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血の継承【改訂版】  作者: Salhi smail
第二章 騎士試験編

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誰が道を開いたのか


取調室へ続く廊下は、決して長くなかった。


それでもシグランには、一歩進むたびに足が重くなっていくように感じられた。


肩が痛む。


深く息を吸うたび、胸の奥が締めつけられる。


だが、表情は変えなかった。


痛みに姿を与えるのは、彼の性分ではない。


ましてや――ダリウスのような男の前では。


調査官は前を歩いていた。


静かな足取り。


急がない。


脅さない。


怒りも見せない。


だからこそ、余計に気に障った。


ラカンはシグランの隣を歩いていた。


前へ出て連行するようでもない。


後ろから追うようでもない。


ただ隣にいる。


それだけで、少年が一人ではないと伝わった。


シグランはダリウスを見ずに言った。


「重要参考人……何も分かってない奴に付けるには、ずいぶん上品な呼び方だな」


ダリウスは歩みを止めなかった。


「だから知ろうとしている」


「俺の答えが気に入らなかったら?」


「真実を気に入ることなど、ほとんどない」


一拍置く。


「だが、役には立つ」


シグランは何も返さなかった。


廊下の終わりで、警備兵が石の扉を開いた。


最初にダリウスが入る。


続いてシグラン。


ラカンも中へ入った。


そこは牢ではなかった。


正式な取調室。


冷たい。


整然としている。


中央には石の机。


天井から二つの灯り。


壁には試験区域の大きな地図。


そして机の上には、偽者たちと接触した各隊の証言を記した木札が並んでいた。


二番――アルマザ。


七番――ティゾラ。


八番――サティラン。


九番――ビスカラ。


そして三番――アルマザ。


ダリウスは机の向こうへ座る。


ラカンはシグランの横に立ったまま。


シグランはゆっくり椅子へ腰を下ろした。


何でもないように背を預ける。


その動きだけで胸に痛みが走ったが、顔には出さない。


ダリウスが言った。


「始める前に、一つだけ明確にしておく」


シグランが目を上げる。


「お前は容疑者ではない」


シグランは冷たく返した。


「それは安心した」


ダリウスは気に留めない。


地図を指す。


「三番――アルマザの地点が、偽者たちの姿を最後に確認できた場所だ」


ラカンが静かに言った。


「質問は、本人が見た範囲に留めてもらう」


ダリウスが彼を見る。


「自分の境界は心得ています、ラカン教官」


そしてシグランへ戻る。


「五番が現れたのはいつだ?」


「俺たちの戦闘が終わった後だ」


「相手は?」


「八番――サティラン」


壁際に立つ補佐官の筆が動く。


「札は奪った?」


「ああ」


「偽者たちが現れた時、八番はまだその場にいたか?」


「少しだけ」


「奴らの言葉を聞いた?」


「知らない」


少し黙ってから続ける。


「すぐ退いた」


「なぜ?」


シグランが片眉を上げる。


「残るほど馬鹿じゃなかったんだろ」


短い沈黙。


ダリウスが続ける。


「五番は、お前たちの札を要求したか?」


「いや」


「八番の札は?」


「いや」


「塔について話したか?」


「ない」


「合格については?」


「ない」


ダリウスの目がシグランを捉える。


「なら、何を求めていた?」


シグランは黙った。


記憶の中で、あの声が戻ってくる。


冷たい。


明確な命令。


――ザランの少年を、生かしたまま連れて行け。


顎に力が入る。


「こう言った」


一度息を吸う。


「『ザランの少年を生かしたまま連れて行け』」


補佐官の筆が止まった。


ラカンの視線も、わずかにシグランへ向く。


ダリウスの表情は変わらない。


だが、目だけが重くなった。


「ザラン?」


「ああ」


「お前は、シグラン・ザランだ」


シグランは冷たく言う。


「自分の名前くらい知ってる」


「だから、自分が狙われていたと思った?」


シグランはしばらく黙った。


「その場でザランの名を持っていたのは俺だけだ」


背を少し椅子へ預ける。


「他にどう考えろっていうんだ?」


ダリウスが言う。


「今のお前の推測ではない」


目を細める。


「その瞬間、お前がどう考えたかを聞いている」


シグランの目も細くなった。


だが答えた。


「ああ」


「俺だと思った」


補佐官が記録する。


ダリウスが続ける。


「マヤ・タラインは?」


「隣にいた」


「イザン・ファドゥスは?」


「後ろだ」


「奴らは二人に興味を示したか?」


シグランは少し黙った。


「全員を見てはいた」


そして続ける。


「でも、前にいたのは俺だ」


「戦いを始めたのは?」


「向こうだ」


「お前は?」


「戦った」


「覚えている範囲で詳しく」


シグランはゆっくり呼吸した。


「一人が前に出ていた」


「速くて、強かった」


「どうした?」


「炎で吹き飛ばした」


ダリウスは地図上の焼け跡を指した。


「これを残した炎か?」


「ああ」


「赤と青?」


シグランが一瞬黙る。


「そうだ」


ダリウスが言った。


「青い炎の痕跡は珍しい」


シグランの目がわずかに鋭くなる。


「俺は、自分の炎の色を説明するために来たわけじゃない」


ラカンが声を挟む。


「シグラン」


ダリウスは片手をわずかに上げた。


「構わない」


そして尋ねる。


「自分の痕跡ではないと否定するか?」


シグランは真正面から見返した。


「俺は、自分がやったことを否定しない」


少し前へ身を乗り出す。


「炎を使った」


「奴らに当てた」


「だが誰かが死ぬところは見てない」


「死体も見てない」


「奴らが出ていくところも見てない」


補佐官がそのまま記録する。


ダリウスが言う。


「その後は?」


「残りの二人も攻撃してきた」


「マヤは?」


シグランの表情が少し硬くなる。


「戦った」


「いつまで?」


「負傷して倒れるまで」


「イザンは?」


シグランの目が一瞬止まる。


「持ってるもの全部で戦ってた」


ダリウスが片眉を上げた。


「ケメンを持たない少年が?」


「持ってるもの全部と言った」


声が低くなる。


「身体」


「動き」


「周囲を見る力」


そして加える。


「でも、一人で奴らを相手にできるほどじゃなかった」


ダリウスは何も言わない。


「その後は?」


記憶が断片になって戻る。


倒れたマヤ。


背後のイザン。


迫る攻撃。


考えるより早く動いた身体。


胸への一撃。


痛み。


遠い声。


そして――空白。


シグランが言った。


「一撃を受けた」


ダリウスが目を上げる。


「誰を庇った?」


シグランの拳が膝の上で強く握られる。


「イザンだ」


ラカンが横目で彼を見る。


ダリウスが尋ねた。


「なぜ?」


シグランの目に、わずかな苛立ちが灯る。


「受けたら、あいつが食らってたからだ」


一度黙る。


「他に理由がいるのか?」


ダリウスはすぐには答えなかった。


ただ彼を見る。


そして言う。


「その後は?」


シグランの顔から、少しだけ険しさが消える。


代わりに浮かんだのは恐怖ではなかった。


空白。


自分で支配できないからこそ、気に入らない空白。


「分からない」


「分からないのか」


一拍。


「それとも、言いたくない?」


シグランの手が机を叩いた。


負傷しているため大きな音にはならない。


それでも、補佐官の筆は止まった。


「知ってたら言ってる」


ダリウスを睨む。


「言っただろ」


「俺は、自分がやったことを否定しない」


「嘘の後ろに隠れる必要もない」


ラカンが静かに呼ぶ。


わずかな警告を含んだ声。


「シグラン」


シグランは再び背を預けた。


ダリウスが尋ねる。


「目を覚ました時は?」


「イザンが倒れてた」


「マヤも」


「俺も地面にいた」


「偽者は?」


「消えてた」


「五番の札は?」


「イザンが現場の近くで見つけた」


「誰が奴らを倒した?」


「知らない」


「お前が倒れた後、イザンが何をした?」


シグランは鋭く睨んだ。


「気絶してた」


ダリウスはしばらく黙った。


そして木札を一枚取る。


読み上げる。


「二番――アルマザ」


「五番の一人が、正式な対戦相手でもない彼らを攻撃。その後、『こいつらは目標じゃない』という言葉を残して離れた」


木札を置く。


次の一枚。


「八番――サティラン」


「三番の近くで偽者たちを確認。生け捕りに関する言葉の一部を聞いた」


シグランを見る。


「お前の証言で、彼らが聞き取れなかった部分が一つ埋まった」


指先で木札を叩く。


「ザラン」


次の一枚。


「九番――ビスカラ」


「五番の札をイザン・ファドゥスが所持。見返りを求めず、彼らの前の地面へ置いた。入手経路については話していない」


木札を元へ戻す。


「すべての線が、お前たちの地点へ集まる」


一度止まる。


「そして、そこで途切れる」


シグランが言った。


「なら、隊全員に聞け」


ラカンが言う。


「二人が回復してからだ」


ダリウスが彼を見る。


「回復してからです」


そしてシグランへ戻る。


「最後の質問だ」


シグランは、その言い方が気に入らなかった。


ダリウスが尋ねる。


「正体不明の集団が、アルマザへ侵入する危険を冒してまで、ザランの少年へ近づく理由に心当たりは?」


重い沈黙。


部屋の端。


二つの灯りが十分には届かない一角があった。


誰もそこへ目を向けない。


それでも、その付近だけ空気がわずかに冷たい。


シグランは膝の上で拳を握る。


「見つけたら、そいつらに聞け」


ダリウスが答えた。


「そうする」


目の前の記録板を閉じる。


「最初の聴取は以上だ」


シグランはゆっくり立ち上がった。


胸に痛みが走る。


それでも顔には出さない。


ダリウスが言う。


「調査が終わるまで、許可なく学園を離れるな」


シグランが止まる。


「容疑者じゃないんだろ?」


「違う」


ダリウスはまっすぐ見た。


「だが、もう一度狙われる可能性のある参考人だ」


シグランは黙った。


脅しではなかった。


むしろ警告だった。


ラカンが言う。


「行くぞ」


シグランが扉へ向かう。


外へ出る直前。


足が止まった。


この部屋には、ダリウスとラカンだけではない。


そんな感覚があった。


遠い角を見る。


そこには動かない影しかない。


顔もない。


動きもない。


だが――


錯覚と呼ぶには、その存在が重すぎた。


しばらく見つめる。


そして扉を開いた。


外へ出る。


ラカンも続いた。


扉が閉まる。


沈黙。


ダリウスは机の向こうで立ったままだった。


すぐには影のほうを見ない。


だが――


その背筋が、わずかに変わった。


声も低くなる。


先ほどまでシグランへ向けていた声ではない。


慎重で。


深い敬意を含み。


そして、わずかな畏れを隠していた。


「――総司令官閣下」


影が動いた。


ハマンが、ゆっくりと光の境目へ姿を現した。


長身。


微動だにしない姿。


まるで闇が彼を隠していたのではなく――


守っていたかのようだった。


ダリウスはわずかに頭を下げた。


簡単に恐れを見せる男ではない。


それでも、ハマンが姿を現しただけで、部屋そのものが狭くなったように感じられた。


ハマンは、息子の前へ姿を見せなかった。


彼がそこにいれば――


すべての答えは弁明になり。


すべての沈黙は反抗になる。


「どう見た?」


ハマンが尋ねた。


ダリウスが顔を上げる。


だが声は低いままだった。


「総司令官閣下……嘘をついているようには見えません」


「嘘をついているかと聞いたのではない」


ダリウスが一瞬黙る。


「倒れた後に起きたことを、本当に知りません」


ハマンが言う。


「なら、学生たちからこれ以上のものは出ない」


ダリウスが地図を指す。


「すべての線が三番――アルマザへ集まっています、閣下」


「その先は?」


「途切れています」


ハマンが答える。


「線は、勝手には途切れない」


ダリウスが言った。


「国境方面のいくつかの報告で、確証のない名が出ています」


ハマンは地図から目を離さない。


「何だ?」


ダリウスは一瞬だけ言葉を選んだ。


言葉そのものを恐れたわけではない。


証拠のない推測を、この男の前で口にする重さを知っていたからだ。


「固定した旗を持たない集団です」


一拍。


「一部の情報屋は――『黒の帳』と呼んでいます」


ハマンが目を上げた。


ダリウスはすぐに続ける。


「ですが、今回の件と結びつける証拠はありません。総司令官閣下」


ハマンが言う。


「なら、正式な報告書には書くな」


「証拠が見つかるまで?」


「その名が推測ではなく、事実になるまでだ」


ダリウスがうなずく。


「承知しました、閣下」


ハマンは地図へ近づいた。


視線が通路をなぞる。


封印。


各国隊の待機区域。


森への入口。


低い声で言った。


「我々は世界の端を見張っている」


そして視線が、ティルマラの倉庫へ続く裏通路で止まる。


「それなのに、三人の余所者が我々の内部を通った」


ダリウスが言う。


「呼び出しの時間を知っていた」


ハマンが続ける。


「本物の隊員の名前も」


「徽章の形も」


「競技者が使わない通路も」


ダリウスが付け加える。


「その上、閉鎖された森の中で三番へ至る道まで知っていた」


重い沈黙。


ハマンが言った。


「これは、反乱者の無謀な侵入ではない」


地図の上で指を動かす。


一つの入口で止まった。


「扉が開けられた」


ダリウスは慎重に尋ねる。


「内部から……でしょうか、閣下」


ハマンは指先の地点を見る。


「あるいは――内部をよく知る手によって」


ダリウスは記録板を握る手に力を込めた。


「運営員から洗いますか?」


「名前から始めるな」


ダリウスが目を上げる。


ハマンは言った。


「道から始めろ」


そして、冷静に列挙する。


「封印」


「通行札」


「警備交代」


「裏通路」


「ティルマラ隊の到着時刻」


「名前と経路の一覧を見られた者、全員」


ダリウスがうなずいた。


「御意、総司令官閣下」


ハマンの目が彼を捉える。


「彼らと戦った者だけを探すな」


一拍。


「彼らに道を開いた者を探せ」


ダリウスはわずかに頭を下げた。


「はい、閣下」


ハマンは再び影へ退いた。


それ以上、言葉は必要なかった。


やがて、部屋にはダリウスだけが残った。


それでも、ハマンが去った後もしばらく、その圧だけは残っていた。


机の上には、三番――アルマザの名前が並んでいる。


シグラン・ザラン。


マヤ・タライン。


イザン・ファドゥス。


だが、ダリウスの目はもう名前を追っていなかった。


地図を見る。


通路。


封印。


開くはずのなかった門。


記録板を持ち上げた。


そして書く。


『問うべきは、誰が彼らと戦ったかではない』


一度、筆を止める。


続けた。


『誰が、彼らをそこまで通したのか』



取調室の外。


シグランは廊下を無言で歩いていた。


ラカンが隣にいる。


ラカンが尋ねる。


「具合は?」


シグランが答えた。


「知らないことについて呼び出されて、質問された奴の気分だ」


「正確だな」


二人は歩き続ける。


しばらくして、シグランが声を落とした。


「部屋に、もう一人いた」


ラカンの表情は変わらない。


「かもしれないな」


シグランが見る。


「気づいてたのか?」


「見てはいない」


少し黙る。


「だが、姿を見せなくても分かる存在はいる」


シグランは、その答えが気に入らなかった。


それ以上は聞かなかった。


医療棟へ戻る直前。


廊下の終わりで足を止める。


「俺は……ずっとこうなのか?」


ラカンが見る。


「こう、とは?」


シグランの拳が握られる。


「俺自身が理由を知る前に、名前だけで周囲が動いていく」


ラカンはすぐには答えなかった。


やがて言う。


「名前は、多くの扉を開く」


シグランが目を上げる。


ラカンは続けた。


「だが、どの扉をくぐるかまでは決めない」


シグランは再び歩き始めた。


だが、怒りはもうダリウスだけへ向いてはいなかった。


もっと古いものへ向いていた。


自分で選んだわけではない名前。


まだ理解できない血。


そして――


自分の周りで、一つずつ開き始めた扉。


誰が侵入者たちのためにアルマザの扉を開いたのか。


シグランには分からない。


だが、少しずつ理解し始めていた。


**ザランという名そのものが――**


生まれた時から、彼の周りでいくつもの扉を開いてきたのだと。


彼が選んだわけではない扉を。


そして、その向こうに何が待つのか――


まだ何一つ知らないまま。

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