりいい。**


二歩。


さらに四歩。


まだ行ける。


そう感じた。


いや――


そう感じたかった。


昨日も、ほぼこの辺りで止まった。


今日は越えたかった。


大きくではない。


ほんの少しだけ。


その時。


頭の中にアミールの声が戻った。


**初めての階級をもらったその直後に、訓練場にも入れないなんて。**


イザンの拳が強く握られる。


走り続けた。


遠くからラカンが言う。


「速度を落とせ」


少し落とした。


だが、十分ではなかった。


数歩後。


胸の重さがさらに深くなる。


鋭い痛みではない。


ゆっくり押してくる圧迫。


胸骨の奥で何かが外へ押し出そうとして――


また引く。


一瞬、胸へ手を当てた。


すぐ離す。


誰にも見られたくなかった。


だが――


一人ではなかった。


マヤがその動きを見た。


腕を包む水が、一瞬乱れる。


ラカンが言う。


「集中を切らすな」


マヤは訓練へ戻る。


シグランは横目でイザンを見たままだった。


ラカンが、今度はよりはっきり言う。


「イザン、落とせ」


返事はない。


すでに半周を越えていた。


残りのほうが短い。


ここを走り切れば――


自分が前進したと分かる。


止まれば――


また同じ場所で終わる。


一歩。


さらに一歩。


呼吸が狭くなる。


ラカンが言った。


「止まれ」


イザンは止まらない。


ラカンに逆らっているわけではなかった。


自分の中にまだ残るものと戦っていた。


**止まることは、負けることだ。**


そう信じている部分と。


ラカンの声が強くなる。


「イザン」


ようやく足が止まった。


少し前かがみになり、両手を膝につく。


呼吸が速い。


ラカンが近づく。


マヤは訓練を止めた。


シグランも炎を消す。


息の合間にイザンが言った。


「まだ……行ける」


ラカンが答える。


「知っている」


イザンが顔を上げた。


「じゃあ、どうして止めたんですか?」


ラカンはさらに近づいた。


「お前が自分を無理やり動かせることを知っているからだ」


少し間を置く。


「だが、俺が教えているのは身体を無理やり従わせる方法じゃない」


そして続ける。


「それは、お前はもう知っている」


イザンの目が変わる。


ラカンが言った。


「痛みに耐えられることも知っている」


「なら――」


「だが、耐えることがいつも勇気とは限らない」


ラカンが胸元を指した。


「時には――」


「止まっている自分を他人に見られるのが怖いだけだ」


イザンが目を伏せる。


言葉は、彼が隠そうとしていた場所へ真っ直ぐ入った。


「本当に痛かったわけじゃない」


後ろからシグランの声。


「下手な嘘だな」


イザンが振り向く。


「聞いてない」


「聞かれる必要もない」


シグランは自分の胸を指す。


「息の音が広場の反対側まで聞こえてた」


マヤが聞く。


「また圧迫感があったの?」


イザンは迷う。


そして答えた。


「少し」


ラカンが見る。


イザンはすぐに付け足す。


「強くはなかった」


「だから、今が止まる時だ」


イザンが顔を上げる。


ラカンは続けた。


「身体が壊れてから止まるのは、制御じゃない」


「じゃあ何なんです?」


「遅すぎた、というだけだ」


短い沈黙。


ラカンが低い石を指した。


「座れ」


今回は、イザンも逆らわなかった。


腰を下ろす。


胸はまだ大きく上下していたが、少しずつ落ち着いていった。


マヤは訓練へ戻った。


それでも時々、イザンを見ている。


シグランも再び前腕へ赤い炎を灯した。


今度は低い。


肌に近い。


ラカンが言う。


「固定しろ」


「分かってる」


「分かっていたら、さっき青は出ていない」


シグランの顎が固くなる。


だが、言い返さない。


集中する。


炎が静まった。


ラカンが言った。


「オーラは、力の叫びじゃない」


炎を見つめる。


「どこで止めるかを知ることだ」


座ったまま、イザンはその言葉を聞いた。


走り切れなかった道を見る。


そしてマヤ。


腕を包む水は薄い。


だが崩れない。


次にシグラン。


炎は以前より大きくない。


それでも――


はるかに整っている。


二人は、


**出す量を減らす**


ことを学んでいる。


自分は――


**押す量を減らす**


ことを学んでいた。


不公平に思えた。


だが、もしかすると――


同じ授業なのかもしれない。


しばらくして、ラカンが近づいた。


「呼吸は?」


「良くなりました」


「圧迫感は?」


イザンが胸へ手を当てる。


「弱くなりました」


ラカンがうなずく。


そして向かいの石へ腰を下ろした。


「まだ器の試験について考えているな」


イザンが一瞬固まる。


「そんなに」


ラカンが片眉を上げる。


イザンが息を吐いた。


「……たまにです」


「マヤやシグランがケメンを使うたびに?」


イザンは答えない。


沈黙だけで十分だった。


ラカンが言う。


「分かった」


イザンが目を上げた。


マヤの訓練も少し止まる。


シグランも炎を弱め、耳を傾けた。


ラカンは立ち上がった。


三人を見る。


「一つ、理解しておけ」


そして言う。


「ケメンは、元をたどれば身体の中にある生のエネルギーだ」


マヤを指す。


「血と経路が、それに通り道と形を与える」


「タラインなら、水という形で現れる」


次に広場全体を見る。


「アルマザには、ほかにも炎、風、大地、雷、氷、闇、光がある」


マヤが尋ねた。


「器の試験は?」


ラカンが答える。


「人間の価値を測るものじゃない」


イザンがゆっくり顔を上げる。


「ただの道具だ」


ラカンは続けた。


「内部経路へ刺激を与え、その道具が理解できる反応を読む」


マヤが言う。


「つまり、経路を見る?」


「読める経路だけをな」


ラカンがイザンを見る。


「器が反応しない時、人は普通こう考える」


「ケメンが弱い」


「経路が閉じている」


「あるいは身体がまだ未成熟だ、と」


イザンの指が縮こまる。


古い言葉だった。


それでも、傷つける力を失ってはいない。


ラカンが言った。


「そういう説明が正しい場合もある」


安易な希望は与えない。


現実を消しもしない。


そして続けた。


「だが――」


「それだけでは足りないこともある」


シグランが聞く。


「器が間違うってことか?」


ラカンは首を横に振った。


「人間のように間違うわけじゃない」


少し間を置く。


「ただ、道具は――」


「作られた範囲までしか見えない」


沈黙。


短い言葉だった。


それでもイザンの前に、今まで存在すら知らなかった余白が生まれた。


「じゃあ……」


イザンが言う。


「器は、何も見られなかった?」


ラカンが答えた。


「分からない」


イザンの表情がわずかに変わる。


ラカンはすぐ続けた。


「俺の無知を理由に、偽りの希望を作るな」


まっすぐ目を見る。


「俺に分かるのは一つだけだ」


「器が反応しなかったことだけでは、お前の身体に起きたすべてを説明できない」


マヤが小さな声で聞く。


「森で起きたことも?」


ラカンは少し黙った。


そして言う。


「医師が調べた限り、あれはケメンが正常に開いた状態ではなかった」


イザンの目が鋭くなる。


「じゃあ……何だったんですか?」


ラカンが答える。


「どちらかと言えば――」


「洪水だ」


イザンの目がわずかに揺れる。


何も覚えていない。


それでも、その言葉だけが自分の中の何かに触れた。


ラカンが続ける。


「経路が自然に開く時、力は身体が知っている道を通る」


指で空中に一本の線を描く。


「どれだけ力が大きくても、通り道はある」


そして手を握った。


「だが、お前の中で医師が見つけたのは――」


「複数の方向へ同時に押し広がった圧力だった」


マヤが聞く。


「だから経路が閉じたんですか?」


ラカンがうなずく。


「医師は、そう見ている」


そして強調する。


「身体が、さらに大きく壊れるのを防ぐために閉じた」


シグランが聞いた。


「今、無理に開こうとしたら?」


ラカンの目がイザンへ向く。


「力ずくで開こうとすれば――」


一度言葉を切る。


「次は立てないかもしれない」


誰も動かなかった。


空気さえ重くなったようだった。


イザンが唾を飲み込む。


「じゃあ……僕は何を?」


ラカンが石道を指す。


「今やっていることだ」


イザンが道を見る。


「ケメンが要らないことから始める」


「走る」


「そして――止まる」


イザンが顔を上げた。


ラカンが言った。


「昨日、お前はもう一度始めることを学んだ」


そして、先ほど止まった場所を指す。


「今日は――」


「誰かに立ち止まった姿を見られるのが怖いというだけで、扉を開けないことを学べ」


イザンが聞く。


「いつまで、こんな状態で?」


「身体が、自分自身と戦わずに動けるようになるまでだ」


「どれくらいかかります?」


「分からない」


優しい答えではない。


だが――


正直だった。


ラカンが言う。


「強さとは、目の前の扉を全部開くことじゃない」


マヤとシグランを見る。


「中にあるものを、すべて外へ出すことでもない」


再びイザンを見る。


「時には――」


「閉じたままにしておくべき扉を知ることが、制御だ」


イザンは黙った。


胸の奥には、まだわずかな圧迫感。


先ほどより弱い。


だが、消えてはいない。


ラカンが聞く。


「歩けるか?」


イザンがうなずく。


「はい」


「残りは歩け」


残された距離を見る。


長くはない。


無理をすれば、走れる。


だがラカンは、


**できると証明しろ**


とは言わなかった。


求めたのは――


身体の声を聞くことだった。


イザンは立った。


そして歩き始める。


一歩。


さらに一歩。


走るよりも――


そのほうが誇りには苦しかった。


それでも歩く。


ラカンはマヤとシグランへ戻った。


マヤへ言う。


「水をもっと近く」


腕を包む膜が縮まる。


小さく。


密度を増す。


次にシグラン。


「青を出すな」


シグランが前腕の赤い炎を固定する。


今回は――


青い筋は現れなかった。


三人はそれぞれ、


違う扉の前に立っていた。


マヤは、必要以上に力を遠くへ押し出さないように。


シグランは、望んだ以上に力を外へ出さないように。


そしてイザンは――


閉じ方も知らないものを、開けないように。


残りの石道を歩き終え、イザンは出発点へ戻った。


疲れている。


だが、胸は壊れなかった。


倒れもしなかった。


ラカンが言う。


「よし」


イザンが見る。


たった一言。


それでも――


同情には聞こえなかった。


シグランが言う。


「おめでとう。歩行に勝ったな」


マヤが睨む。


「シグラン」


イザンが少し笑った。


「明日は半周の軽い走りに勝つよ」


シグランが言う。


「恐ろしい野望だ」


ラカンが答えた。


「いや」


「正しい目標だ」


三人がラカンを見る。


「今日から、進歩を力だけで測るな」


マヤを指す。


「力を制御できない者は、その力に傷つけられる」


シグランへ。


「止める場所を知らない者は、力を暴走させる」


そして――


イザンへ。


「身体の声を聞かない者は――」


少し間を置く。


「身体そのものを失う」


誰も答えなかった。


ラカンは、いつもより早く訓練を終わらせた。


マヤは、イザンがちゃんと立てることを確認してから先に去った。


シグランも後を追う。


だが、イザンの近くで一度止まった。


「俺たちが帰った後、一人で残りを走ろうとするなよ」


イザンが片眉を上げる。


「そんなこと考えてない」


シグランがじっと見る。


「さっきよりはマシな嘘だ」


そして続ける。


「でも、まだ下手だな」


そう言って去った。


イザンは石道の出発点に残った。


少し離れたところで、ラカンが何も言わず見守っている。


イザンは、自分が止まった場所を見た。


一周を走り切れなかった。


以前なら――


それが意味するものは一つだった。


**失敗。**


だが今は――


もう分からない。


止まった。


戻った。


そして――


倒れなかった。


胸の徽章へ手を伸ばす。


昨日は、


始まりとは、もう一度動き出すことだと思った。


だが今日は――


前へ進むことが、いつも進み続けることではないと知った。


時には――


いつ止まるべきかを知ることこそ、


最初の本当の勝利なのかもしれない。


イザンは顔を上げた。


石道を見る。


小さな声で言う。


「明日……」


少し黙る。


そして続けた。


「止まったところから、また始める」


風が石の上を抜けていった。


そして――


扉は閉じたままだった。


それは、


扉の前で敗れたからではない。


初めて、自分の意志で――


**無理やり開けないことを選んだからだ。**

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