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血の継承【改訂版】  作者: Salhi smail
第二章 騎士試験編

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もう一度、ここから


シグランは、無言のまま医療棟へ戻った。


ラカンは隣を歩いていたが、必要以上に問いかけようとはしなかった。


廊下でするべきではない質問もある。


血が静まらなければ、口にできない答えもある。


イザンの部屋の前で、シグランは足を止めた。


扉の取っ手へ手を置く。


だが、すぐには開けなかった。


ラカンが静かに言う。


「何もなかったように振る舞う必要はない」


シグランの顔が険しくなる。


「何もなかった」


ラカンは彼を見る。


叱らない。


笑いもしない。


ただ待った。


シグランは苛立たしげに息を吐き、扉を開いた。


イザンは枕へ背を預けていた。


そばの机には、小さな薬瓶。


マヤは窓際に座っていたが、二人が入ってくるとすぐに立ち上がった。


「どうだった?」


シグランはすぐには答えなかった。


中へ入り、足で扉を閉める。


イザンが明らかな不安を浮かべて見る。


「何か疑われたの?」


シグランが答える。


「疑われてたなら、こんなに早く戻ってない」


マヤが聞いた。


「じゃあ、何を聞かれたの?」


シグランは疲れた目を向ける。


「笑わない男から、山ほど質問された」


ラカンが寝台へ近づいた。


「シグランは容疑者ではない」


イザンの胸から、短い安堵の息が漏れた。


だがラカンは続ける。


「ただし、調査は終わっていない」


部屋に再び沈黙が落ちる。


マヤが尋ねた。


「誰だったか、分かったんですか?」


「まだだ」


ラカンは三人を見た。


「だが、森へ入った五番が、本物のティルマラ隊ではなかったことは判明した」


イザンの表情が変わる。


「ナドラン、サリム、ユーヌスは待機区域付近で縛られた状態で見つかった」


「侵入者たちは彼らの身分を奪い、代わりに試験へ入った」


シグランは窓の外を見る。


ラカンが続けた。


「今は、どうやって呼び出し区域へ入り、通路と封印を抜けたのかを調べている」


イザンは自分の手へ目を落とした。


少し前まで考えていたのは、自分の身体のことだけだった。


閉じた内部経路。


夢というより、重荷に近くなった徽章。


そして今――


試験が再び、部屋の扉まで追ってきた。


「僕たちも聞かれる?」


「いずれな」


ラカンは答える。


「回復してからだ」


そして、イザンをまっすぐ見た。


「今は医師が、誰にもお前を疲れさせない」


シグランが軽く皮肉を飛ばす。


「半分死にかけてるのも、たまには役に立つな」


マヤが鋭く振り返る。


「シグラン!」


イザンは、なるべくいつもの調子を取り戻そうとした。


「半分も死んでない」


「よし」


シグランは薬瓶を指した。


「なら時間通り薬を飲め。わざわざ反対を証明するな」


イザンは何と返すべきか分からなかった。


だが、口元がわずかに動く。


小さな笑み。


ラカンは気づいた。


マヤも気づいた。


シグランだけは、急に窓の外の光でも気になったかのように顔をそらした。


ラカンが薬瓶を取る。


少量を杯へ注ぎ、イザンへ渡した。


「治療が先だ」


そして付け加える。


「ほかは全部、後でいい」


イザンは杯を受け取った。


暗い液体をしばらく見る。


そして飲んだ。


すぐに顔が歪む。


シグランが言う。


「薬のほうが勝ち始めたな」


イザンは杯をラカンへ返した。


「君より不味い」


マヤは二人を見比べた。


そして笑った。


試験が終わってから、初めての笑いだった。


部屋が急に明るくなったわけではない。


だが――


以前ほど暗くもなくなった。



三日が、ゆっくり過ぎた。


毎食後、小さな一回分の薬。


食べたいからではなく、食べなければならないから口にする食事。


マヤは時々、果物や柔らかいパンを持ってきた。


シグランは決まった時間もなく現れる。


少し立って。


どうでもいいことを一つ言って。


そこにいることが同情に見える前に帰っていく。


ラカンだけは、一度も薬の時間を逃さなかった。


瓶を差し出すたびに言う。


「少しだけだ」


そしてそのたび、イザンは初めて飲むかのように顔をしかめた。


熱は少しずつ下がった。


顔にも、わずかな色が戻ってきた。


森の中に自分の一部を置き忘れたような青白さは消えつつある。


それでも――


以前と同じではなかった。


杯を持ち上げる時、手が震えることがある。


動く時も、必要以上に慎重になった。


寝台から窓までのわずかな距離さえ、自分と身体の間で事前に合意が必要なように思えた。


イザンは、それまで失う可能性さえ考えなかったものを失っていた。


**身体は、自分の言うことを聞く。**


その当たり前への信頼を。


四日目の朝。


長い診察を終えた医師が、イザンの前に立った。


「今のところ、身体は薬を受け入れています」


イザンが顔を上げる。


「じゃあ、治ったんですか?」


医師は平然と言った。


「悪化していない、という意味です」


イザンの目に浮かんだ光が、少し消える。


医師は続けた。


「改善と完治は違います」


そして扉を指した。


「ですが、数時間なら医療棟を出ても構いません」


イザンは必要以上に速く立ち上がった。


視界がわずかに揺れる。


慌てて寝台の端を掴んだ。


医師が見る。


「今のが、私の言っていることです」


イザンは体勢を立て直した。


「歩けます」


壁際からシグランが言う。


「誰も歩けるかとは聞いてない」


イザンが見る。


シグランは続ける。


「問題は、お前が『平気だ』って嘘をついた時、俺たちが運ぶ羽目になるかどうかだ」


イザンが言い返す前に、医師が口を挟んだ。


「授業は一コマだけ」


指を折りながら続ける。


「ゆっくり歩くこと」


「訓練は禁止」


「走るのも禁止」


「ケメンを試すことも、経路を無理に開こうとすることも禁止」


「それから――感情を高ぶらせすぎない」


シグランが医師を見る。


「感情を高ぶらせるな?」


イザンへ目をやる。


「こいつのこと知ってるのか?」


医師が答えた。


「だから全員の前で言ったんです」


ラカンが言う。


「守る」


そしてイザンを見る。


「教室へ行く。その後は戻って休む」


イザンが言った。


「一人で行けます」


マヤが隣へ立つ。


「ゆっくり歩こう」


シグランが言う。


「ようやく、お前に合う速度になったな」


イザンは息を吐いた。


「目を覚ましたことを後悔させないで」


シグランが返す。


「今のお前には後悔する体力もない」


完全ないつものやり取りではない。


それでも――


生きているものに、一番近かった。



学舎へ入った時。


イザンは、学園が以前とは違って見えることに気づいた。


あるいは――


変わったのは自分のほうだったのかもしれない。


廊下を通るたび、まず周囲に沈黙が生まれる。


そして通り過ぎた後から、囁きが追ってくる。


後ろから。


横から。


開いた教室の扉から。


「試験の後に倒れた奴だ」


「今、訓練できないらしいぞ」


「それでも見習い騎士になったんだろ?」


「偽者が現れた時、シグランと一緒にいた」


「シグランを攫いに来たのかな」


「三番全員が狙われてたんじゃないか?」


イザンは振り返らないようにした。


だが、言葉は大声でなくても刺さる。


胸には、見習い騎士の徽章。


金属としては軽い。


だが、その意味は重かった。


歩くたびに、その存在を強く感じる。


これが欲しかった。


騎士への道を、本当に歩き始めた証。


なのに今は――


誰かが徽章を見て、


**お前にそれを持つ資格があるのか**


と尋ねるのではないかと怖かった。


マヤは隣を歩いていた。


何も言わない。


イザンの歩幅が少しずつ短くなっていることに気づくと、さりげなく自分の速度を落とした。


反対側ではシグランが歩く。


近づかない。


だが、以前ほど距離を空けることもしなかった。


三人は教室へ入った。


教師が出席記録から顔を上げる。


イザンを見ると、手を止めた。


「ようやく戻ったか」


イザンはうなずく。


「はい、先生」


教師は顔を見る。


そして胸の徽章。


「具合は?」


イザンは反射的に、


大丈夫です。


と言いかけた。


簡単な言葉だった。


すぐ口にできる。


だが、医師を思い出した。


ラカンを思い出した。


立ち上がっただけで視界が傾いたことを思い出した。


「昨日よりは、いいです」


教師は笑った。


「いい答えだ」


マヤが入る。


続いてシグラン。


シグランが姿を見せると、囁きが小さくなった。


消えたわけではない。


内容が変わっただけだ。


「調査官に呼ばれたんだろ」


「最初に聞かれたのがシグランらしい」


「やっぱり狙われてたのは……」


シグランは誰も見ず、自分の席へ座った。


その沈黙だけで、声はさらに小さくなる。


イザンも席についた。


その日は、マヤがいつもより近い席を選んだ。


シグランは少し離れた場所。


いつも通り。


ただし――


以前ほど遠くはなかった。


授業が始まる。


教師は試験報告について話した。


規律について。


そして、見習い騎士という位は道の終わりへの報酬ではなく――


新しい責任の始まりなのだと。


だが、多くの生徒が聞いていたのは、言葉そのものだけではなかった。


口にされない言葉も聞いていた。


侵入。


五番。


調査。


シグラン。


そして――


イザン。



授業が終わっても、アミールはすぐには出ていかなかった。


イザンの席へ近づく。


顔には、自分の次の言葉が相手を苛立たせると分かっている者の笑み。


胸の徽章を見る。


「訓練禁止になったって聞いた」


イザンは答えない。


アミールが続ける。


「ついてないな」


イザンが目を上げる。


「初めての階級をもらったその直後に、訓練場にも入れないなんて」


後ろからナダが言った。


「アミール、もういい」


彼は振り返らない。


「何だよ。聞いてるだけだ」


そしてイザンを見る。


「気にならないのか?」


「見習い騎士の徽章を付けてるのに、次にいつ戦えるかも分からないって」


マヤの指が、机の端で固くなる。


「あなたには関係ない」


アミールが笑う。


「いつも代わりに答えるんだな」


「あなたがいつも余計なことを言うからよ」


シグランが席で動いた。


立たない。


声も上げない。


ただ、アミールへ顔を向けた。


「続けろ」


アミールの笑みが一瞬止まった。


「何?」


シグランが静かに言う。


その静けさは、まったく安心できるものではなかった。


「さっきまで自信満々だっただろ」


真正面から見る。


「続けろよ」


アミールは唾を飲み込んだ。


それでも笑みを残そうとする。


「俺は本当のことを言ってるだけだ」


シグランが答えた。


「真実は、臆病者が後ろに隠れるための壁じゃない」


教室が静まった。


ナダは心配そうにアミールを見る。


アナスは教室の隅から見ていた。


だが、シグランではない。


イザンを。


机の端を掴む指。


ゆっくり整えようとしている呼吸。


下げたままの顔。


マヤが言った。


「答えなくていいのよ」


イザンが顔を上げる。


アミールを見る。


マヤを見る。


そしてシグラン。


二人に代わりに戦ってもらうこともできた。


そのほうが楽だった。


だが、胸の徽章を感じる。


重さは変わっていない。


変わったのは――自分のほうだった。


静かに言う。


「今は、訓練できないかもしれない」


周囲の目が集まる。


アミールさえ遮らなかった。


「でも、この階級は僕一人で取ったものじゃない」


マヤを見る。


シグランを見る。


「三人で取った」


少し黙る。


「だから、もしゼロからやり直すことになっても――」


ゆっくり息を吸った。


「ゼロから始める」


声を張らなかった。


誰かを挑発したわけでもない。


誰より強くなるとも言わない。


ただ――


自分にできることを口にした。


それだけで、アミールは次の皮肉を一瞬見つけられなくなった。


やがて言う。


「立派な言葉だな」


背を向ける。


「それで何ができるか、見せてもらうよ」


教室を出ていった。


ナダは少しだけその場に残った。


イザンを見る。


「気にしないで」


イザンが答える。


「努力してる」


思った以上に正直な答えだった。


ナダは小さく笑う。


そしてアミールの後を追った。


アナスだけは、さらに数秒残った。


まだイザンを見ている。


恐れてはいない。


完全に驚いているわけでもない。


まだ名前のない問いを見るような目。


心の中で呟いた。


**これは、弱い者の沈黙じゃない。**


そして何も言わず、教室を出た。



医療棟へ戻る途中。


イザンの歩みは次第に遅くなった。


何も言わない。


止まりたいとも言わない。


だがマヤは、肩が少し落ちたことに気づいた。


歩く速度を落とす。


反対側では――


シグランも同じことをした。


イザンを見ることなく。


少しして、イザンが言った。


「二人とも、そんなにゆっくり歩かなくていいよ」


マヤが答える。


「別にゆっくりじゃないよ」


シグランが言う。


「お前が、自分の遅さに気づくのだけ速くなったんだ」


イザンは二人を見る。


嘘だと分かっていた。


だが、今回は何も言わなかった。


三人で歩き続けた。



四日目の夕方。


医師がイザンを再び診察した。


脈を取る。


呼吸を見る。


そして部屋の中を往復させる。


終わると、言った。


「新たな悪化はありません」


イザンが聞く。


「今度こそ、それって治ったって意味ですか?」


医師は彼を見る。


「どうやら薬は、理解力までは改善しなかったようですね」


イザンがため息をつく。


医師は続けた。


「教師の監督下で、軽い運動を許可します」


イザンがすぐに顔を上げる。


「訓練?」


医師は一語ずつ強調した。


「軽い。運動です」


そして続ける。


「戦闘禁止」


「ケメン禁止」


「経路を無理に開こうとする行為も禁止」


ラカンを見る。


「急な痛み、めまい、発熱が出れば、その場で中止してください」


ラカンがうなずく。


「分かった」


イザンがすぐに聞いた。


「いつ始めます?」


ラカンが答えた。


「明日だ」



翌朝。


ラカンは三番の三人を、訓練棟の裏にある小さな広場へ集めた。


森ではない。


主訓練場でもない。


細い石道が囲む、静かな場所。


数本の木。


低い訓練用の石がいくつか。


マヤが片側へ立つ。


シグランは反対側。


肩には、まだ包帯が残っている。


イザンはラカンの前に立ち、指示を待った。


マヤが聞く。


「訓練に戻るんですか?」


ラカンは三人を見る。


「それぞれ、身体が許す範囲で戻る」


シグランが聞いた。


「どういう意味だ?」


ラカンはすぐには答えなかった。


代わりに質問する。


「森の最後の瞬間について、何か新しく思い出した者は?」


マヤが答える。


「いいえ」


シグランも言う。


「何もない」


ラカンの目がイザンへ移る。


イザンは目を伏せた。


「シグランが倒れるところまでは覚えてる」


一度止まる。


何度も探した、あの空白を見る。


「その後は……何も」


ラカンは黙った。


記憶は変わっていない。


マヤは知らない。


シグランも知らない。


イザン本人さえ知らない。


ラカンが言った。


「なら、分からないことは今は置いておく」


イザンが顔を上げる。


「じゃあ、何をするんですか?」


ラカンは広場を囲む石道を指した。


「できることから始める」


マヤを見る。


「軽い制御訓練。経路に負荷はかけるな」


次にシグラン。


「動きと防御だけ」


そして厳しく付け加える。


「青い炎は禁止。肩が治るまで全力の踏み込みもなし」


シグランが答える。


「分かった」


最後に――


イザンを見る。


「歩け」


イザンの顔が変わる。


「それだけ?」


「それだけだ」


「身体が受け入れたら、その後に軽いジョギング」


イザンが聞く。


「二人と一緒に訓練するのは?」


「今じゃない」


「でも僕は――」


「駄目だ」


ラカンは声を上げなかった。


それでも、その一言で反論の道は閉じた。


イザンは顎に力を入れる。


「このままではいられません」


ラカンが近づいた。


「このままにはさせない」


そして胸元を指す。


「だが、お前を生かすために身体が閉じた扉を、お前自身に壊させるつもりもない」


イザンは黙った。


痛み。


熱。


苦い薬の味。


そして、勢いよく立っただけで世界が傾いた瞬間。


すべてが戻ってくる。


シグランが言う。


「今回は聞け」


イザンが見る。


「お前が馬鹿だって証明するために、また医療棟へ戻るのはごめんだ」


イザンが返す。


「戻るのは君じゃない。僕だ」


「倒れたら誰が運ぶと思ってる」


マヤも言う。


「それに、置いていったりしないよ」


イザンは二人を見る。


聞きたかった言葉ではなかった。


それでも――


たぶん、今一番必要だった言葉だった。


石道へ向き直る。


胸には徽章。


もう枕元の遠い場所にはない。


手を伸ばせば触れられる。


だが――


まだ軽くはなっていなかった。


一歩目。


二歩目。


歩き始める。


ゆっくり。


ラカンは黙って見ていた。


一周。


出発点へ戻ると、ラカンが言う。


「もう一周」


歩く。


今度は、少し呼吸が重くなった。


それでも終える。


二周目の終わり。


ラカンが言った。


「止まれ」


イザンは顔を上げる。


待つ。


ラカンは呼吸を見る。


脚の安定。


顔色。


そして言った。


「軽く走れ」


イザンの目が少し開く。


そして動いた。


速くない。


強くもない。


戦場へ戻る騎士でもない。


ただ――


自分の身体へ戻ろうとしている少年だった。


ケメンはない。


戦いもない。


英雄的なものもない。


一歩。


そして、もう一歩。


最強だと証明するための一歩ではない。


ただ――


まだ前へ進めると証明するための一歩。


石道の終わりへ着く。


一度止まった。


胸が上下する。


目の前の道を見る。


そして、小さく言う。


「よし……」


息を整える。


再び動き出しながら、続けた。


「もう一度――ここからだ」

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